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「ブス」の自信の持ち方 山崎ナオコーラ

第25回

化粧

2019.01.15更新

読了時間

現代は多様性の時代と言われます。しかし社会には、まだまだ画一的な一面が強くあるのではないでしょうか。この連載で取り上げるのは「ブス」。みなさんはこの言葉から何を感じますか? 山崎ナオコーラさんと一緒に、「ブス」をとりまく様々なモノゴトを考えていきます。
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 化粧はしても、しなくてもいい。
 楽しんでメイクできるならした方がいいだろうし、楽しくないのに「マナー」「社会のために」と我慢しながらメイクするならやめた方がいいだろう。

 私個人は、化粧というものに強い抵抗感は持っていなかった。それで、大人になって、眉毛を描いたり、リップグロスを塗ったりするようになった。ずぼらで、且つ金がなかったので、二十代前半の会社員時代は、本当に眉毛とリップのみで出社していた。休日にはチークやアイシャドーに手を出してみることもあったが、平べったい顔立ちで化粧映えがしないのと、一重まぶたのためアイメイクの方法がよくわからなかったこともあり、なかなか上手くできなかった。心の中では、「もっとお化粧ができる人になりたい」と思っていた。
 周囲の友人や仕事仲間が化粧でおしゃれをしているのを見ると「いいなあ、かわいいなあ」と思ったし、化粧道具の広告を見るのも好きだった。化粧をすると気分が上がるというのも理解できる。あるメイクアップアーティストがボランティアで高齢者の介護施設などをまわって希望者に化粧をしている、という新聞記事を読んだ。口紅を塗ったり、マニキュアを塗ったりするだけで、表情がガラリと変わって口調までいきいきとしてくるという。非常に喜ばれる、とそのメイクアップアーティストは語っていた。化粧は素敵なものだな、と読んだ私も思った。

 ただ、全員に当てはまることではない。
 化粧をすることで気分が上がる人もいれば、下がる人もいる。
 そもそも化粧をするには金も時間もかかる。男性の場合は化粧をせずに仕事をしても、マナーに反する、だとか、周囲に好印象を持ってもらうために努力しろ、だとか、仕事の評価に影響する、だとかという批判はされないのだから、冷静に考えると、「マナー」「社会のために」という理由でのメイクは必要ないはずだ。
 金や時間がかかっても、「これのおかげで、いきいきできる」「今日も頑張ろうと思える」という人もいるだろうが、そうではない人だっている。「マナーだから」といやいや金と時間を消費して化粧をしている女性がいるなら、かなりかわいそうだ。
 肌の病気などの理由で化粧をすることが本当に苦痛だ、という人だっているわけだし「化粧はマナー(女性のみ)」という社会は変えていった方がいいだろう。
 そして、もちろん、逆の自由もある。男性が「化粧をして仕事をしたい」と考えるならば、どんな職業の人に対しても、それを変だと捉えない社会を作っていきたい。
 化粧をしている人に対しても、化粧をしていない人に対しても、「化粧をしろ」だの、「化粧をするな」だのといった圧力がかからない世の中だったら、とても過ごしやすそうだ。
 化粧をした方がいい仕事ができる人もいれば、化粧をしない方がいい仕事ができる人もいる。
 化粧をすることでいきいきできるおばあさんもいれば、身なりにかまわず趣味に没頭することでいきいきできるおばあさんもいる。

 私自身は、若い頃、化粧というものに反感を持たず、普通に受け入れて生きてきたのだが、だんだんと、「あ、化粧って、してもしなくてもいいものなんだ。人それぞれ、好きにしていいんだ」ということに気がついてきた。

