Facebook
Twitter
RSS

スポンサーリンク

「ブス」の自信の持ち方 山崎ナオコーラ

第8回

『源氏物語』の末摘花のこと

2018.05.14更新

読了時間

現代は多様性の時代と言われます。しかし社会には、まだまだ画一的な一面が強くあるのではないでしょうか。この連載で取り上げるのは「ブス」。みなさんはこの言葉から何を感じますか? 山崎ナオコーラさんと一緒に、「ブス」をとりまく様々なモノゴトを考えていきます。
「目次」はこちら

 先日、『しんしゃく源氏物語』という演劇を観た。
 静岡のSPACという劇場での公演で、演出は原田一樹さんによるものだった。俳優さんたちも舞台美術も素晴らしく、私はいたく感動し、最後はスタンディングオベーションした。
 ストーリーは、『源氏物語』の「蓬生」の巻が元になっている。戯曲は、教師をしていた榊原政常という劇作家が、数十年前に、高校の演劇部のために書いたものらしい。よく高校生に向けてここまでのものが書けたな、と思った。
 ヒロインは末摘花だ。劇中においてはさすがにブスという言葉は出てこないが、まあ、言わずと知れたブスのヒロインだ。だからというわけでもないが、ヒロイン設定、人間関係、すべてがコミカルで、随所で笑いが起こる。

 私は、大学時代に平安文学を専攻しており、卒業論文のタイトルは「『源氏物語』浮舟論」だった。『源氏物語』がもともと好きなのだが、特に興味がないという人でも、日本の中学や高校に通った人だったら、『源氏物語』にさらりとは触れていて、ブスのヒロイン、と聞いたら、「はい、はい、あのキャラね」となる人も多いだろう。

 平安時代では、高貴な人は顔を簡単に他人に見せないので、恋が相手の顔を知らずに始まることも多い。噂だけで恋い焦がれて、夜にこっそり忍び込んでセックスしたあと、朝日に照らされた顔を見て、「こんな顔だったのか」となることもあるわけだ。
 末摘花の場合も、容姿を知られるのがかなり遅い。源氏とセックスして、周囲の人々の公認となったあと、源氏に顔や服装を見られる。源氏は、赤い鼻や長い顔にびっくりし、黒いテンの毛皮を羽織っているような古いファッションセンスにがっかりする。とはいえ、源氏は稀代のモテ男なので、思ったことをその場でそのまま相手に言うような失礼なことはしないし、セックスしたからにはたとえ相手がブスでも関係をなかったことにはせずに「ずっとお世話をします」と言うわけだが、自宅に帰ったあと、当時はまだ子どもだった紫の上を相手に、自分の鼻を赤く塗って見せて、「オレの鼻が赤かったらどうする?」「こういう女の人がいるんだよー」とふざける。
 ここまでが「末摘花」の巻のストーリーだ。
「蓬生」では、それからしばらくしたあとの、貧乏な末摘花の暮らしが描かれる。そもそも、源氏は噂の「親を亡くして零落した姫君」という高貴で儚げなイメージに惹かれたわけで、登場したときから困窮していた末摘花なのだが、さらに生活が行き詰まっていく。この時期、源氏はスキャンダルにより須磨に飛ばされてしまっており、当初は「ずっとお世話をします」と言っていたのに、すっかり忘れてしまったようだ。でも、末摘花はそうは思わない。「絶対に戻ってくる」とひたすら源氏を信じ続けて待つ。使用人たちがいるので、家を維持するにはトップである末摘花がみんなのために金の算段をしなければならない。平安時代では、男性の援助を得る他にはなかなか女性が金を得る方法がない。だから、源氏が戻ってくるように手紙を書くなり魅力を作るなり努力しなければならない。あるいは、他の男性を見つける努力もできるかもしれない。あとは、家を捨てて、他の家の女房になるかだ。
 しかし、末摘花は何も選択しない。なんの努力もしない。ただ、源氏を信じるのみだ。

 ちなみに、『しんしゃく源氏物語』の劇中に、源氏は一切登場しない。
 少将、宰相、侍従、右近、左近、叔母、そして、末摘花、登場人物七人、すべて女性キャラクターだ。
 こんな苦しい生活はとても続けられない、と、こっそり家を出ていき、他の家の女房の口を見つける右近。もう夢を見るのを止めて努力してください、と末摘花に詰め寄る宰相。末摘花を女房にして自尊心を高めようとする叔母。
 まるでブラック企業を誰が最初に辞めるか、という現代の話のようだ。

