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「ブス」の自信の持ち方 山崎ナオコーラ

第22回

痴漢(1)

2018.11.26更新

読了時間

現代は多様性の時代と言われます。しかし社会には、まだまだ画一的な一面が強くあるのではないでしょうか。この連載で取り上げるのは「ブス」。みなさんはこの言葉から何を感じますか? 山崎ナオコーラさんと一緒に、「ブス」をとりまく様々なモノゴトを考えていきます。
「目次」はこちら

 日本で多く起こっている性犯罪、痴漢について考えてみたい。

 ただ、多くの専門家がこの問題に取り組んでいるので、今回は、私のやるべき仕事である、「ブス」の観点からのみ書かせてもらう。
 駅の痴漢撲滅のポスターに対して、私はちょっと不満を抱いている。しかし、私以外の人からは不満を聞かないので、私だけが抱いているのかもしれない。
 不満というのは、女性被害者のかわいらしい顔が大きく描かれていることだ。
 殺人や暴力や盗難や詐欺や交通事故などを撲滅しようとするポスターの場合は、被害者のヴィジュアルが大きく描かれることはないと思う。
 ポスターだけでなく、犯罪を抑止するための文章や動画でも、他の犯罪の場合は、被害者をフィーチャーするのではなく、むしろ犯罪者をフィーチャーして犯罪の恐ろしさを伝えているように思う。また、被害者のキャラクターイメージを固定しようとすることはあまりない気がする。
 でも、痴漢撲滅運動では、被害者だけが取り上げられることが多く、しかも、想定されている被害者のキャラクターが大体似ている。

「ポスターの一番の使命は目を引きつけることだ」と考えるなら、確かに、「女性のかわいらしい顔」は効果的かもしれない。

 だが、たとえ、「注目を集められる」というメリットがあるとしても、デメリットも多数あるんじゃないか、と私は思うのだ。

 まず、一つ目のデメリットは、被害者の側に犯罪が起こる原因があるという間違った認識のきっかけを作ってしまっている可能性があることだ。
 先日、斉藤章佳さんの『男が痴漢になる理由』という本を読んだ。痴漢を撲滅するには、加害者を治療することが一番有効であるらしい。痴漢という性犯罪は、犯罪をしている側の「認知のゆがみ」から起こる。女性蔑視の考えを持つ人が、ストレス発散のために、女性に対して「捕まりそうで捕まらない犯罪」を起こしたいと考える。性別に対して間違ったイメージを持っているため、実際に犯罪を行ったあと、「本当に捕まった困る。人生が終わるのは嫌だ」と自分の気持ちは考えるが、被害者の気持ちは考えられない。ただ、「捕まるか捕まらないか」のスリルだけを楽しむ。加害者の多くが、犯罪時に勃起していないらしい。つまり、性欲を満たすことではなく、スリルを求めている。性欲が強くて衝動が止められないわけでも、好きな人や美人に触りたくて我慢ができなくなったわけでもなく、逸脱した行動でストレス発散をしたいだけなのだ。このような状態になった場合は、精神科へ行くべきなのだが、病院を訪れる犯罪者は稀だということだ。痴漢の常習者は、妻や子どもに対しては優しく、普通の家庭人であることが多いという。それが逆に来院のハードルを上げているのかもしれない。とにかく、被害者には犯罪が起きる理由はまったくなく、変わるべきは加害者だ。
 だが、痴漢という犯罪を、犯罪者側に立って検証するこのような本は珍しい。ポスターでも痴漢犯罪者はまったく描かれないので、「被害者のかわいい困り顔」が痴漢という犯罪の芯にあるようなイメージが社会に広まってしまっていると思う。

 二つ目のデメリットは、男性被害者が想定されにくいとうことだ。先ほど、痴漢犯罪者は「女性蔑視の考えを持つ」と私も書いてしまったが、「男性蔑視」もある。少数だが、女性の痴漢犯罪者が男性の被害者を犯すこと、男性の痴漢犯罪者が男性の被害者を犯すこと、女性の痴漢犯罪者が女性の被害者を犯すことがある。こういったケースをすくい取りにくくなってしまっている。

 三つ目のデメリットは、ブスの被害者が想定されにくいということだ。
 痴漢の被害者は、かわいい人や美人だけではない。
 先ほど書いた通り、痴漢犯罪者は、好きな人や美人に対する性的欲求が抑えられずに触るのではなく、常軌を逸した行動でストレス発散をしている。つまり、相手はブスでも構わないのだ。
 しかし、世の中の多くの人が、「痴漢犯罪者は、かわいい女性や美人を対象に犯罪を行なっている」という思い込みを持っているのではないか?
 世の中のほとんどの人が犯罪者ではないので、痴漢犯罪者の気持ちがわかる人などあまりいないはずなのに、多くの人が、痴漢問題に際して、犯罪者はかわいい女性への性的欲求が抑えられないのだ、とまるで誰かからきちんと教わったかのように信じてしまっていないか? あなたも、「かわいい人は大変だ」「かわいい人が困っていたら助けよう」といったことを漠然と思っていないか?
 テレビや雑誌などのメディア、あるいはSNSなどで、痴漢などの性犯罪について意見を言ったり、被害に遭った経験を告白したりした人に、「お前みたいなのが、被害に遭うわけがない」といったバッシングが起こることがよくあるらしい。どうしてそうなるのか。痴漢犯罪はたくさん起きているが、とはいえ世の多くの人が犯罪者ではない。だから、おそらく、バッシングをしている人は、痴漢犯罪者ではない。痴漢をしていない普通の人が、「お前みたいなのが、被害に遭うわけがない」「自意識過剰だ」と言っているのだ。おかしなことだ。でも、こういうバッシングはよく起きる。
 そこで、私としては、「ブスも痴漢に遭う」ということを周知したい。