 その気づきは、ある作家のインタビューを読んだことがきっかけで起きた。

 うろ覚えのことで失礼になるかもしれないので、お名前を出さずに書かせてもらうが、数年前、ある作家が新聞のインタビューで、「あるときから、自分は化粧をしないことにした」とおっしゃっていた。理由は、「仕事に邁進したい」といったことだったと思う(確か、震災について書きたいと思っていて、全力投球したい、といった内容のインタビュー記事だった)。そして、化粧をせずに堂々と写真に写っていらした。
 私は、その記事に感銘を受けた(だったら、スクラップすれば良かったのだが、うっかりしていた)。
 それまでは化粧というものを、「人前に出るときに、しなければいけないもの」と思い込んでいた。マナーというか、挨拶というか、社会人の常識というか、そういうものだと信じきっていた。
 私は、デビュー時に新聞に自分の顔が掲載されて、「ブス」というバッシングを受けたとき、顔立ちを非難さえるいわれはない、と憤ったし、インターネット上の誹謗中傷は不当なものだ、と考えた。ただ、「作家は人前に出ることもある仕事なのだから、これからはそれなりの努力も必要なのかもしれない。お化粧やファッションを頑張ろう」とも素直に思ってしまった。
 それで、作家デビューしたあとの、二十代後半の私は、ファッション雑誌で化粧の仕方を勉強したり、その雑誌に載っていた化粧品を購入したりした。本を買ってもらえて少し経済力もできたので、プチプラをやめ、デパートの化粧品売り場へも足をのばした。デパートでやっていたメイク講座に参加したこともあるし、自分に似合う色を見つけるためにパーソナルカラー診断のカウンセリングを受けたこともある。
 それでも一重まぶたのアイメイクはなかなかわからなかったのだが、個人的にいろいろ試していくうちに、自分なりの方法を見つけた。眉根を寄せて困った顔をしながら鏡を見たとき、まぶたの上に線(シワ)が入ることがわかった(この線を見つける前は、適当にアイシャドウを載せていたのだが、そうすると、歌舞伎役者みたいになったり、左右非対称になったり、薄すぎて意味がなかったり、まばたきしたとき変な感じがしたりしてしまっていた)。この線にスーッと薄茶色を引いて、その線より下に濃い茶色を載せて、線より上はベージュを広げて、眉毛に近いところに明るいベージュを載せると、自然になった(一重まぶたの場合、鮮やかな青や緑などをまぶたに広く載せると色が映える場合もあると思う。面長で、切れ長の目の、キレイ系の顔立ちの人が、そういうメイクをしていて、「いいなあ」と思ったことがある。ただ、私が真似したら、どうも似合わなかった。私の場合は、一重まぶたでも、丸顔で、切れ長ではない感じの形の目だから似合わないのかもしれない)。だから、私はメイクをするとき、困った顔をしている。
 そうして、まあまあ化粧をして人前に出るようになったのだが、化粧も人前に出ることも、「楽しい」とまでは感じたことがない。「仕事だ」「マナーだ」「努力だ」と思っていた。
 得意分野ではなく、それほど興味を持っていたわけではない化粧というものに、私は金や時間を結構費やしたのだった。
 そういった行為を否定する訳ではないのだが、私の場合はそれを楽しんで行えていなかったし、努力しても周囲の人ほど上手くならなかった。要は「センスがなかった」ということに尽きると思う。だから、今となっては、自分の場合は、ああいった努力をする時間があったら、一冊でも多く本を読んだり、一枚でも多く文章修行をしたりすれば良かった、と省みる。
 あの作家のインタビューに感銘を受けたあと、周りを見渡すと、化粧をしていない女性が結構いることに気がついた。
 たとえば、出版社の編集者さんは、ノーメイク(に見える)の人がわりといる。いそがしいからかもしれない。服装が自由な職業なので、化粧の圧力があまりないのだろう。また、ノーメイクでも、服装はすごくおしゃれだったり、派手だったりすることもある。
「仕事のときは化粧をする」は、私の完全なる思い込みだった。
 私も、だんだんと手を抜き始めた。
 最近は、ほとんどノーメイクで過ごしている。
 でも、ときには薄化粧をすることもある。

 こう書くと、「化粧をしないことで、女性の自由を表現している」という安易な捉え方をされてしまいそうな気もするのだが、そうではない。
 したい人はするし、したくない人はしない。
 したい日はするし、したくない日はしない。
 それが許されるといいなあ、ここがそういうゆるゆるの空気の世の中だという設定で生きていこうかな、と思っているだけなのだ。

 私は、化粧を決して否定したくない。
 メイクをしている人が、「男性ウケを狙っている」とは限らない(そして、たとえ男性ウケを狙っていても、それはなんら悪いことではない。私は、男性ウケを狙っている計算高い友人のことがかなり好きだ)。
 派手なメイクでも、地味なメイクでも、自由にメイクができる世の中がいい。なんでも顔に描いていいのだ。本人が決めることだ。
 今、ちゃんとしたメイクをする日がほとんどなくなってしまったのだが、私だって、したくなったら、する。そのうち、「派手なメイクを楽しみたい」という気持ちが湧いてこないとも限らない。
 化粧は面白いし、素晴らしい。でも、しない自由もある。

 その人らしく、ばっちりメイクや、薄化粧や、ノーメイクをしている人は、みんなかわいいと思う。

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著者

山崎ナオコーラ

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。2017年、『美しい距離』(文藝春秋)で第23回島清恋愛文学賞受賞。小説に『ニキの屈辱』、『ネンレイズム/開かれた食器棚』(ともに河出書房新社)、『ボーイ ミーツ ガールの極端なもの』(イースト・プレス)、『偽姉妹』(中央公論新社)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)など。絵本に『かわいいおとうさん』(絵 ささめやゆき)(こぐま社)がある。モットーは、「フェミニンな男性を肯定したい」。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。

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