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よみものどっとこむ

第1回

長いメールは必要ない

2017.09.13更新

読了時間

【この連載は…】めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。

第1回目のテーマは「メール」です。

といっても、「なにをいまさら」と感じる方だっていらっしゃるかもしれません。なぜなら、いまはSNS全盛の時代。誰かと連絡をとりたいと思ったら、LINEやツイッター、フェイスブックなどのほうが手っとり早かったりしますからね。

とはいえビジネスにおいての正式な連絡手段としては、まだまだ電話もしくはメールが主流です。もちろん、これだけ進歩の早い時代なのですから、そういった“常識”がいつ崩れるかはわかったものではありませんけれど。

「○○くん、先日の打ち合わせの件、A商事の△さんには連絡してくれたかね?」
「はい、さっきLINEでリプ飛ばしましたー」

でも、もしかしたら日本の会社のどこかでは、こんな会話があったりするのでしょうか?

こんな部下がいたとしたら、僕なら内藤哲也ばりのデスティーノをカマしたくなりますけれどね(そもそも技術的に無理)。

ともかく、現実的にビジネスに欠かせないツールとなっているメールについては、かねてから取り上げたかったのです。そこには理由があるのです。そしてそれは、数年来ずっと心の中でモヤモヤしていたことでもあります。

きっかけは 3年ほど前、知り合いの女性編集者から届いた一通のメールでした。一緒にある仕事を進めようとしていた時期のことで、書かれていた内容もその仕事についてでした。

正直にいいますが、目を通したとき、少しだけ目がくらみました。そして、ちょっとした絶望感に襲われもしました。その結果、ずっと何年もの間、頭のなかでモヤモヤしていたものの正体を見つけたようにも思えました。

たった1通のメールに、なぜそれほどのインパクトがあったのか?

簡単なことです。つまりそのメールは、とてつもなく長かったのです。内容の構成は、こんな感じです

  1. 1. 挨拶、季節の話題、自分の近況
  2. 2. 企画を上司に見せた結果、いわれたこと
  3. 3. 上司の意見に対する自分の考え(それが通らなかった苦悩&愚痴)
  4. 4. 「でも、希望は捨てません!」的な意思表明
  5. 5. 「そこで、こうしてはいかがでしょうか?」という提案(このメールの本題)
  6. 6. 「それでも企画が通らなければ、きっと私は悲しい。でも、諦めません!」というようなやる気アピール
  7. 7. まとめ
  8. 8. 締めの言葉

文字数でいうと、1000〜1500字というところでしょうか? あるいは、もっと多かったかもしれません。数える気にもならなかったので、そのあたりは微妙です。でも、ちょっと想像してみてほしいのです。

1500字といえば、400字詰め原稿用紙約4枚分です。つまり、相応の文字量です。当然のことながら、それだけの文字量がPCの画面上に表示されるとなると、なかなかのインパクトがあります。

しかも、それを通常のメールソフト上で読もうというのであれば、読み手であるこちらには、いくつか乗り越えなければならない壁が生まれることになります。

  1. 1. 画面をスクロールしなければならない
  2. 2. 文字量の多さに圧倒されてはならない
  3. 3. 長文を読みながら、頭のなかで瞬時に要約しなければならない
  4. 4. そこから、相手が本当に伝えたいことを抽出しなければならない

「そんなチミチミしたことかよ」とツッコマれるかもしれませんが、実はこれってけっこうな問題です。長文のメールは現実的に、これだけのタスクを読む側に強いるということなのですから。

まず、最大の問題点は1.です。メッセージが延々と続く以上、こちらとしては画面に見えている文字の「さらに先」まで読まなければなりません。しかし、表示されていない部分を表示するためには、画面をスクロールしなければなりません。しかもスクロールするには、まず(最初に表示される)それ以前の文章を読む必要があります。でも実際のところ、それはけっこう面倒なことです。

そして2.。当然のことながら、多大な文字量はそれだけで読み手を圧倒します。メールの内容よりも、画面上のメッセージの「見え方」のほうにインパクトがありすぎるのです。だから、きちんと読もうとしても、なんだか落ち着かない気分になってしまいます。

