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「ブス」の自信の持ち方 山崎ナオコーラ

第20回

新聞様(4) くだらない話

2018.10.29更新

読了時間

現代は多様性の時代と言われます。しかし社会には、まだまだ画一的な一面が強くあるのではないでしょうか。この連載で取り上げるのは「ブス」。みなさんはこの言葉から何を感じますか? 山崎ナオコーラさんと一緒に、「ブス」をとりまく様々なモノゴトを考えていきます。
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 今回の話は非常にくだらない。

 しかも、個人的な話で、ノミが飛んだとか飛んでいないとかいうレベルの小さい出来事だ。

 だから、読み飛ばしてもらっても構わない。

 私は自己中心的で、他人の気持ちを想像できず、小さいことでくよくよして、なかなか達観できない、非常にできの悪い人間だ。
 そのため、悩み事の多くは、自分の考え方のクセが理由で湧いてしまっている。私ではない他の人だったら、同じような出来事に遭い、似た環境の中で仕事することになっても、私みたいには悩まないだろう。うまく対処したり、スルーしたりして、何があっても周りの人に感じ良く振る舞い、みんなで成長するに違いない。芸人さんだったら、笑いに変えたり、前を向くきっかけにするかもしれない。

 でも、私は駄目な性格なので、「こういうことで、長年の間くよくよしていました」ということになった。
 若い頃の話だ。今も駄目な私だが、若い頃はもっとひどかった。
 ただ、世の中、私みたいな人だっているのではないか? あるいは、別の感じ方をするいろいろな人に参考にしてもらえることがあるのではないか?
 私の愚かな感じ方を、まだ記憶があるうちに書き留めておくことが、今後、誰かしらのためになるかもしれない。

 何度も書いて恐縮だが、「ブス・バッシング」のことを、やっぱり、もっと丁寧に記しておきたい。

 ここ数回、サブタイトルを「新聞様」としている通り、私は新聞に複雑な思いを抱いている。
 端的に言うと、「なぜ、新聞は偉そうなのか?」と思ってしまっている。
 しかし、この思いを自分で肯定したくはない。
 決して、「実際に新聞というものは偉そうなものなのだ」「みんなも新聞の態度はおかしいと思うでしょ?」ということではなくて、私と新聞の関係性の問題というか、「作家として仕事をしてきた中で感じるものがいろいろあり、不出来な人間である私は新聞に対していろいろな感情を湧かせてしまったので、それを文章に起こしてみたい」ということなのだ。
「新聞の責任追及」「特定の新聞社の批判」という大きなコラムではなく、「駄目な性格の人間がどのように心を動かしたかという記録に、何かしらの意義が出るかもしれない」という小さなエッセイとして楽しんでもらえたらありがたい。

 2004年(今、執筆しているのは2018年なので、もう14年も前のことだ)に私は作家としてデビューした。

 25歳のとき、会社員をしながら執筆し、出版社に小説を投稿した。それが文藝賞という新人賞を受賞し、雑誌に掲載され、その1ヶ月後に単行本化された。一応、私はそれをデビューと捉えている。

 その際、ホテルの広間で授賞式が行われた。

 壇上から挨拶をする、というのはもちろん、人前に出る、というのも初めてのことだった。
 私は子ども時代から大学時代まで、「長」が付くものは班長さえやったことがなく、ひたすら「平」の人生だった。
 会社員になってからも、人前で発言するような職には就いておらず、地味な下っ端仕事をしていた。
 名刺をもらう、という経験もほとんどなかった。

