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それはきっと必要ない 曇った思考がクリアになる”絞り込む”技術 印南敦

第17回

過剰な暖房は必要ない

2018.01.17更新

読了時間

めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。
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毎日ガッチリ冷えますね。
寒さのピークは2月ですから、今後は寒さがさらに本格化していくことになるのでしょう。今年は東京にも雪が降るのかな?

いずれにせよ、くれぐれも体調管理には気をつけたいところです。

そもそも僕のような自由業者の場合、体調を崩すことには大きなリスクがあります。なにしろ、もし倒れたりしたら、その時点ですべてのバランスが崩れてしまうのですから。

具体的にいえば、締め切りが毎日あるため、連載に穴が空いてしまいます。そんなことになったら、たとえ病気が理由だったとしても、信用が失われることは確実。すると当然、収入も途絶えるでしょう。

そうなれば精神的にも余裕がなくなり、家族との関係にも悪影響を与えることになってしまうかもしれません。「大げさだよ」と言われるかもしれないけれど、それが自由業者の現実です。

だから、健康状態を気にかけてしまうのは当然すぎる話。とかいっても具体的になにかをしているわけではなく、「風邪なんか気合いで追い払うぜ!」みたいなことを漠然と考えているだけなんですけどね(それ、まったく意味ねー!)。

ところで健康問題に関連したことで。外に出た際によく感じることがあります。

「もしかしたらいまの社会って、人の体調を崩すことを目指しているのではないか?」

という極論がそれ。もちろん、そんなことがあるはずはありません。しかし、「結果的に」そうなってしまっている部分があるような気がしてならないのです。

どういうことか、具体的に考えてみましょう。

朝、起きたときに寒ければ、まずは暖房をつけることになると思います。とはいえすぐに暖かくなるわけでもありませんし、その時点では一刻も早く寒さから逃れたいわけです。そこで、「着る服」で調整しようと考えることになります。「きょうは寒くなりそうだな」と感じれば、いつもより多めに着込むかもしれません。

そして外に出てみれば、やはり空気は冷たく、風でも吹いていようものなら寒さはさらにこたえます。だからそんなときには、「厚着をして出てよかった」と感じることでしょう。

ところが、オフィスやデパートなど、ビルのなかに入ると環境が一変するのです。つまり、問題はここから。

暖房が効きすぎているため、必要以上に暑いわけです。しかも人工的なその空気にはモワッとした質感があり、とても気持ちが悪い。

僕は暑がりなので、そんな環境にぶち込まれると大変なことになります。ヒートテックなんか着ていたとしたら、もう地獄に足を踏み入れたようなもの。冗談でも誇張でもなく、玉の汗が額に浮かぶわけです。

だから慌てて上着を脱ぐのですが、周囲を見てみると、みんな暑そうには見えません。どう考えたって暑いに決まっているのに、ダウンジャケットなどを着たまま、なにごともないような顔をしているのです。それがとても不思議。

すると必然的に、「あの人たちがおかしいのではなく、僕が異常なのではないか?」と考えてしまったりもします。

けれど、実際のところ、そんなことはないはず。程度の差こそあれ、みんなそれぞれ、ビル内のあの異常な熱気を不快に感じているのではないでしょうか。あの暖め方は、どう考えても普通ではないのですから。

それとも、みんな本当に暑いとは感じてないの? 謎だぜ。

それはともかく、ビルを管理している方々は、なぜ、あそこまで温度を上げてしまうのでしょうか? もちろん、部外者である僕はその明確な理由を知りませんが、「もしかしたら……」と思い当たることもなくはありません。まったく的外れかもしれませんけれど。

「温度が低かったとしたら(寒かったとしたら)、訪れた人から『なんでこんなに寒いんだ?』とクレームが入るかもしれない。でも温度を上げておけば、多少暑かったとしても、それが怒りにつながるとは考えにくい。だったら、温度は少し高めにしておいたほうがいいのではないか?」

そのような思いが、ビル側にはあるのではないだろうかということ。「考えすぎだよ」とツッコマレたとしたら、たしかに反論はできませんけどね。

でも実際問題として、寒さが感情を刺激し、怒りを誘発させるということは十分に考えられます。しかし、「ちょっと暑いよねえ」という気持ちが感情に火をつけることは考えにくいのではないでしょうか?

つまり施設の側には、「無駄なトラブルを起こさせないためにも“少し過剰”にしておいたほうがいいだろう」という曖昧な判断があるのではないだろうかと考えてみたりもするわけです。

もちろん推測の域を超えませんが、どっちにしたって得策ではないと思います。なぜって一歩外に出れば格段に寒いのですから、温度差によって体調を崩してしまったとしても不思議はないのですから。

だから、先程はそれを「人の体調を崩すことを目指している」と表現してみたわけです。

それに理由がどうであれ、高すぎる室内温度を個人的には心地よく感じません。それどころか、季節外れの大汗をかくのはもう嫌です。本当につらいんです。お願いですから、せめてあと2、3度下げていただけないでしょうかね?

寒くなければそれでいいのですから、過剰な暖房ってやっぱり必要ないと僕は思うのです。

もちろん、同じことは夏の冷房にも言えるでしょうね。真夏のビルの寒さは尋常ではありませんから。もっとも僕は、真夏はキンキンに冷やした部屋でダブ(レゲエのジャンル)を聴くのが大好きという不健康な男なので、こちらについては強い主張を展開する資格などないのですが(中途半端だねー)。

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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)ほか多数。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)

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