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「ブス」の自信の持ち方 山崎ナオコーラ

第21回

新聞様(5) くだらない話の続き

2018.11.12更新

読了時間

現代は多様性の時代と言われます。しかし社会には、まだまだ画一的な一面が強くあるのではないでしょうか。この連載で取り上げるのは「ブス」。みなさんはこの言葉から何を感じますか? 山崎ナオコーラさんと一緒に、「ブス」をとりまく様々なモノゴトを考えていきます。
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 デビューして5年目ぐらいのとき、Y新聞からインタビューの依頼をもらった。大変ありがたかった。
 普段の執筆場所で取材を、というお話だったので、ファミレスで写真を撮ってもらい、インタビューを受けた。このときの写真は素敵に撮ってもらえて、とても嬉しかった。
 インタビュアーである新聞記者さんは優しそうな雰囲気で、文学を本当に愛していそうだった。
 つつがなくインタビューを終え、無事に記事が掲載され、その仕事が終わったあと、私は勇気を出して、デビュー時の顔写真の削除をお願いしてみようと考えた。
 あの、文藝賞デビューを紹介するインターネット記事は、依然として残っていた。
 私としては、「文章はそのままで構わないので、顔写真だけ外してもらいたい」という願いがそれほど駄目なものだと思えなくなっていた。私の顔写真が除かれたからといって不利益を被る人がいるとは思えない。それに、削除の作業はそれほど煩雑ではないはずだ。そんな風に考えて、気持ちを奮い立たせた。

 編集者さんからもらったアドヴァイスでしばらく気にしてしまっていた「新聞記者さんに直接に何かをお願いすると、『変な作家』だと思われる。今後、新聞記事で取り上げてもらえなくなるかもしれない。新聞記者さんとは良好な関係を保った方がいい」という考え方に、5年目の私は疑問を抱くようになっていた。

 新聞は公平な媒体であるはずなのに、なぜ取材される側がペコペコしなければならないのか。良い記事を書いてもらえるように、というスタンスで取材者に接するなんて愚の骨頂ではないか。芸能人ではなく作家なのだから、媒体との関係を、「使ってもらう」という気持ちで築くのは、むしろ避けるべきだ。大企業に対して萎縮するなんて、作家の姿勢としてあるまじきことだ。主張したいことは、主張した方がいい。たとえ相手が新聞記者でも、ただの人間関係だ。礼儀はわきまえるとしても、フラットな立場から関係を築くべきなのではないか。

 また、「たとえ相手が組織でも、『一緒に仕事をしている』というスタンスで臨むのが良いのではないか」とも5年目の私は思うようになっていた。
 デビューから少しずつ仕事が増えていき、大きい出版社ともやり取りをするようになり、また、何度か自作が芥川賞候補作になって社会的に色々言われ、個人でフリーランスとして働いている自分がどのように組織や集団と対峙していくべきなのか、幾度となく悩んだ。
 そうして、私の場合は、たとえ集団を相手にしても、たとえ自分よりも頭が良くて社会的地位が高い人が相手でも、対等な立場から、「一緒に仕事をしましょう」という気持ちでやっていこう、と考えることにした。たとえば、芥川賞などの文学賞の候補作は、出版社内にある運営団体から「あなたの著作を候補作にしてもいいですか?」という打診が事前にあり、こちらが「それではお願いします」と了承して、選考がスタートする。一出版社が主催する一イベントである文学賞の盛り上げに作家が参加する、ということだと私は理解した。候補作を発表せずに受賞作のみを発表するよりも、他の候補作をいくつか発表して、「これらの中かからこの作品が受賞作として選ばれました」と発表する方が社会的に注目度が上がり、盛り上がるということではないだろうか。世間は競争が好きだ。文学を社会的ニュースにするにはコツがいるということだろう。候補作にすることを了承する自分の側には、もちろん、「受賞したら嬉しい」という下心がある。でも、それだけではなく、「たとえ落選しても、低迷する文学シーンの盛り上げに一役買った」「たとえ自分の名が残らなくとも、文学者として、日本文学史を作る一助になる仕事を果たしたのだ」と思えるところにも私は意味を見出していた。つまり、出版社や運営団体に対してペコペコする必要はなく、フラットな立場から、「一緒に仕事をしましょう。一緒に文学シーンを盛り上げましょう」という思いで参加すれば良いのだ、と解釈するようになっていた(もちろん、そんなことは口には出さず、粛々と事務作業や事前取材をこなすだけなのだが)。
 新聞記事も同じではないか。新聞社は強大だし、頭が良くて社会的地位が高い人が集まっている。一方の私は、大して頭の良くない、なんの社会的地位もない、売れない作家だ。でも、萎縮してペコペコする必要はない。「文学を社会的ニュースにしたい」という同じ思いを持つ同志として、一緒に仕事をすれば良いだけなのではないか。
「変な人に思われるかもしれない」「嫌われるかもしれない」「良い関係ではなくなるかもしれない」といったことを気にして、言いたいことを飲み込む必要はない。
 インターネット上に自分の写真があることによって自分は性的に愚弄され、度を過ぎた誹謗中傷に苦しんでいる。この写真を取り除きたい。それを記事元にお願いすることが、そんなに変なことだろうか。私には、そうは思えない。