 だから、26歳になったばかりの私は、ものすごく緊張していた。
 会場には大勢の人が集まった(文藝賞出身の綿矢りささんが前年に芥川賞を受賞して大きな話題になっていたことが理由で、当時、文藝賞に期待してくれる記者さんや編集者さんがたくさんいた)。
 こんなにたくさんの人が作品を知ってくれている。チャンスだ、と思った。
 普段が地味な人間は、加減がわからないものだ。
「チャンスだから、弾けなければ」「本をしっかり売って、期待してもらい、次作も出してもらえるようにしなければ」と強く思っていた私は加減なんて考えずに頑張った。
 ペンネームに「山崎ナオコーラ」というふざけたものを用意したのも、これまでの人生であだ名を付けられたことがまったくない人間の弾けっぷりだったと振り返るし、タイトルを『人のセックスを笑うな』としたのも、下ネタをまったく口にしたことがなく、「セックス」という言葉を発音したことさえなかった私だったからこそ、「書名にはインパクトを」と世間の怖さを知らずに出せたタイトルだったと思う(ちなみに、作品の内容は「淡々とした恋愛小説」で、大してエロくはなく、かなり落ちついている)。
 でも、多くの読者は普段の私を知らないわけで、「変なのが出てきた」「派手なおばさんが作家になった」という風に感じただろう(同時受賞の『野ブタ。をプロデュース』の白岩玄さんが21歳で、他にも若くしてデビューする作家が多い時期だったことから、26歳はババア扱いだった。BBAという表記はまだなかったが、ネットでも「ブス」と並んで「ババア」という言葉がたくさんあった。『人のセックスを笑うな』が20歳差の年の差恋愛を描いた作品だったこともあって、実年齢より上に見られることも多かった。このデビュー作は、男の子が19歳から21歳になる3年間を描いた一人称小説で、作者も男の子側に寄り添って書いているのに、性別を理由に恋愛相手のヒロインに作者が重ねられがちでびっくりした)。
 受賞者の挨拶では、「これから作家として活躍します。選んだことを後悔させません」というようなことを胸を張って言った気がする。
 すると、会場から「おおー」というどよめきが聞こえた。
 そのときの私は「うまく言えたから、感心してもらえた」と思ったのだが、後から考えれば、「変なのが出てきた」「生意気」「尊大」「初々しさがない」という風に捉えられたのだと思う。
「地味な会社員」という自己認識を持っていた私は、「精一杯に派手に振る舞って注目を集めて、本を売るのが作家の仕事だ」と思って頑張ったのだが、その作家が普段は地味な会社員かどうかなんてみんなは知らないし気にしないわけで、ただの「派手なおばさん」「叩いても平気そうな、強い人間」となったに違いない。
 挨拶のあとは、「ご歓談を……」というような時間になって、たくさんの人が私に挨拶をしてくれ、名刺を渡してくれた。
「自分なんて者に挨拶してくれる大人がいるなんて!」という驚きと喜びでいっぱいで、名刺をくれた人の名前と顔はほぼ覚えた。もらった名刺は帰宅後に大事にファイリングして、どんな人だったかを裏にメモした。デビューから数年の間は、パーティーなどでひと言ふた言挨拶を交わしただけでもその人を覚えることができて、一度でも会った記者さんや編集者さんに再び会ったときは「○○さん」と名前が言えた(正直、今は名刺をくれる人が減っているのに、全然覚えられない)。
 だから、そのときに、朝日新聞の記者さんが、私に挨拶をしてくれ、名刺を渡し、「記事にします」と挨拶してくれたあと、
「最初に新聞に載る顔写真は大事ですから」
 と白い壁の前に私を立たせて写真を撮ってくれたシーンは、今でも思い出せるのだ。
 本が出ることは自分にとってものすごく大きなことだったが、新人賞をもらったぐらいで新聞に顔写真が載るとは予想していなかったので、結構驚いた。

 その翌日、本当に顔写真入りで新聞に私の記事が出た。
 朝日新聞と、もうひとつ、Y新聞にも載った。
 Y新聞の方が、記事も写真も大きかった。
 私は、Y新聞の写真を見てショックを受けた。自分からすると、「ひどい写真」と思えたからだった。
 当時の私は「自分の筆名をインターネットで検索しない方が良い」ということを知らなくて、何か書かれたら受け止めることも作家の仕事だと思い込んでいたから、匿名掲示板や個人ブログなどをきちんと読むようにしていて、「ブス」はもちろん、もっと過激な言葉で私が批判されているのをすでに認識していた。この状況の中、この写真が出たら、もうおしまいだ、と思った。

