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よみものどっとこむ

第4回

ケアをする人の定義

2016.08.24更新

読了時間

■ケアをする人の定義


 講演の際に、認知症高齢者へのケアを撮影した資料映像を見てもらいます。最初は音声だけを流すのですが、女性はひたすら絶叫し、「やめてくれ」と言っています。これまで多くの看護師・介護士に同じ質問をしました。「何をしているところだと思いますか?」そう尋ねると間違いなく、「拷問です」といった答えが返ってきます。


 今度は映像も流します。実は看護師がシャワーのケアをしているのです。続けて「あなたが看護師ではないと仮定して、この光景を見たら、何をしているところだと思いますか?」と尋ねると、ほとんどの人がこの行為を「暴力」や「虐待」といった語を用いて表現します。


 ケアをする人は意図的に拷問しているわけではありません。けれども、この高齢の女性にとっては自分が殺されかけているとしか思えないのです。それが彼女の現実です。ケアする人たちは、自分の子供や家族に、「私はこういう仕事をしています」と誇らしくこの映像を見せることができるでしょうか。おそらくは躊躇するでしょう。しかしながら、この映像のような場面は、病院や介護施設では非常にありふれた光景です。


 ケアをする人は、拷問を加え、虐待する人であってはなりません。こういうことが起こらないようにするには、「ケアする人とは何者か」を定義する必要があります。私たちの仕事は何であり、介入する範囲はどこまでか。ユマニチュードの哲学は、その質問に答えようとします。


 ケアをする人とは職業人であり、健康に問題のある人に次のことを行います。


 レベル1 回復を目指す

 レベル2 現在の機能を保つ

 レベル3 右のいずれもできないときは最期までそばに寄り添う


 まずレベル1の「回復を目指す」です。たとえば、あなたは肺炎と診断されました。医師が薬を処方します。幸いなことに、あなたの肺炎は治りました。ここで行われたケアは、あなたの健康が改善することを目指す、これはレベル1のケアです。


 次にレベル2の「現在の機能を保つ」ケア。脳梗塞で右半身が麻痺しました。完全に前の状態に戻すことは不可能です。しかし、右半身の麻痺があるからといって、ベッドに寝たきりになると、今は問題がない左半身が筋力を失い、立てなくなる可能性があります。そのような状況になるのを防ぎ、今ある機能をできるだけ保つために、リハビリテーションなどのケアを行います。


 最後にレベル3の「最期まで寄り添う」ケアです。日を追うごとに症状が悪化し、健康の回復も維持も見込めないことがあります。たとえば、がんが全身に転移して、積極的な治療ができない場合です。そうなったときには、穏やかに苦痛なく過ごしてもらえるための優しさと思いやりの寄り添うケアを行います。レベル3の寄り添うケアは、亡くなるまでの数ヶ月に行われる緩和ケアに限ったものではありません。5年や10年寄り添うケースもありえます。


 ここで重要なのは、どんなに素晴らしいケアでも、本人のレベルに合っていないならば意味がないということです。腕を折ったので病院へ行きます。医師が「足のマッサージはとても気持ちいいから、それを処方しましょう」と言ったとします。この医師が提供するケアのレベルはどうでしょうか。もちろん足のマッサージは気持ちいいでしょう。しかし、これはこのレベル3の心地よく寄り添うレベルのケアです。でも私が病院へ行くのは腕を治してもらうため、すなわちレベル1のケアが、私が必要とするケアです。本人が必要とするレベルと提供されるケアのレベルが一致していないのです。まずは相手の状態と提供しようとするケアのレベルが一致したものかどうか、そこを問わなければいけません。


 私の経験では、ケアを受けている人の90パーセントは、適切なレベルのケアを受けていません。たとえば、こういうものです。本人をベッドで清拭し、そして経管栄養のチューブを本人が引き抜いてしまわないように身体抑制をします。リハビリテーションの時間になったので、リハビリ室まで車椅子に乗せて運び、着いたら歩いてもらいます。リハビリが終わったら、また車椅子に乗せて病棟に運び、ベッドに寝かせて縛り、すべてのケアをベッドの上で行います。


 いったい歩行訓練は何の役に立つのでしょう。自分で洗面台まで歩いたりするためにするもののはずです。エンジンに問題のある車を修理に出したのに、エンジンには手を付けずに、洗車してピカピカに磨いて戻してくるようなものです。全然エンジンは直っていません。正しい目標設定ができていないから、そういうことが起きてしまいます。ベッドでの清拭を例にとりましょう。ベッドに横たわっている状態で清拭するのは、レベル3の寄り添うケアです。けれども40秒以上立てる人なら、ベッドボードに掴まってもらい、立って体を拭きます。


 40秒あれば、陰部を拭くことができます。拭いたら座る。立ったり座ったりすることを組み合わせて清拭をすれば、この人は寝たきりにはならなくて済みます。立位の姿勢を1分30秒ほど保つことが可能になれば、歩いて洗面所に行くための歩行介助ができます。


 心地よさを第一に考えて、寝たままで清拭を行うレベル3の寄り添うケアを続けていては、近い将来、この人はもう自分で立つことができなくなります。私たちはその人が現在持っている「立つ」という能力を、そうとは自覚しないまま「奪ってしまっている」ことになるのです。「相手の能力を奪ってしまう」というゴールは、レベル1「回復を目指す」、レベル2「現在の機能を保つ」、レベル3「最期まで寄り添う」のいずれにも属しません。


 さて、この人のケアをもう少し見てみましょう。初日は立って清拭をし、2日目も同じように立って清拭を行いました。これは、昨日と同じく立って清拭を行う「機能を保つ」ための、レベル2のケアです。そこにとどまらず、3日目はベッドの周りを回って洗面台まで介助しながら歩いて行きます。毎日少しずつ歩く距離を延ばすケアを行えば、これはレベル1の「回復を目指す」ケアになるのです。


 かつて私が研修を行った施設では、約3割の入居者がベッドで清拭を受けていました。ユマニチュードをスタッフが学んだ結果、ベッドでのケアはゼロになりました。つまり、スタッフが「この人に必要なケアはどのレベルか」と自分たちに問い、実践したのです。適切なレベルのケアを行うには、ケアする人は、「いま自分が何をしているのか?」と目的意識を明確にしておかないといけません。繰り返しますが、ケアをする人とは「相手の能力を奪わない人」でもあるのです。


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著者

イヴ・ジネスト/ ロゼット・マレスコッティ/本田美和子

【イヴ・ジネスト】ジネスト‐マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。【ロゼット・マレスコッティ】ジネスト‐マレスコッティ研究所副所長。SASユマニチュード代表。リモージュ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。【本田美和子(ほんだ・みわこ)】国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

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