 そういうわけで、そのファミレス記事でお世話になった新聞記者さん宛てにメールを送った(デビューから5年経って、やっとY新聞の記者さんのひとりから名刺がもらえて、連絡先がわかったというわけだ)。
 5年前のその記事のアドレスを貼り、この記事中の私の写真だけ削除していただけませんでしょうか? とお願いした。優しそうな記者さんだったので、話を聞いてもらえるのではないか、と期待していた。

 しかし、「できません」という返信だった。配信した記事は新聞社に属するものだということ、すでに公開した記事を変更することはできないということ、編集権は新聞社にあるということが理由であるらしかった。

 私はさらに返信した。この写真があることによって自分は誹謗中傷を受けているのだということ、すでにコピーアンドペーストされて拡散しているのですぐには消えないだろうが大元であるこの記事の写真がなくなれば被害が縮小するに違いないこと、もしも記者さんのご両親や奥様や妹さんやお子様が新聞に載る場合でもこのような顔の写真を載せることに抵抗はないですか? 誹謗中傷を受けても堪えるべきだと家族に言いますか? という疑問……、情に訴える長文を送ってしまった。

 すると、写真を消してもらえた。担当者に無理を言ってくれたのかもしれない。深く感謝した。
 とにかく、ホッとした。

 大元の写真がなくなったので、次は「個人ブログやまとめサイトなどに転載されている写真をひとつひとつ消してもらう作業に入ろう」と考えた。サイトの管理者ひとりひとりに向かい合って、メールでお願いしてみよう。
 ただ、私には自分のメールアドレスが匿名掲示板に貼られて困った経験があり、メールアドレスを先方に伝えるリスクを鑑みて、普段使用しているメールアドレスは使わないことにした。新しいメールアドレスをグーグルで作って、そこから丁寧な文章のメールを、媒体責任者に送ろう。
 個人ブログやまとめサイトには、コメント欄や連絡先が付けられているものが多かった。挨拶をして名乗ってから、写真の無断転載は禁じられていること、添えられている文章は人権侵害であり営業妨害であること、とはいえ文章はそのままでも良いので写真だけは消してもらいたいこと、消してもらえないのなら弁護士に相談したいと思っていることを、怒りが伝わらないよう、落ち着いた優しい文章を心がけて書いた。
 すると、大抵の個人ブログやまとめサイトで写真も誹謗中傷の文章も削除してもらえた。
 相手は人間なのだ、と思った。
 なかなか削除してくれないところには、「あなたの家族がこのように写真を載せられていても平気ですか?」という疑問など、情に訴えることも綴って、何度か送った。
 もちろん、それでも無視されてしまうこともある。
 また、コメント欄がなく連絡先も掲載されていないブログやまとめサイトや、数年間放置されて更新が滞っているものもあって、消してもらえないところもあった。
 けれども、地道にひとつひとつお願いしてまわったら、数年かかったが、かなり消すことができた。
 これで、Y新聞の写真のことは、私の中で消化することができた。
 今、あの写真はインターネット上でほぼ見当たらない。
 そして、ブスと言われることはあっても、グロいことやエロいことやひどすぎる中傷はどんどん減っていき、今ではほとんど気にならなくなった。