 勤めていた会社に出社すると、上司から、
「新聞に出ていたね。目が半開きだったけれど、あの写真でいいの?」
 と聞かれた。

 学生時代の友人から、
「新聞に載っていたね。髪型をショートに切ったんだね」
 というメールが届いた。

「あはは」と笑って誤魔化しながら、そうだよね……、と私は心の中で考えた。
 私は一重まぶたで、目がちゃんと開いているような写真を撮るのは難しい。でも、この写真じゃなくったっていいんじゃないかな、と思ってしまう。記者さんは、ご自身が、あるいは家族や知り合いが新聞に載るというときに、こういう写真を選ぶだろうか? 目線がある写真が撮れなかったのなら、少しぐらい横向きでもいいから、悪口を言われなさそうな写真を掲載してもらいたい、と、ご自分が新聞に載るときだったら思うのではないか?
 それと、当時の私の髪型は肩ぐらいまでのボブだったのだが、どうも頭の形がおかしい。友人が「ショートに切ったんだね」と思った理由は、写真の中の私の頭が、画像処理されているからではないだろうか? 想像するに、私の後ろに、黒い影か、あるいは物があって、髪の毛と背景が同化してしまっていたため、新聞記者さんがコンピューターで頭の形を切り抜いたのではないだろうか? ジャケットを着ている肩のラインも、角度がおかしい。ものすごく撫で肩というか、不自然な形に見える。いや、他の人から見たらそんなに変ではないのかもしれないが、本人としては、自分の肩の形とは違うと感じる。おそらく、頭と肩を切り抜いて、背景を白に変更したのではないだろうか。

 ここまで読んで、「それぐらいのこと、別にいいじゃないか」と思った人もいるかもしれない。「そんなことを今更くよくよ書いて、小さい人間だな」という感想を持つ人もいるだろう。確かにそうだ。自分でもそう思う。写真が、自分で良いと思えるものではなかった。写真が、ちょっと処理されていた。本当に小さなことだ。それを長年忘れずにいる自分は、小さい人間だ。新聞批判ではないと言いながらも批判に見えるような文章になってしまっているし、もう書くのを止めるた方が良いのではないか? とも省みる。ただ、こういうことでくよくよしてしまったり、心が弱くなってしまったりする人もいるのだということは書いておきたい、意見というより記録として、とも思うのだ。続けて書かせてもらう。

 髪型や肩のラインは、人間の印象を大きく変える。「変な写真を載せないで欲しい」という思いを、「女性のわがまま」「美へのこだわり」「承認欲求」という風に捉える人もいるだろう。でも、私は、「きれいに写りたい」「美人になりたい」とは思っていないかった。「この写真をきっかけに、人権侵害と言っていいほどの激しい罵詈雑言がインターネットに溢れる」「これから作家として仕事を頑張ろう、というときに、容姿への中傷のみが注目されて挫ける」「それを避けられたら、どんなにありがたかったか」ということを思っていただけなのだ。
 犯罪の加害者だったら、こういう顔を晒されても仕方ないだろう。目の位置や鼻の形がわかるのが大事に違いない。
 でも、新人賞を受賞しただけの26歳の地味な会社員を、こういう写真で世間に晒す必要はあるのか? と当時の私は疑問を抱いてしまった(その作家が地味な会社員かどうかは世間に関係ない、ということを当時の自分は理解していなかった)。