さらに問題なのは3.です。だらだらと続くメッセージの、そのすべてが重要だというケースは非常に稀だからです。ぶっちゃけ、半分くらいは愚痴だったり、悩み告白だったりします。つまり読み手は、読みながら無駄な部分を排除していき、文章をシェイプアップさせなければなりません。その作業って、けっこう面倒。そして疲れます。

最後は4.。文章をシェイプアップさせるだけでなく、「で、結局、いちばん伝えたいことはなんなの?」ということを突き止めない限り、メール発信者のメッセージを受け止めることができないわけです。

「なにを大げさな」と思われるでしょうか? 「そんなことか」と感じるでしょうか? しかし、メールの目的が(仕事の内容などについて)「伝える」ことである以上、これは大きな問題だと思います。なぜなら、スムースに発信できていないからです。

で、この女性編集者が長文を送ってくるのは、一度や二度ではありませんでした。毎回毎回、しかも当時はほぼ毎日やり取りをしていたのですが、そのすべてが「1000〜1500字以上」だったのです。

だからそういうことが続くと、送り主のスペースに彼女の名前を見つけるだけで、なんだかドキッとしてしまうことになってしまいます(恋とかじゃなくてね)。

あるとき本当に疲れてしまって、「申し訳ないが、もうちょっと簡潔な文章にしてください」とお願いしました。彼女も気づいてくれたようで、すぐに謝罪メールが届きました。

ところが、翌日に届いたメールも、またまた長文でした。

これは癖のようなものだから、なおしてくれと頼んでも無理な話なんだな。そのとき、強く実感しました。

でも、わからないでもありません。彼女だけでなく、同じような傾向のある他の人にも同じことがいえるのですが、長文メールを送ってくる人には「真面目である」という共通項があるのです。ちなみに、それは女性的な側面なのかなと考えたこともあるのですが、男性にもそういう人はいるので、性別は関係ない気がします。

つまり真面目だからこそ、「これは必ず伝えたい」という思いが先に立ってしまい、その結果として長文になってしまうということなのでしょう。その気持ちは、とてもよくわかります。伝えたいことが伝わらないことは、とても怖いですからね。

でも、だからこそ断言できることがあります。

長文メールはほとんどの場合、伝わりません。なぜって、読む側に上記1.〜4.のようなタスクを要求することになるからです。もちろん長文を書いた本人に自覚はないでしょうが、読む側からすればこれは大きな問題です。

忙しい毎日を送っている多くのビジネスパーソンに、だらだらと長尺なメールを読んでいる時間はないのです。また、そういうメールを読んだ人は、無意識のうちに送り手のことを「シャキッとしていない人」「話がまとまらない人」という目で見てしまうかもしれません。少なからずそういう部分があると思うのですが、だとしたら、それはお互いにとってもったいない話です。

これは、どこにでもある問題だと思います。そして、いつまでたってもこういうメールを送ってくる人が減らないのは、そこを疑問視する人が少ないからなのではないでしょうか?

でも客観的に考えれば、そこにはデメリットしかありません。本人に対する印象も悪くなり、伝えるべき情報が正常に伝わらず、書く側も読む側も、無駄な時間を浪費することになるのですから。

そういうメールを読むつらさを知っているからこそ、そして、それでは正しくメッセージが伝わらないことも実感しているからこそ、僕は自分がメールを出す際に心がけていることがあります。

相手に画面をスクロールさせない範囲で、メッセージを簡潔に終わらせる。

たったこれだけのことです。ですから、「メールが長くなっちゃうな」と感じている方には、このことを改めて考えてみることをおすすめしたいと思います。そしてメールを出す際には、書き終えてから読みなおし、無駄な部分をどんどん排除してみることもおすすめします。

決して、上から目線で語りたいわけではありません。そうではなく、しかし、きっとそれが解決策になると思うのです。

そういう意味で、1画面内に収まる簡潔なメッセージは、人生そのものを簡潔にしてくれるともいえるかもしれません。

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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)ほか多数。

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