 後日談だが、ある年、Y新聞のファミレス記事のあの記者さんに年賀状を送ったことがあった。
 年賀状を送った理由は、その年に私は引っ越しをして、けれども、いそがしさにかまけて「転居のお知らせ」をサボってしまい、ほとんどの人に新しい住所を伝えていなかったので、「転居のお知らせ」がわりに年賀状を送ればいいや、と安易に考えてしまったからだった。仕事相手などにも、その年はたくさんの人に年賀状を出した。出版社や新聞社は、作家の住所や連絡先を会社のデータとして登録しているらしかったので、それを変更してもらいたい考えもあった。気持ちとしては組織に自分の名を登録なんてされたくなかったが、郵便物をもらった際に別のところに届いて受け取れない方が困る。だから、一応、新しい住所を方々に伝えておこう、と考えた。挨拶文はあまり思いつかなかったので、「引っ越しました。これからもよろしくお願いします。今年も小説がんばります」という大して意味のない型通りの文を何枚も書いて、出版社や新聞社の担当さんや仕事相手に送った。
 すると、Y新聞のあの記者さんから返信があって、「批評は、平等に取り上げます」とだけ書いてあった。
 どういう意味だろう? 私は首を傾げ、しばらく考えてから思い当たった。この記者さんは、新聞の文芸月評の欄を担当しているから、私から年賀状が届いたことを、「月評に自作の小説を取り上げられたがっている」「作家からのゴマすり」と捉えたのに違いない。私は顔から火が出そうになった。
 恥ずかしい。「誤解だ」と返信したくなった。でも、それはやりすぎで、さすがにおかしいので、グッとこらえ、スルーすることにした。

 それにしても、作家が月評に作品を取り上げられたがっているなんて記者が思うのは驕りではないか、とちょっと感じた。
 新聞記者が文芸批評を書くという仕事ができるのは、作家が作品を発表するからだ。作品がなければ、批評という仕事は成り立たない。
「文学を社会的ニュースにする」という同志として、作家や記者が一緒に仕事しているだけではないか。
 こっちは、ペコペコしてまな板にのる気はない。
 一緒に仕事がしたいだけだ。
 なぜ、年賀状を送っただけで、ゴマすりと捉えられなければならないのか。対等な人間関係として挨拶しただけ、という捉え方はされないのか。

 また、正直なところ、その頃の私は、批評に取り上げられることを好ましく思っていなかった。私はデビューしてすぐにあちらこちらの媒体で取り上げられた。そのため、ゆっくりと歩みを進めた作家と違って、「媒体で取り上げられる幸せ」「批評される喜び」に疎かった。それよりも、「また、顔写真が載る(新聞の文芸欄に批評が出ると、その新聞社で以前に撮った写真が無断で再利用される)」「悪口を言われる(多くの批判が厳しい。どうしても作家には褒められたときよりもけなされたときの印象が強く残るものだ)」という思いが強く、むしろ、そっとしておいて欲しかった。「ペコペコしてでも批評に取り上げられたい」なんて、思うわけがなかった(その後、デビューから十年以上が経って、取り上げられる回数が減り、また、人間として成長して様々なことがわかってきて、今では「たとえ悪口でも、取り上げられるのはありがたいことだ」という心に変わってきたが)。

 とにもかくにも、それ以来、私は不必要に新聞記者や批評家に連絡したり連絡先を交換したりすることを止めた。ゴマすりと思われるなんて、屈辱だ。
 普通に人間関係が築けそうな人とだったら、連絡し合いたいが、慎重になるにこしたことはない。