「源氏を信じる」という末摘花の夢で劇が成り立っており、夢が末摘花を幸せにしている、と読み取ることもできると思う。

 でも、私は夢にグッときたわけではなかった。
 私はラストで涙が出て、スタンディングオベーションもしたのだが、では、何にグッときたのだろう。
 どうも、人間関係に感動した気がする。
 恋愛相手とだけでなく、人間はたくさんの人と繋がっているのだ。
 男性から愛されるか愛されないか、ごはんを食べられるか食べられないか、それだけが女性の幸せの基準ではない。
 淡い人間関係が複雑に絡んでいること、それ自体が面白い。いろいろなキャラクターたちからやいのやいの言われるのは、とても楽しいことだ。
 仕事相手、友人、姉妹的な人、そういった人たちとの変な関係。ちょっとしたことで離れ離れになる、儚い、蜘蛛の糸で繋がっている程度の関係かもしれないが、一瞬でもそういう網目の中で過ごせたというのは、幸せなことではないだろうか?
 それと、この劇で描かれている「女性だけで作られた関係」が、決して「女性特有の」「どろどろの」などというよく言われがちな関係ではなく、全てのキャラクターを男性に変更しても、女性と男性の混合にしても、成り立ちそうだ、ということも私は感じて、嬉しくなったのだ。

 前々回、前回と恋愛や結婚について書いたが、もしかしたら恋愛は相手の愛を得ることが最終目標ではないのかもしれない。女は、「男から、一番に愛されること」を目指して生きているのではないのではないか。淡い複雑な関係を副次的に産み出すために恋愛をしている、とは考えられないか。

『源氏物語』は文学研究においても、「女性の幸せとは何か?」ということがよく問題になる。

 登場人物がものすごく多く、巻によって暫定ヒロインが変わる『源氏物語』だが、第一部、第二部を通してのメインヒロインは紫の上だ。容姿も性格も優れている、いわゆる美人だ。源氏が、「初恋の継母に似ている」という理由で子ども時代に引き取り、理想の女性に育て上げ、最愛の人として生涯かけて大事にする重要キャラクターだ。
 しかし、「女三宮降嫁によって最終的には幸せになれなかった」と言われることがよくある。源氏はおじさんになってから、高貴な生まれに欲が出たのか、若い女に興味が湧いたのか、女三宮を正妻に迎える。女三宮は天皇の娘なので、紫の上が一番の座から降ろされた形になった、世間から見ると紫の上が大事にされている感じが弱まった、それは紫の上の最大の不幸だ、と研究者は見るわけだ。
 また、「子どもに恵まれていないことが紫の上に影を落としている」とされることもよくある。ヒロインが子どもを産まないことに意味を見出そうとする研究者は多いのだ。「不幸だから子どもを産まない」というストーリーに見立てたがる。
 でも、こういう幸せや不幸せの判断に、私は首を傾げる。「一番に愛されない」「子どもを産まない」ということを不幸の理由にするのは、男性側の「そういう風に女性を定義したい」という欲求がなせるわざではないだろうか。

 ところで、現実においても多くのブスが、末摘花と同じく、一番にはなれない。
「紫の上は幸せではない」と言いたがる研究者たちなのに、「末摘花は、幸せ」「最後は源氏に思い出されて世話をされ、金に困らなくなるので、幸福だ」という考えの研究者は多い。末摘花も一番には愛されないし、子どもも産まないのだが。
 ブスにしては幸せ、ということだろう。 

 社会はブスを消そうとしない。後ろの方の順番にブスを置きたがる。

 アイドルに選挙をさせて、一番、二番と順位付けしたがる人がいるが、「一番になりたいから、応援してね」「他の子じゃなくて、私を一番にしてね」と言われると嬉しい、という感情を持つ人がいるのだと思う。
 でも、実際には、「何番でもいいよ、みんなで仲良く仕事をしたいよね」というのが本音であるアイドルも多いのではないか。

 つまり、「美人から、『あなたに一番に愛されたい』『あなたの子どもを産みたい』と願われたい」「ブスから、『ごはんを奢ってくれるだけでも嬉しい』『一番じゃなくてもいいの。あなたに、ちょっとでも思い出してもらいたい』と願われたい」という男性の欲求が世間にはあるのではないか。

 でも、実際には、美人もブスも、そんなことは考えていない。
 美人もブスも、順番を競うより、同僚と仲良くしたり、仕事を頑張ったりしたい。
 仕事相手や、友人や、姉妹的な人と淡い交流をして幸せを感じる。自分なりの愛し方を見つけて、男を思って幸福になる。
 男から愛されるかどうか、子どもに恵まれるかどうか、他の女を押しのけて一番になれるかどうかなんて、本当はどうだっていいのだ。そんなことで幸せになったり不幸になったりしないのだ。

「目次」はこちら

スポンサーリンク

シェア

Share

著者

山崎ナオコーラ

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。2017年、『美しい距離』(文藝春秋)で第23回島清恋愛文学賞受賞。小説に『ニキの屈辱』、『ネンレイズム/開かれた食器棚』(ともに河出書房新社)、『ボーイ ミーツ ガールの極端なもの』(イースト・プレス)、『偽姉妹』(中央公論新社)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)など。絵本に『かわいいおとうさん』(絵 ささめやゆき)(こぐま社)がある。モットーは、「フェミニンな男性を肯定したい」。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。

矢印