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「ブス」の自信の持ち方 山崎ナオコーラ

第18回

新聞様(2) 「右」とか「左」とか

2018.10.01更新

読了時間

【この連載は…】現代は多様性の時代と言われます。しかし社会には、まだまだ画一的な一面が強くあるのではないでしょうか。この連載で取り上げるのは「ブス」。みなさんはこの言葉から何を感じますか? 山崎ナオコーラさんと一緒に、「ブス」をとりまく様々なモノゴトを考えていきます。
「目次」はこちら

 最近、新聞の姿勢に対して、「右寄り」「左寄り」と評する人をよく見かける。「この新聞は『右寄り』だから○○を無理やり擁護している」「この新聞は『左寄り』だから偏向報道をしている」という具合に、新聞の姿勢に批評を加えることを、多くの人がしているみたいだ。
 いや、新聞に限らず、いろいろな物事に対する評で、「右」とか「左」とか思想にまつわる言葉が使われていたり、はっきりとは書かれていなくても執筆者がその物事を「右寄り」もしくは「左寄り」と認識している雰囲気が漂っていることが、この頃はたくさんある。「どんな物事でも『右翼っぽい』『左翼っぽい』と分けて捉えよう」というのが今の時代における一般的な感覚なのだろう。
 10年前はこんな感じではなかった気がして、「急に、『右』『左』と分けるのが日本で流行り始めた」と私なんかは捉えてしまっているのだが、どうなんだろう? インターネット上で思想を披露する人を揶揄するための別称は10年以上前からあったようにも思うが、「ただ、そんな言葉が使われるシーンはわずかだし、『右』とか『左』とかというのも一部の人の思想」という雰囲気だった。でも、今は、「すべての媒体や人や物事を、『右寄り』か『左寄り』かに分けられる」と考えている人が多くいる感じがある。まあ、きちんと社会の風潮をチェックしているわけではない、だらだら生きている私の、ただの個人的感想だ。間違っているかもしれない。
 ともあれ、私としては、「あ、また『右』『左』の話だ。うーむ」と、ちょっとうんざりしてしまうときが結構ある。

 ここで、私自身の立場を明らかにしておきたい。
 私は、「右派」でも、「左派」でもなくて、「分けるのが嫌い派」だ。

 とはいえ、他の人たちが「右寄りの考え方をしています」「左寄りの考え方をしています」「その方向で運動しています」「同じ思想を持つ者同士で勉強会をしています」と言うのを責めたい気持ちはない。

 似た考えを持つ人たち同士で集まって、勉強したり行動したりすることで、新しい考え方が発見できたり、いい流れが生まれたりすることがあるのだろう。

「自分は『右寄り』です」と表明し、何かに属していると感じることで自信が持てたり居場所を見つけられたりする人もいるだろうし、「自分は『左寄り』です」と公言し、他人と交流して考えを深めることで活発に動けたり生きがいを覚えたりする人もいるのに違いない。

 もし、その活動に、「自分たちとは違う考えを持つ人たちがどういう風に考えているか、理解しよう」という勉強や、「違いを尊重し合おう」という行動が含まれるようになっていったら、もっと建設的になるのではないかな、とは思う。
 (それに、「国を愛したい」「戦争を避けたい」「差別をなくしたい」といった共通の思いを「右寄り」の人も「左寄り」の人も大体の人が持っているようで、ただ、やり方が違っているだけだと思うので、共通の考えを確認し合うのも良い気がする)。
 どうも、実際は、「同じ考え同士で集まって立派な考えの道筋を作り、違う考えの人の論理の穴をつついて論破しよう」だとか、「違う考えの人を排除するために、シュプレヒコールをあげよう」だとかということになってしまいがちなようだ。
「同じ考えの人で集まろう」という会の運営は難しいものなんだろうな、と想像する。