 痴漢被害に、容姿は関係ない。美人もブスも被害に遭う。

 私は、これまで何回か、「痴漢に遭ったことはありますか?」という質問を受けたことがある。どうしてそういった質問が私に対して軽く出されるのか。理由は、「かわいいタイプの人ではないので、痴漢に遭ったことはないだろう」という予想が前提にあるからだろう。痴漢に遭ったことがありそうな人に、「痴漢に遭ったことはありますか?」と尋ねるのは、かなり気を遣うはずだ。でも、「痴漢に遭ったことはないです」と答えそうな人になら、質問しやすい。
「痴漢に遭ったことはありますか?」
 そう聞かれたとき、
「あります」
 と私は正直に答える。
 すると、相手は、「そうですか……」ともごもご言って、それ以上は何も聞いてこない。つまり、予想と違う答えだったのだろう。
 だから、これまでそれ以上のことは言ってこなかった。
 だが、ブスも痴漢に遭うということの周知のために、私は高校生だった頃と大学生だった頃に何回も痴漢に遭った、と、ここに書いておこう。ただ、グロいことを書きすぎたら読む側も気持ち悪くなるだろうし、エピソードとして書くのは自分の負担が大き過ぎるので詳細は省く。
 場所は、大体が満員電車だ(通学途中だ)。
 痴漢とは少し違うかもしれないが、道で下半身を露出して追いかけてくる犯罪にも二度遭った。
 被害は高校生の頃が主で、二十一、二歳ぐらいになってからはまったくなくなった。
 年齢が上がったあとに被害に遭わなくなった理由について、「犯罪者は若い女性を好むから」「容姿が衰えたから」「体型が変わったから」と思う人もいるかもしれないが、私の推察は違う。
 私は、十代の頃、ものすごく大人しかった。無口で、人見知りで、初対面の人とは口がきけなかった。おそらく、それは誰の目にも明らかだった。見るからに、地味で、大人しそうだった。犯罪者は、そういう被害者を求めている。捕まるか捕まらないかのぎりぎりのことをする逸脱行動を取りたいのだろうが、本当に捕まったら困るはずだ。交番に駆け込みそうな人や、反撃をしそうな人、言葉をしっかり返してきそうな人は、被害者にしたくない。
 だから、「好みのタイプ」や「美人」よりも、「大人しそうな子」を探している。もちろん、犯罪者もブスよりはきれいな人が好きだろう。もしかしたら、「美人で大人しそうな子」がいたらその方がいいのかもしれない。でも、そうそういないので、「ブスで大人しそうな子」も対象になる。
(ただ、「痴漢被害に遭ったから、自分はブスなんだ」と思う読者がいたら困るので念のため書いておくが、もちろん、美人も被害に遭う)。
 それでも、「気の強そうな、すごい美人」よりは、「気の弱そうな、すごいブス」を加害者は選ぶのではないか、と私は予想する。
 大人になってから、「どうしてあのとき、『嫌だ』と言えなかったのだろう」「ああ言えばよかった」「こうすれば良かった」「周囲の人に助けを求めれば良かった」「もしも、あのとき、きちんと対応できていたら、どんなに自分に自信がもてたかわからないのに」「きっぱりとしたことが言えていたら、かっこいい自分になれたかもしれないのに」と何度も後悔した。でも、十代後半は、子どもなのだ。二十二歳になったら簡単にできるようになったことが、十八歳のときはどうしてもできなかった。ものすごく簡単なこと、たとえば、叫んだり、「やめろ」の三文字だけでも言ったりすることが、なぜかできなかった。どのタイミングで、どれくらいの声量で、どのような言葉を発するのが正解なのか、わからなかった。「犯罪をやめさせられるならなんでもいい」ということも、「正解などない」ということもわからなかった。恥の基準もわからなかったし、自分の体をどの程度大事にすべきなのかもわからなかった。そういうことがわかっている、しっかりした高校生も世の中にはいるに違いないが、少なくとも私の場合は子どもだった(それが悪いことだとは思っていないし、そのせいで犯罪が起きたとも思っていない。ただ、「ブスが被害に遭うわけがない」としつこく思っている読者がいると思うので、どういう雰囲気なのかを書いておいた方が理解のきっかけになるかと思った)。
 痴漢犯罪者は、そういう「大人しさ」「未熟さ」を狙う。卑劣だと思う。

 そういうわけで、もちろん変わるべきは痴漢犯罪者だ。病院で治療を受けて欲しい。

 ただ、「被害者を助けよう」と思っている優しい人にも、もう一歩進んで欲しい、という高望みもしてしまう。

「被害者は、かわいい女性」というイメージを広げる痴漢撲滅ポスターは、ブスが声をあげにくい社会を作ることをわかって欲しいように思う。
「ブスが被害に遭うわけがない」という空気の中で、被害を訴えたり、何かを発言するのは結構大変だ。高校生の私はいろいろわからなかったが、自分みたいなブスが「痴漢に遭いました」と言ったところで周囲の人が信じてくれるものなのかどうかが一番わからなかった。

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著者

山崎ナオコーラ

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。2017年、『美しい距離』(文藝春秋)で第23回島清恋愛文学賞受賞。小説に『ニキの屈辱』、『ネンレイズム/開かれた食器棚』(ともに河出書房新社)、『ボーイ ミーツ ガールの極端なもの』(イースト・プレス)、『偽姉妹』(中央公論新社)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)など。絵本に『かわいいおとうさん』(絵 ささめやゆき)(こぐま社)がある。モットーは、「フェミニンな男性を肯定したい」。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。

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