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「ブス」の自信の持ち方 山崎ナオコーラ

第6回

「容貌障害」についてなど

2018.04.16更新

読了時間

現代は多様性の時代と言われます。しかし社会には、まだまだ画一的な一面が強くあるのではないでしょうか。この連載で取り上げるのは「ブス」。みなさんはこの言葉から何を感じますか? 山崎ナオコーラさんと一緒に、「ブス」をとりまく様々なモノゴトを考えていきます。
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 前回、「モテ」はともかく、「恋愛」ではブスがたいして足枷にならない、ということを書いた。
 どのような顔でも恋愛相手はその顔を好きになる。
 その続きで、今回は結婚の話を書こう、……と思っていたのだが、その前に、前回の最後に出した「容貌障害」という言葉について、少しだけ触れておきたい。

 私はこの言葉を、容姿の中傷に悩んでいた時期に、「悩みを解決してくれる本は何かないかなあ」と書店でぶらぶらしていて、「容貌障害」について書かれている本を見かけ、初めて知った。
 もちろん、「ブス」について書かれている書籍も書店にはあった。だが、私が感じていること、つまり「コンプレックスで悩んでいるのではなく、いじめに遭っているような気持ち」「きれいになりたいのではなく、バッシングを不当と感じているだけ」「美人が敵なのではなく、バッシングしてくる人が敵」「男を敵とは思っていない。バッシングしてくる人だけが敵」「バッシングしてくる人には、男も女もいる」「男性にもブスはいる。ブスで悩んでいる男性、つまり同志がいる」「人種差別の被差別者が人種の変化を望んでいないのと同じように、私は自分の顔に誇りを持っており、顔の変化を望んでいない」「決して『仕返ししたい』『上位に立ちたい』のではなく、『社会に歪みがあると訴えたい』のだ」といったことが書いてあるものを見つけることはできなかった。漫画では、「化粧やファッションや整形を駆使してブスが美人に変身し、男を見返す」「性格の悪い美人ではなく、優しいブスが、恋愛で勝つ」といった、結局は現状の社会に迎合している話が多かった。革命を起こす話がない。
 そうして、「ブス」についての本よりも、「容貌障害」についての本の方で、光が見つけられるような気がした。
 藤井輝明さんが書いている数冊の本は私を救った。藤井さんは人格者で、考え方も行動も私とは似ても似つかない素晴らしい人なのだが、少しなら真似をできるかもしれない、と思った。怒ったり、仕返ししたり、上位に立とうとしたりするのではない道を示してくれた。藤井さんは子どもの頃から顔に海綿状血管腫が現れ、「容貌障害」と共に生きてきた方だ。

 私は他にも、「見た目問題」について書かれた数冊の本を購入した。怪我や病気などによって、一般的に「普通」とされる顔は違う容姿を持つことになった当事者の方が書いたり、語ったりしているものだ。
 街を歩いたり電車に乗ったりしているだけで他人からジロジロ見られる、自分を指さしながら「悪いことをするとあんな顔になっちゃうよ」と通りすがりの親が子どもに向かって言っているのが聞こえた(顔を躾に使われた)、就職や結婚を諦めたことがある、といった壮絶な体験を様々な人が語っている。あまりにも酷い、悲しいエピソードが他にもたくさんある。
 私にはこのような経験はなかった。私の場合は、「容貌障害」「見た目問題」の当事者には当てはまらないように思った。
 だから、今、「見た目問題」で悩んでいる当事者の方から、「『ブス』とは違う」と怒られるかもしれない、という危惧を抱いている。このエッセイで「容貌障害」という言葉を出して良いかどうか、ちょっと迷った。
 でも、私には地続きであるように感じられる。だから、やっぱり書こう。
 見た目のことで生きづらさを感じたときに、自分側のコンプレックスとして処理するのではなく、社会の歪みにどう向かっていくかという対処をしていいのだ、ということを私は考えたのだ。
 容姿によって生きづらさが生じるのは、本人の問題ではなく、社会の問題だ。

「容貌障害」という言葉は、すべての「『見た目問題』についての本」で使われていた言葉ではないので、抵抗を感じる当事者もいるかもしれない。「障害」ではない、と考えている方もいるのではないか。だが、私にはしっくりきたので、あえて使わせてもらう。
 私は、容姿についての考えごとの中に、「障害」という言葉が入ってきたとき、思考の道筋が見えたように感じた。そもそも、顔にまつわるものも、身体、精神的なものも、「障害」というものはすべて、本人の問題ではなく、社会の問題だ。
 外出の難しさ、コミュニケーションの大変さを感じている人がいるのならば、社会は変化しなければならない。
 就職や結婚が難しい、という人がいるのならば、社会の仕組みや雰囲気を見直さなければならない。

「恋愛」において容姿の優劣は足枷にならないが、「結婚」にはハードルを感じる、という人がいるのではないか。
 それは、結婚というものが、まだまだ、個人と個人の結びつきではなく、社会に結びついていると考えられがちだからだろう。
 次回、結婚の話を書こうと思う。

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著者

山崎ナオコーラ

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。2017年、『美しい距離』(文藝春秋)で第23回島清恋愛文学賞受賞。小説に『ニキの屈辱』、『ネンレイズム/開かれた食器棚』(ともに河出書房新社)、『ボーイ ミーツ ガールの極端なもの』(イースト・プレス)、『偽姉妹』(中央公論新社)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)など。絵本に『かわいいおとうさん』(絵 ささめやゆき)(こぐま社)がある。モットーは、「フェミニンな男性を肯定したい」。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。

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