 けれども、集まりをどのように運営するかはその集団の中の人たちの決めることだし、口出ししたくはない。
 その路線でそれぞれ頑張っていって欲しい。

 とにもかくにも、集まるのが好きな人たちは集まったら良いが、私は集まりたくないのだ。

 そして、集まっている人たちのことを、「集まっている人」「『右寄り』の人」「『左寄り』の人」という捉え方だけで判断したくない。

 人間はひとりひとり違っているから、同じ集まりの中にいる人たちでも考え方にはグラデーションがある。また、テーマによって「右寄り」「左寄り」が変わる人もいると思う。さらに、時間の経過と共に考えが変化していく人もいるに違いない。

 私は普段、ぱらぱらと新聞や雑誌やネット記事や書籍などを読んでいる。その著者には、明らかな「右寄り」の人も、はっきりと「左寄り」の人もいる。「右寄り」で良いことを書いている人もいるし、「左寄り」で良いことを書く人もいる。思想だけで判断して読むのをやめたり、良い悪いを決めたりするのは、読者にとってメリットが少ないな、と思う。

「右寄り」「左寄り」の概念をなくせ、とは思わない。でも、「すべての人や物事や媒体を左右に分けよう」とやり過ぎるは止めた方がいいのではないか。たぶん、デメリットが多い。

 私も、ものを書いている。
 書く際、「右」だの「左」だのと自分の立ち位置を定めたくない。また、自分と似た考えの人を外に見つけたい気持ちは皆無だ。ひとりでいたい。「できるなら、読まれるときも、カテゴライズされずに、ただの個人が書いたものとして受け止めてもらえたら嬉しいな」という気持ちが心の内にはある。

 しかしながら、どう読まれるかを作家はコントロールできない。「どう読むか」、それは、読者の範疇のことだ。「こう読んで欲しい」と頼むのはおこがましい。

 私が書いた作品を、右翼の方や左翼の方が読んだときに「これって、『右寄り』の話だよね」「これって、『左寄り』の話だよね」という風に捉えられる場合もあるだろうと覚悟しているし、作者にはそういった捉えられ方を止めることができないとはわきまえている。読み方は読者にゆだねたいし、思想を感じられてしまっても仕方ない。
 でも、発信するときは、「私に思想はないです」という立場から行おうと思っている。

 ここで、「そんなに『思想はない』としたいなら社会にまつわることを一切書かなければいい」という意見も出るかもしれない。
 でも、私は社会のことを書く。
 私は、社会に対して思っていることがある。
 正直なところ、私は「社会派作家」を目指したいのだ(笑)。

 なぜ「社会派」を目指したくなったかというと、友人の中村文則さんが「社会派」と呼ばれているのを見かけたことがあって、ものすごく羨ましくなったからだ。中村さんとは10年くらい前に友人なって、その頃から片鱗はあったが、あっという間に大作家になった。大きな悪に挑むような、社会的な小説を次々に発表している。
 いいなあ、と思う。
 私は中村さんとは違い、生活の細々としたことを綴っている。
 でも、たとえば、「善人でも悪人でもない地味な主人公が、コーヒーに250円払うか払わないかをバカみたいに考え続ける」といった小さなテーマでも、書き方によっては社会派小説になるかもしれない、と気がついて、それからは、「私にも、いつか、『社会派』と呼ばれる日が来る」と考えるようになった。

 ただ、「社会に対して思っていること」を「思想」という言葉とイコールで結びたくはない。

 何が嫌なのか。まず、徒党を組みたくない。「似た考えの人で集まって、何かを倒そう」という感じのこと全般がもともと苦手だ。
 思想という言葉にそういう意味があるわけではないが、今の時代を生きていると、思想という言葉を目にしたとき、どうも流れでそういう感覚が湧いてしまいがちなので、避けたい。

 とはいえ、社会を作るというのがそもそも集団になるということなわけで、当たり前だが、集まりを完全に否定することはできない。

 私は日本の中で生きている。自治体の世話にもなっている。文化に染まっているのもグループと言えるかもしれない。家族や友人も集団だろう。フリーランスだが、仕事は大概、なんらかの会社と付き合いながら進めている。生活の中でも、買い物や交通サービスなどを通して、様々な会社と付き合っている。