 ダウンタウンの松本人志さんが、あるバラエティ番組の中で、NHKの紅白歌合戦に出場した際のことを振り返り、こんなことを言って憤っていた。
「NHKの偉いさんが『この度はNHK紅白歌合戦初出場おめでとうございます!』って。『ありがとうございます』ちゃうねんで!」。
 紅白歌合戦に出場する人は事前にNHKの重役の面接を受けなくてはならないそうで、その場でそういう挨拶があったらしい。

 確かに、NHKの紅白歌合戦への出場は社会的ステータスになることで、家族や親戚に喜ばれる、めでたいことかもしれない。
 でも、仕事だ。

 番組制作者のやりたいことと、演者のやりたいことが一致しているから、一緒に仕事をしよう、というそれだけのことではないのか。お互いに、「盛り上げに参加してくれてありがとう」「参加させてくれてありがとう」ということではないのか。

 それと同じで、「新聞記事になることは、社会的ステータスになることで、家族や親戚に喜ばれることだから、取材される側はありがたく思うべきだ」という新聞記者の心がありはしまいか。
 しかし、これは仕事なのだ。

「一緒に仕事をしよう」。それ以上でもそれ以下でもないのではないか。

 私としては、これからも、下からでも、上からでもない、対等な立場から、媒体との関係作りに臨みたい。

 そして、「自分の顔は、自分のものだ」と堂々と主張したい。

 正直なところ、私の顔なのに、「新聞社に属しています」と言われたことに、私は今でも納得がいっていない。

 顔写真を勝手に撮られて、それが無断で掲載されて、その後の経過がとても悲しくつらいことになったのに、「この顔は、撮った人のものです」と写真の削除を断られ、本来の顔の持ち主の悲しみはないがしろにされる。
 承服できない。

 撮影ってなんなのか?
 顔は誰のものなのか?
 疑問がどんどん胸に浮かび、何年経っても消えない。

 今回書いたことは、賛否両論ありそうだ。私は、「怒られそう」とビビっている。

 これらの文章を、不快に感じた人もたくさんいるだろう。
「何も、新聞社が悪く取られそうなことを書く必要はなかったのでは?」という意見もあるに違いない。
 私としても、新聞社や記者さんが悪く取られることは望んでいない。精一杯、気を遣ったつもりだ。誰かを傷つけたいという気持ちは皆無だ。
 ただ、相手が新聞社という強い組織であり、反論の場を持たない人というわけではないことも鑑みて、書かせてもらった。

 うまく喋れそうになくて、陰口みたいになるのは避けたかったので、Y新聞の記者さんとのやりとりに関しては、友人にも、家族にも、他の仕事相手にも、誰にもこれまで言ったことがなかった。

 でも、「対等な関係のはず」というのは、どこかで文章にしたくて、ずっとくすぶっていたので、自分としては、今回、書けて嬉しい。

 すっきりした。
 書籍化の際には、今回の文章はカットするかもしれない。

 ただこれだけは、思い続けている。

 新聞記事や文学賞や出版などの仕事で、たびたび「(若い女性を)育ててあげる」という視線を感じることがあったが、こちらとしては、決してボランティア団体や公共機関に応援をお願いしていたのではなく、企業と一緒に仕事をしていた。

 企業には、仕事だという自覚を持ってもらいたかった。

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著者

山崎ナオコーラ

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。2017年、『美しい距離』(文藝春秋)で第23回島清恋愛文学賞受賞。小説に『ニキの屈辱』、『ネンレイズム/開かれた食器棚』(ともに河出書房新社)、『ボーイ ミーツ ガールの極端なもの』(イースト・プレス)、『偽姉妹』(中央公論新社)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)など。絵本に『かわいいおとうさん』(絵 ささめやゆき)(こぐま社)がある。モットーは、「フェミニンな男性を肯定したい」。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。

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