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「ブス」の自信の持ち方 山崎ナオコーラ

第14回

骨や死に顔を見るな

2018.08.06更新

読了時間

【この連載は…】現代は多様性の時代と言われます。しかし社会には、まだまだ画一的な一面が強くあるのではないでしょうか。この連載で取り上げるのは「ブス」。みなさんはこの言葉から何を感じますか? 山崎ナオコーラさんと一緒に、「ブス」をとりまく様々なモノゴトを考えていきます。

 がらがらと台車を押してきた職員が、焼けた骨を周りの人に見せる。
「立派なお骨で、たくさん焼け残っています」
 よくわからないお世辞に続き、
「こちらは○○のお骨、こちらは△△のお骨で……」
 喉仏がどうの、鎖骨がどうのと部位の説明をする。
 そのあと、遺族は二人ひと組になって箸で骨を拾い、骨のアップを見てから骨壷に収める。
 拾いきれなかった分は職員が、テーブルのパンくずを集めるような器具でかき集めてちりとりに載せ、ザザーッと骨壷に流す。たくさんある場合は、
「蓋を閉められませんので……」
 と、上からグイグイ押して骨を砕き、全部入れたら蓋をする。

 地域や火葬場によってやり方は少しずつ異なるだろうが、日本では火葬が決まりになっているので、多くの死者がみんなに骨を見られる。
 火葬場の仕事は大変なものだろう、敬服する。私がこれまで接してきた職員の方はみんな礼儀正しく接してくれ、どういう態度や方法が求められているかを探ってきた成果で行なっている雰囲気があった。一般的にはこのやり方が遺族の心を一番波立たせないのに違いない。そして、おそらく、私が参列してきた葬儀の死者たちに不満はなかったのではないか、と想像している。

 でも、私は自分の骨が恥ずかしい。

 私と似た考えの人にはあまり会ったことがない。「ヌードを見せることを恥ずかしがる人は多いのに、なぜ骨なら平気なのか」と私は不思議だが、骨の羞恥心を他人から聞いたことがない。

 私としては、そもそも、焼け残るのがなぜ立派なのかわからない。ずっとブスブス言われてきたのに、今さら体についてわけのわからないお世辞を言われたくない。
 また、こっちはずっと所在なく生きてきたのに、最後の最後で「骨壷に入りきらない」と存在感を強調されるのも恥ずかしい。骨を碎くときのギシギシいう音も聞かれたくない。「ブスなのにギシギシ言っているんじゃねえよ」と思われはしまいか。
 そして、「誰が私の喉仏や鎖骨に興味があるものか」と首を傾げてしまう。夫だって「はあ、そうですか」以外の感想は持たないだろう。
 こちとら、「アップで顔を見たくない」とずっと批判されてきたんだ。みんなに骨をアップで見られて平常心でいられるわけがない。
「きれいな骨ですね」とか、「丈夫な骨ですね」とか、そういう「見た目の話」は、もうしないで欲しいんだ。生きている間、ずっと嫌な思いをしてきたんだから。
 もっと言えば、葬儀は全体的につらい。死に顔を見ての「きれいなお顔で」というセリフ、遺影を見ての「良い写真がありましたね」というセリフも、私の場合は、そもそもきれいじゃないし、良い写真はないので、気を遣わせたくない。

 ここで、「死んでいるのだから、もう何も思いようがない」と指摘する人がいるかもしれない。しかし法律上でも、遺体を愚弄することは犯罪とされている。遺体を大事に扱うことが、人間としての尊厳を守ることだと多くの人が認識している。戦争や災害などで遺体が見つからないとき、遺族は必死になって探し、その結果、見つかった場合、多くの人がほっとするみたいだ。「死んだあとなのだから体はどうでもいい」という考えはほとんどの人が持っていないと思う。

 だったら、私の生前の思いも大事にしてもらいたいのだ。私の骨はできるだけ見ないで欲しい。本当は焼かれるのもあれなのだが、法律違反をして波風を起こすのもなんなので、焼いてもらうということで良い。ただ、お世辞や説明は断りたい。焼き上がったら、夫に、できるだけ見ないようにしながらザザーッと数秒で骨壷に流し込んでもらう。入り切らなかったら、普通にゴミとして処理して欲しい。