 そう、会社だって、集団だ。
 でも、会社の中には個人がたくさんいる。

 日本には何社か新聞社があって、確かに、それぞれ、なんとなくの色はある。
 社員はもともとその会社が出している新聞を読んで入社を希望したのだろうし、社内の考えがものすごくばらばらということはないかもしれない。それに、トップに立っている人の考えが濃く出る、ということもあるに違いない。
 しかし、軍隊でも政党でもない、会社という集まりの中が、同じ思想で一色に染まっているということはさすがにないのではないか、とも思う。
 もちろん、集まりとして評価するのも大事だ。でも、もうちょっと個人の新聞記者を見てもいいんじゃないか。

 この連載の第15回で、杉田水脈衆議院議員が『新潮45』という雑誌の8月号に寄稿した「『LGBT』支援の度が過ぎる」というタイトルの文章を取り上げた。「(子どもを産まない人は)生産性がない」という悪魔のフレーズで世間から大バッシングを受けた例のものだ。
 内容は、「最近はリベラルなメディアに「LGBT」の記事が多い、この1年間では朝日新聞で260件、読売新聞で159件あった」といったもので、杉田さんはリベラルなメディアとそうでないメディアの比較を、杉田さんはその記事の中で盛んに行っていた。全文を読むと、要は、「朝日新聞などのリベラルなメディアの偏向報道に物申す」ということをやりたい人なのだな、とわかる。
 私は思想に関する言葉に疎いので、厳密にはちょっと違うかもしれないのだが、リベラルというのは「左寄り」と大体同じ雰囲気の言葉かな、と思う。
 ちなみに、『新潮45』は少し前の編集長交代の辺りから「右寄り」と評されがちな雑誌になっていたらしい。そして、8月号で杉田さんの件が起こり、差別を肯定する文章を掲載した媒体として世間から大きなバッシングを受けたわけだが、まったく動じず、現在出ている10月号に「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」という杉田さんの差別論を擁護する特別企画を掲載し、しかもそこに痴漢加害者の擁護論までが含まれていたので、さらに大炎上した。そして先週、批判を受け止めた新潮社の社長が『新潮45』の休刊を発表した。

 この件について、様々な人の意見をぱらぱら読んで見た。もちろん、「LGBTへの差別や、痴漢被害の偏見について議論しよう」と本来の問題のみを言及している人もたくさんいた。でも、それ以上に、「販売部数の低下による雑誌の右傾化を問題視しよう」「左翼からの圧力により雑誌を休刊させることの是非を問おう」といった意見も多かった。

「右」とか「左」とか、という話がまたたくさん湧いたわけだ。やれ、あの新聞は「左寄り」だ、やれ、あの雑誌は「右寄り」だ、と媒体に対するバッシングがあちらこちらで起こる。

 私はどうも、こういった「媒体バッシング」全般が不毛に感じられてならない。
 もちろん、本当に偏向報道をした媒体があるのなら指摘した方がいいし、差別記事を掲載した媒体に注意をするのは必要に決まっている。
 だが、「右」「左」という概念が強過ぎて、いつしか「偏向報道」や「差別」の話ではなくなり、ただ、「右派を倒せ」「左派を倒せ」「どちらが勝つか」というくだらない話に収束してしまっていることが多いのではないか。
 新聞も雑誌も、いろいろな考えを持つ記者や編集者が集まって媒体を作り、「『右寄り』の政治家」「『左寄り』のライター」「そういうのに、全然関係がない人」「『右』とか『左』とかに関わりたくない作家」など様々な執筆者が雑多な文章を寄せて紙面を作る。雑多であることが媒体の一番の価値だ。
 ただ、「様々な意見の完全なる網羅」「多様性を完璧に表現」といった夢の媒体はなかなかできない。ゆらゆらと動き、ときには自分の考えとは違う方向に偏っていく媒体を見守らなければならない時期もある。パーフェクトな媒体などあるわけがないのだから、偏りを激しく責めて終了するのは得策ではない。

