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よみものどっとこむ

第5回

人間の第2の誕生

2016.08.31更新

読了時間

■人間の第2の誕生


 哺乳類である人間は、母胎からこの世に生まれ落ちました。この生物学的な誕生が「第1の誕生」です。しかしながら、私たちはただ生まれただけでは生きていけない存在です。種の仲間に迎え入れるという「第2の誕生」が欠かせません。


 たとえば鹿です。子供が生まれると、母親は長いあいだ舐めています。掃除をしているのではありません。舐めることで、赤ちゃんに「おまえは鹿だ」と告げているのです。赤ちゃんは十分に母親に舐められて、初めて乳を飲めるようになります。もし舐められなければ、赤ちゃんは死んでしまいます。舐められることで、仲間に迎え入れられます。これが「第2の誕生」、つまり社会学的な誕生です。


 人間でも同じことが起きます。私たちは生まれたときから生物学的には人間ではありますが、それだけでは人間の種に迎え入れられていません。人間は赤ちゃんを舐める代わりに、誰もが誰に教わることもなく身につけている、舐める代わりの特別な方法で赤ちゃんを人間の世界に迎え入れます。ユマニチュードでは、それを「基本の柱」と呼んでいます。すなわち、「見る・話す・触れる」という包括的コミュニケーションと、自己の尊厳を感じるための「立つ」ことの4つの柱です。この4つの柱で迎え入れられることによって、私たちは「おまえは人間だよ」というメッセージを受け取ることができるのです。


 第2の誕生を経験できなかった場合、人間はどうなるのか、ルーマニアの事例から考えてみましょう。ルーマニアは24年間にわたりチャウシェスクに支配されており、その政権下では労働力を高めるために「産めよ増やせよ」の政策がとられ、中絶と離婚が禁止されました。政府は子供を5人以上産んでいない女性を毎月調査することまで行ったのです。そのような強引な政策の結果、子供を生みはしても育てられないため、捨て子が増大しました。そうした子供たちは孤児院に引き取られましたが、十分なケアを与えられませんでした。


 その模様を記録した映像を見ると衝撃を受けます。60人余りの子供をひとりの女性が見ています。子供たちは眼差しを向けられ、話しかけられ、優しく触れてもらうこともありません。満足のいく食事もなく、中には裸で生活している子供も多数います。ずっと震えていたり、自分の内側に閉じこもって身動きしない子も目立ちます。一見すると自閉症のように見えるのですが、そうではありません。


 子供たちは第2の誕生である、「あなたは人間ですよ」という承認を得られませんでした。あなたは存在している。あなたは私にとって大切です、ということを誰からも言ってもらえなかったのです。この子たちには、他者という自分の鏡になる人が存在しません。そうすると自己に閉じこもるしかなく、自分の体をひたすらさすって自分の感覚だけをあてにしようとします。あるいは自傷行為をはじめます。どれも自分の存在を証明しようとして行うのです。フランスの精神科医ボリス・シリュルニクは、彼らは人工的に周囲との関係性を断たれたことで、偽性自閉症の症状を呈していた、と語っています。


 チャウシェスク政権崩壊後、子供たちの脳を調べたところ、十分に発達していないことが明らかになりました。しかし、その子供たちがフランスの家庭に養子として引き取られ、愛情をもって育てられた後では、偽性自閉症の症状は消失し、脳の画像診断も驚くべき回復を示しました。人間として迎え入れられるという関係性が、私たちの脳の発達をももたらしているのです。


 人間は、生まれたときから絆をつくっていく必要があります。ユマニチュードの状態に迎え入れられることによって、私たちは人として生きることができるのです。当時のルーマニアでは、人間は単なる「労働力」でしかなく、絆は用意されていませんでした。生命に対する理解が限定的だったのです。それに対して自然との付き合いが長い社会では、そのような発想は生まれにくいのかもしれません。


 たとえばモンゴルでは、地方によってはラクダが生活に欠かせません。初産のラクダの中には混乱して、赤ちゃんを舐めない親もいます。それでは赤ちゃんは死んでしまいます。ラクダとの付き合いの長いモンゴル人は、ラクダの「第2の誕生」を助けます。弦楽器をラクダの体にかけると、草原をなびく風が吹いて音が鳴ります。ラクダが鳴く声と同じ音程です。親のラクダは次第に落ち着き、乳を与えるようになります。人間が、ラクダの感情に触れるような方法を見つけたわけです。人間がラクダに対して、ユマニチュードならぬラクダチュードを行っています。このラクダの慰撫儀式は、2015年にユネスコ無形文化遺産として登録されました。


 私とロゼットが行っていることも、これと同じです。まったく話をしなくなった高齢者と瞳と瞳を合わせ、話し、優しく触るのは、これが、私たち人間が人間になるための重要な関わりだからです。つまりは、「見る・話す・触れる」は生き残りを懸けた行為なのです。


 ユマニチュードはこの「見る・話す・触れる」に、「立つ」を加えた4つを、「ユマニチュードの4つの柱」とし、ケアを行う際の原則としました。立つことは、人としての尊厳を保つために必要なことなのです。これは言い換えれば、「あなたのことを大切に思っている」と伝えるための技術です。


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著者

イヴ・ジネスト/ ロゼット・マレスコッティ/本田美和子

【イヴ・ジネスト】ジネスト‐マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。【ロゼット・マレスコッティ】ジネスト‐マレスコッティ研究所副所長。SASユマニチュード代表。リモージュ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。【本田美和子(ほんだ・みわこ)】国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

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