 小学生の頃は、「屈葬されたい」とよく思っていた。社会の教科書に、古代の人が壺の中で丸まって葬られている写真が掲載されていた。膝を抱えて小さくなって永遠の眠りにつくなんて理想だ、と夢想した。子どもとしては、大人になるのが怖かったから、胎児に戻るような感覚に憧れがあったのかもしれない。
 中学生の頃は、「虎に食べてもらう」ということに憧憬を抱いていた。澁澤龍彦の『高丘親王航海記』は、死んだ高丘親王が虎のいる洞窟に置かれ、虎に食われて腹の中で天竺へ行く物語だった。食物になれるのなら意味のある死に思えてくるし、誰かの腹に入るというのはやはり胎内回帰願望に繋がるのか、夢を感じた。
 数年前、作家友だちとチベットに旅行した。ガイドさんから、「チベットには鳥葬がある」と聞いた。私は、「自分も鳥葬がいいなあ」と思った。でも、現代の日本では難しいみたいだ。
 四十を目前にした最近では、「他人の手を煩わせるのは申し訳ない」という老人らしい考え方が芽生えてきて、「面倒なことはしてもらわなくていいので、とにかくスッと消えたい」と強く考えるようになった。だから、まあ法律に抗うことなく、焼いてもらって、スッと片付けてもらいたい。そして、拾ったり、見た目を褒めたりというのは、無駄な手間だと思うので、やらないで欲しいのだ。

 もちろん、他の人が骨を見られたり、拾われたりすることに、私は意見を持たない。実際、父の死のときに、私は骨を拾った。「骨を見られたくない。拾われたくない」というのは私個人の感覚であり、おそらく、多くの人にはそんな感覚がない。積極的に、「骨を見られたい」とまでは思わないとしても、「慣例だから、そうしてもらおう」「嫌ではないので、通常のやり方で構わない」「他の家族に、自分の死を認識させ、再出発のきっかけにしてもらいたい」といった感覚の死者が多数派な気がする。父も、そうだったのではないか。

 この年になると葬儀に参列する機会もそれなりにあるのだが、故人の本当の思いを汲むことはなかなかできない。でも、遺族の方が、「顔を見てやってください」「骨を拾ってください」等とおっしゃれば、やはり、私は見る。自分の場合は見られたくないが、自分が嫌なことを他の人も嫌がるとは限らない。やはり、見る方が礼儀に敵っていると感じられて、お顔を拝む。

 だが、私は今、生きているので、死ぬ前に私の思いを書いておきたい。私の場合は、できたら断りたいのだ。私は、「骨や死に顔を見られたくない」という感情を持っている。

 葬儀や戒名なども一切拒否する。お別れ会なども遠慮したい。私は、礼儀がなっていないし、人付き合いも下手で、メールの返信もおそいし、おもてなしもできなかった。気合を入れて開いた結婚式が失敗してから、「もう、この先は一生、自分のためのセレモニーやパーティーを一切行わないことにしよう」と決めた。出版系のパーティーにも縁遠くなり、今後はフォーマルな服を一着も買わないことにしたし、静かにカジュアルに逝きたいのだ。また、私のことが好きな人には、できたら言葉を覚えておいてもらいたく、死に顔を見られたり、遺影を飾られたりして、顔を思い出にされるのは私としてはつらい。とにかく、顔を見にくることがないよう、どうぞよろしくお願いします。それと、変に気を使われて、優しいとか明るいとか華やかとか、女性らしい戒名を付けられるのは迷惑なので、筆名で死にます(女性らしいのが苦手なのは、私がノンバイナリージェンダーというものだからではないか、と思っています)。
 そして、香典や花も完全に辞退したい。辞退というか、受取拒否をしたい。香典の金はご自分の欲しいものに、花の手配などの時間はご自分の仕事に使ってください。文学関係者は、私への気遣いより、今後の日本文学の発展に力を注いでください。何より、夫に「お礼を返す」などの負担をかけたくないので、これを読まれた方は、私が死んだ場合、ぜひご協力をお願いします。死を知ってもリアクションせず、スッと流してください。