『新潮45』の件は、差別や偏見を促す文章を掲載したことの是非を議論すべきと思うのだが、雑誌の右傾化を問題にしている人のなんと多いことか。
 休刊する前に、「右」だの「左」だのという話ではない、雑多な意見を掲載することができたなら、雑誌の使命が果たせたんじゃないかなあ、なんて思う。

 この雑誌の休刊が、杉田さん擁護派の人に「『新潮45』は『右寄り』だから駄目だった」という意見として受け取られてしまったら、「左派による言論統制だ」「今後、リベラルなメディアで何か起きたら休刊に追い込んでやり返そう」という反発が出るだけで終わってしまうだろう。

「右」と「左」がやり合うという議論を続けることで、メディアが良い方に変わっていくとは思えない。

 いや、私も、「朝日新聞は……」「Y新聞は……」「〇〇の雑誌は……」などと、媒体の色を感じたり、傾向を捉えたりすることはある。
 でも、「右」とか「左」とかは極力言いたくないし、いろいろな記者がいるのに会社をひとつにまとめ上げて語るのもできるだけ避けたい。

(ちょっと脇道にそれるが、私がここで朝日新聞のことは朝日新聞と書いて、Y新聞のことをY新聞と書くのは、別にY新聞を嫌っているからではない。私はY新聞の方ともこれまで何度か仕事をさせてもらったし、これからも一緒に仕事ができたら嬉しいと思っている。Y新聞に、良い記者がたくさんいることも知っている。
 ただ、この連載の第1回ですでにY新聞のことをY新聞と書き、今後、別件で数回に分けてY新聞のことをY新聞の関係者が読んだら喜ばないかもしれない風に書いてしまうかもしない可能性があって、「でも、これは自分の思いを書きたいだけのことで、決してY新聞批判する気はないんですよー」と示すためにイニシャル表記にしたいので、勝手ながらY新聞で押し通させてもらう。
 匿名表記もこれから書くことも、悪口と受け取らないでもらえたらありがたい)。

 私は子ども時代から27歳で実家を出るまで、Y新聞を1年ごとに読んでいた。高校生の頃は、連載されていた『あたしンち』が大好きで、スクラップした。

 私の実家では、Y新聞と朝日新聞を1年ごとに交互に取っていた。
 理由は、おそらく、人付き合いだ。
 勧誘の人が家に来る。「取ってください」と頼まれ、「今は別の新聞を取っているので」と断ると、「では、来年から」と再度頼まれるため、「じゃあ……」と受け入れる。
 それと、契約すると、洗剤やサランラップなんかをオマケでくれるから、それにも釣られていたのだろう。
 しかも、そのY新聞と朝日新聞と並行して、完全なる「右寄り」の新聞社が出している新聞と、完全なる「左寄り」の新聞社が出している新聞を同時期に取っていたこともあった。これは100パーセント人付き合いだ。仕事関係の関係者や親戚から「取ってくれ」と頼まれたので、取っていたようだ。
 父も母も、社会に対する考えはそれなりに持っていたが、新聞に関しては、「そういうもの」と思っていたのだろう。「そういうもの」ってなんなのか、言語化が難しいが、まあ、人付き合いやなんやかやのことで、「どの新聞を取るのかが思想の表明になる」とは思っていなかったということだ。

 若かった頃は、親の新聞の取り方に対して、「節操がないな」とか「まだ『あたしンち』が読みたいのに」とか不満も覚えたが、大人になった今は、「それで良かった」という気もしてくる。

 私の今の仕事も、そういうところがあるかもしれない。
 作家は仕事をする際に、媒体の力を借りる。
 今はインターネットがあるので媒体というものの概念が変わりつつあるが、それでも出版社や新聞社の力は大きく、書籍や雑誌や新聞で作品を発表する際は、ツイッターなどの個人メディアに書く際よりも高揚する。作家を尊重して自由に書かせてくれるプロが仕切ってくれ、デザイナーや印刷会社が読み易くしてくれると、ひとりで仕事をするときよりも自分の考えが研ぎ澄まされて、自分らしい仕事になるのは不思議だ。