 ぐっと我慢すれば、そのうち通り過ぎていく、新聞は毎日出る、とは考えた。

 しかし、翌日、当時、少しの間だけ私の担当をしてくれていた編集者さんからメールが届いた。
「この写真は、ひどいよね」
 とY新聞のインターネット記事のURLが書いてあった。クリックすると、私の記事に繋がり、画像の部分をさらにクリックすると、パソコンの画面いっぱいに私の顔が広がった。
 Y新聞の記事は、インターネット版にも掲載されていたのだ。
 現在の新聞のインターネット記事は、有料版でしか見れないものが多い。また、画像のほとんどが埋め込み型で、画像を個人のパソコンに保存することはできないし、拡大機能も付いていないように思う。でも、その頃は、ほとんどの記事が無料で見られた。また、拡大して見ることができたし、写真の下に小さく「無断転載を禁じます」という注意書きこそ添えてあるものの、クリックひとつで誰でも簡単に保存することができた。
 紙媒体だったら、ぐっと堪えれていれば、被害は月日と共に薄らぐ。でも、インターネットは、おそらく、10年も20年も続く。
 私は目の前が真っ暗になり、
「Y新聞の記者さんに、この写真を削除してもらえるよう、頼んでみます」
 と編集者さんに返信した。
 そして、名刺ファイルをめくった。だが、Y新聞の社名が書いてある名刺が見つからない。そう、そもそも、Y新聞の人と挨拶を交わした記憶が私にない。
 つまり、Y新聞さんは、私が壇上で挨拶しているときに、さっと写真を撮って、さっとお帰りになったのだろう。だから、目線のある写真は撮れなかったし、白い壁の背景の写真も撮れなかった。合点がいった。
 朝日新聞の方が丁寧に接してくれたから、写真というのは相手に断って撮影して記事にするものだと思い込んでしまっていたが、冷静に考えてみれば、事件などの場合はさっと撮ってそのまま記事にしているはずだ。それに、新人作家の小さな授賞式に長居する記者は少ないに違いない。取材対象はたくさんいるから、他のイベントへどんどん移動しなければならないだろう。
(また、のちに新聞の取材を何度も受けていくうちにだんだんわかってきたのだが、新聞の写真は、記者さん自身がカメラを持ってきて撮影することもあれば、写真部などに所属しているカメラマンさんが別に撮ることもある。雑誌の場合は、フリーランスの写真家さんが撮影することが多く、撮影の前に挨拶があって名刺をくれることが多いのだが、新聞の場合、インタビュー記事でも、カメラマンさんとは挨拶を交わさないことが多い。これは、ちゃんと聞いたわけではなく、私の勝手な想像なのだが、「事実を写す」と言うことを最重要事項として仕事している新聞カメラマンさんは、取材者とフラットな関係を保ち、距離を取るべき、という考えで、取材者に近寄ることをしないのではないか。このときの写真が、記者さんが撮ったものなのか、カメラマンさんが撮ったものなのかは今となってはわからないが、カメラマンさんだったとしたら、挨拶がないのはむしろ平均的な作法だと思う)。
 そう、新聞写真で大事なことは、「事実を伝える」ということだ。本人ではない写真を掲載したら大問題だが、本人の写真ならば何も問題はない。だから、目鼻立ちがわかって、本人だと特定できることが一番重要だ。
 この写真の人物は、間違いなく私だ。自分としては写りが悪いと感じるが、こういう表情をした一瞬があったのは事実だ。
 私にとってはつらいとしても、相手に落ち度はない。
 どう見ても、撮影者に悪意はないし、手抜きもない。
 Y新聞の方は、マナー違反も、法律違反も、何もしていない。まったく問題ない。

 でも、でも……、と私は思った。無慈悲じゃないか。
 大作家だったら、人気作家だったら、このあとも頻繁に新聞記事になって、顔写真が更新されていくかもしれない。
 けれども、私は、これが初めての新聞写真で、次にいつ顔写真が出るかわからないのだ。
 この先の数年間、作品を気に入ってくれて、作家名を検索してくれた人は、このY新聞の顔写真を必ず見る。
 もう、本は買ってもらえないんじゃないか。

 しばらくすると、編集者さんから返信があり、
「新聞記者さんとは良好な関係を保った方がいいです。新聞記者さんへ作家が直接に連絡することはお勧めできません。そんなお願いをして『変な作家』だと思われない方がいいです。この先、また記事を書いてもらえる機会があるかもしれません。ここは、ぐっと我慢するのが得策です」
 というようなことが書いてあった。