 死後の連絡は、ほとんどしてもらわない予定だ。先日、「エンディングノート」を書こうとして、「誰に連絡してもらおうかな」と思案したのだが、「私の場合は、必要ないな」と気がついた。
 読者の方には、私が死のうが生きようが、作品で会える。実際、世の中には死んだ作家の本が溢れているし、作家が生きているか死んでいるかは読解においてたいした問題ではない。
 仕事が途中になってしまった場合には、その関係者に夫から謝罪してもらいたいとは思っているのだが、その他の方は、数年後に風の噂で「山崎さんは亡くなったらしいね」と知ってもらったら、たぶん、十分だ。
 私はデビュー後の数年間、周囲の人にちやほやしてもらって、それがスーッと引いて、そののち作家の友人たちの世間での扱われ方を見て、「ああ、以前は賞に縁があると思われていただけだったのか。なるほど、これが世間というものか」としみじみわかった。ほとんどの人が権威に弱く、新しい価値観を作ろうなんて思わないのだな、と悟った。悟ってしまえば、べつに世間は怖くない。みんな、悪い人ではない。
 とにかく、私は人付き合いも悪かったし、連絡をする方が礼儀に適うという相手はいないだろう。
 友だちにもあまり優しくできなかったし、申し訳ない。
 でも、死んだら、全部許してください。私も許します。

 とはいえ、死ぬ直前だったら、ボロボロの顔でも、会いに来てくれた人には会おうと思っている。
 父の場合は、がんで入院したあと、痩せてボロボロの見た目になったことが気になったみたいで、家族以外にはあまり会いたがらなかった。
 その隣で、「私だったら、逆だなあ」と心の中で考えた。
 私は、たとえヨボヨボでも、身なりに気遣えない状態でも、人に会うことは苦ではない。
 そもそも、私はこのエッセイで書いてきた通り、ブスでも雑誌に載っていいと考えているのだ。三枚目キャラとしてではなく、普通に作家として顔出しをしている。それは、言葉が横に載るからだ。文学について語った言葉を掲載してもらえるから、ときには新作の書影も合わせて印刷してもらえるから、変な顔でも大丈夫だと思っている。「変な顔でも、普通のことを言って構わないんだ」という姿勢を貫きたい。言葉のない、ただのグラビアページだったら、さすがに自分として仕事を果たせないので、断る(ブスでも写真で表現できることはあるのだろうが、私の場合、写真ではブスの面白さを表現できず、言葉は必須なので)。
 だから私は、見た目がどうであれ、ちょっとでも喋れるのなら、会う。相手が何かリアクションをしたら、言葉で返せると思う。言葉を発するのが難しくなっているとしても、ちょっと口角を動かすとか、何かしらはできるかもしれない。相手の言葉に反応して表情を変えれば、言葉のコミュニケーションになる。
 とにかく、私は「見た目だけのコミュニケーション」は苦手なのだ。
 だから、死んだあと、何も返せない状態で見られるのは嫌だ。
 骨や死に顔を見られるのことを良しとするのは、残された人に「死を認識させる」という死者からの思い遣りなのかもしれないが、じゃあ、私には思い遣りがないということで、身近な人にはあきらめてもらって、それぞれで処理して欲しい。

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著者

山崎ナオコーラ

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。2017年、『美しい距離』(文藝春秋)で第23回島清恋愛文学賞受賞。小説に『ニキの屈辱』、『ネンレイズム/開かれた食器棚』(ともに河出書房新社)、『ボーイ ミーツ ガールの極端なもの』(イースト・プレス)、『偽姉妹』(中央公論新社)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)など。絵本に『かわいいおとうさん』(絵 ささめやゆき)(こぐま社)がある。モットーは、「フェミニンな男性を肯定したい」。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。

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