 私は社会派を目指しているので、文学に興味のある人だけではない様々な読者と出会える新聞という媒体に、大きな魅力を感じている。新聞小説を書きたいし、エッセイも書きたい。インタビューも受けたい。新聞から依頼をもらって、それが自由にやれる仕事ならば、できるだけ断らずに、お受けしたい、と思っている。

 作家デビューして1年経たずに朝日新聞土曜版でエッセイの連載が始められたのはものすごく嬉しかった。東京新聞・中日新聞で短期間だがエッセイや書評を書けたのもとても楽しかった。西日本新聞や信濃毎日新聞などの地方紙でも、エッセイや書評を連載したことがあって、やはりわくわくした。それぞれお世話になった記者さんたちがいて、その顔を今でもときどき思い出す。

 しんぶん赤旗で小説連載をしたこともある。理由は担当してくれた記者さんが文学を理解してくれる素敵な方だったからだ。「『赤旗』ということは意識しない作品で」と依頼をくれたときに言ってもらえたので、本当に媒体の色はまったく意識せず、自由に書かせてもらった。

 どの新聞でも、思想は気にしていない。

 気になるのは、直接に遣り取りする記者さんとの相性だ。自由に書かせてくれる人だったら、とてもありがたい。

 こうして思い返すと、これまで依頼をもらえたのは「左寄り」とされがちな媒体からが多かったかもしれない。

 じゃあ、私は「左寄り」っぽいのか? いや、いや、自分としては、首肯できない。
 私の考えは中庸ではなく、偏っていたり、どちらかの思想に似たところもあるかもしれないのだが、とにかく自分としてはどちらにも入りたくなく、また、どちらも否定したくなく、ただ、どちらにも「とはいえ、こういう記事だけは好きになれないな」というものがある。
 たとえば、私は政治家の悪口を言うのが嫌いだ。
「弱者はどれだけ吠えてもいい」という考え方が世間にあるように感じるのだが、私はそんなことはないと考えていて、「強者も人間だということを忘れてはいけない」と思っている。
 もちろん、政策に異を唱えるために大きな声を出すのは大事だ。だが、相手が強者でも、悪口は駄目だと思う。
 たとえ相手が首相でも、人間的に愚弄することや、身体的なことを言うのは、成熟した社会の中で行うべきことだろうか? 政治家に対して、必要以上に失言を叩いたり、人間的尊重を感じられない似顔絵を掲載したりするのも、私は馴染めない。だから、「左寄り」の人たちの仕事に首を傾げたくなることも多い。

 そういうわけで、私は、その媒体で仕事をするときに、その媒体に全面的なイエスを出す気持ちまでは持っていない。
「どの新聞で仕事をするかが思想の表明になる」とは思っていないのだ。
「人付き合いやなんやかや、そういうもの」と思って媒体と付き合っている気がする。

 私はひとりが好きだが、人付き合いも大事だから、自分と考えが違う人ともできるだけ付き合うようにして、「右」とか「左」とか、まとまりたくない。

 新聞への批判も、「右」とか「左」とかという言葉を使わず、そして、その雰囲気もできるだけ出さないようにして行えたらいいな、という気持ちがある。

「目次」はこちら

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著者

山崎ナオコーラ

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。2017年、『美しい距離』(文藝春秋)で第23回島清恋愛文学賞受賞。小説に『ニキの屈辱』、『ネンレイズム/開かれた食器棚』(ともに河出書房新社)、『ボーイ ミーツ ガールの極端なもの』(イースト・プレス)、『偽姉妹』(中央公論新社)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)など。絵本に『かわいいおとうさん』(絵 ささめやゆき)(こぐま社)がある。モットーは、「フェミニンな男性を肯定したい」。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。

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