 もっともだ、と、そのときの私は思ってしまった。
 なんのアクションも起こさず、新聞写真のことは考えないようにして、執筆に集中するべきだ。

 黙って、じっとして、堪えよう。

 でも、なかなか執筆に集中できない。

 朝日新聞の記事の方はインターネット版に載らなかったので、その後、5年くらいは、私の名前を画像検索すると、このY新聞の顔写真が、ばーっと10個くらいトップに並んだ。
 当時はネットリテラシーが浸透していなかったので、たくさんの無記名掲示板や、個人ブログ、まとめサイトが、私への誹謗中傷の言葉と共に、このY新聞の写真をコピーアンドペーストしていっぱい載せていた。
「『人のセックスを笑うな』というタイトルの作品でデビューした自分が悪い」と言われてしまいそうだが、写真をコピーされたあと卑猥な言葉で罵られるのが常で、私はつらかった。
 デビューの頃は雑誌のインタビューを受ける機会も多かったのだが、当時はまだインターネットと連動している雑誌は少数派で、他の顔写真がインターネット上にたくさん出るということはなかった。また、今でもそうだが新聞の力は絶大だ。Y新聞の写真はなかなか消えないし、目立たなくもならない。

 もちろん、もともとの顔がブスなので、この写真だけが問題なわけではない。
 他の写真でも、「ブス」と言われる。

 ただ、自分からすると、雑誌の写真は、「ブスだけど、そういう作家」という雰囲気なのに、新聞の写真は、「悪口言われても、平気です」という写真に見える。

「ブス」と言われるのは続くとしても、度を超えている誹謗中傷は、もしも、この新聞写真だけでも消すことができたら、少しは薄まるのではないか。
「ブス」ぐらいはいいが、人間性を否定するような悪口や、性的に愚弄するような中傷は、やっぱり消してもらいたい。作家だからといって、これに平気になる必要はないのではないか。

 考えない方がいい、考えない方がいい、と思うのに、考えてしまう。
「どんなに頑張って小説やエッセイを書いても、インターネットでは顔のことだけ批判されるのだろうな」と予想してしまう。

「もしも芥川賞を受賞できたら、他の顔写真もいっぱい載るようになって、Y新聞の写真は埋もれて消えていくかもしれない」
 という卑しい考えも湧いてきてしまう。

 周囲の人に相談すると、「気にするな」と言われる。
 気にしている自分が悪いのか。
 しかし、自分では、「いじめに遭っている」という感覚なので、「気にする自分が悪い」という風に納得するのは難しかった。

 あるとき、別の編集者さんに相談したときに、
「レイプされているような感じがするんですね」
 と言ってもらえた。
 私は、すごく嬉しかった。
 美人な人が、性的に愚弄されることをインターネットに書かれたら、レイプされている感じ、誹謗中傷、人権侵害、セクハラ被害などと捉えられる。
 でも、ブスが、「容姿の批判をされる」「性的に愚弄されている」「画像を貼られる」ということを相談すると、コンプレックスがある、自分で自分のことを気にし過ぎている、美人ではないせいで自己評価が低い、自信が持てていない、承認欲求が強い、仕事に集中していない、といった「内面の問題」「本人の問題」と処理されがちだ。
 けれども、本当に、「レイプされているような感じ」と言ってもいいのではないか。ブスがセクハラを受けることもあるのではないか。自分の内側のこととしてではなく、いじめのような、セクハラのような、そういう、他者から受けた「被害」として、この問題を捉えてもいいのではないか。

 周囲への批判は良くないとしても、「この経験は、つらかった」と喋ることを我慢しなくても良いのではないか。

 そうして、デビューして5年ぐらいが経過した頃、プチンと気持ちが切れた。

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著者

山崎ナオコーラ

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。2017年、『美しい距離』(文藝春秋)で第23回島清恋愛文学賞受賞。小説に『ニキの屈辱』、『ネンレイズム/開かれた食器棚』(ともに河出書房新社)、『ボーイ ミーツ ガールの極端なもの』(イースト・プレス)、『偽姉妹』(中央公論新社)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)など。絵本に『かわいいおとうさん』(絵 ささめやゆき)(こぐま社)がある。モットーは、「フェミニンな男性を肯定したい」。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。

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