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多様性を「生きる」。違いを「楽しむ」。アフリカ人と結婚した文化人類学者が、いま考えること。 鈴木裕之

第23回

多様性が花開く

2019.09.10更新

読了時間

文化人類学者であり、国士館大学教授の鈴木裕之先生による新連載が始まります。20年間にわたりアフリカ人の妻と日本で暮らす鈴木先生の日常は、私たちにとって異文化そのものです。しかしこの連載は、いわゆる「国際結婚エッセイ」ではありません。生活を通してナマの異文化を体現してきた血の通った言葉で、現代の「多様性」について読み解いていきます。
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違いを楽しむ余裕


 いよいよ本連載も最終回となった。

 ここで、我ながら「失敗したな~」と思うことがある。

 タイトルのことだ。

 多様性を「生きる」。違いを「楽しむ」。

 こう銘打って、私がこれまで多様性を生きるうえで体験してきたさまざまなエピソードを紹介し、私なりの思索を展開させてもらってきた。

 当初の予定では、ユーモラスで笑いがとれる、いわゆるネタ的なエピソードもふんだんに紹介し、多様な「違い」を「楽しむ」余裕を培うことのできるような、そんなエッセイにするつもりであった。

 ところが実際に連載をはじめ、これまでの体験を振り返ってみると、私が「生きて」きた諸問題を整理し、自分なりに解釈しながら何らかの意味を見出すのに手いっぱいで、とてもそこにユーモアという調味料を振りかけ、愉快な一品料理として提供するまで手が回りきらなかった。

 看板に偽りあり、という結果となってしまったのは心苦しいかぎりである。

 ところで、さだまさしの「関白宣言」という曲をご存知だろうか。

「おまえを嫁にもらう前に、言っておきたい事がある」という有名な歌いだしで、ちょっと高圧的な亭主関白宣言をユーモアたっぷりに繰りだし、最後に妻に対する最大の愛情表現でオチをつける。古臭い女性蔑視であるという批判の声もあがったが、日本社会の伝統を踏まえた見事なラヴ・ソングであるというのが、正当な評価ではないだろうか。

 じつは、この曲には「関白失脚」という続編があることは、さだまさしファンには常識であろうが、世間一般の人々にはあまり知られていないであろう。

「おまえを嫁にもらったけれど、言うに言えないことだらけ」という珍妙な歌いだしで、だらしない生活を送っている女房の尻に敷かれた、みじめなサラリーマン生活を送る男の哀愁を切々と歌いあげる。「関白宣言」での勢いはどこへやら、女房の無理解・無関心に押しつぶされた旦那の家庭生活の実態が、世の男たちの共感を呼ぶ。もちろん、こちらもユーモアをふんだんに盛りこんでいて、さだまさしコミック・ソングの白眉ともいえる傑作であるが、それらは現代生活の歪みに根ざしたブラック・ユーモアで、「関白宣言」の天真爛漫かつ純真なユーモアとは一線を画すものである。

 私の多様性ライフには、もちろん大変なこともおおいが、歓びに溢れた瞬間も多々ある。本連載では、そういった、いわば「関白宣言」系のエピソードで楽しんでもらおう、純粋に笑ってもらおうという目論見も持っていたのだが、いざ蓋を開けてみると、シビアな現実と格闘するうちに紙面が尽きてしまい、気がつくと「関白失脚」系のエピソード中心となってしまった。

 ただ、「関白失脚」では大きな救いが用意されている。

 男についてのみじめなエピソードがひとしきり披露されたあとで、最後に「右に定期券、左に生ゴミ」を持って無様な姿で日々通勤する男により、家族への無限大の愛が声高に表明され、彼に対して、そしてすべてのお父さんに対して、「ガンバレ~」というエールが、さだまさしと聴衆によるコール・アンド・レスポンスにより繰りかえされ(ライヴ音源である)、大団円を迎えるのだ。

 私の連載でも、現実におけるさまざまな問題をとりあげながら、その通奏低音として「ガンバレ」という言葉を囁きつづけてきたのであるが、その声はみなさんの耳に響いてくれたであろうか。

頑張るしかない現実


 今どき、「ガンバレ」などという精神論を振りかざすことほど、格好の悪いものはない。
 もっとクールに現実を眺め、斜めに構えて、けっして熱くなりすぎてはいけない。

 できるだけ「まあ、どっちでもいいですよ」という無関心を装い、本音はネットやSNS上において匿名で呟くようにする。

 とりわけ研究を生業とするような者は、あくまでも価値中立性を担保しているような印象を与えるよう努め、「根性」のような非理性的な概念とは最大限の距離を置かねばならない。

 だが、多様性ワールドの現実は、そんなに甘くはない。

 少しでも気を抜くと、とたんに足を引っぱられる。

 どの方向に引っぱられるのか?

「自閉」の方向である。

 おそらく人間は、放っておけば閉じようとするであろう。

 どの範囲で閉じるかというと、文化を共有する範囲である。

 アフリカから世界に拡大していった人類は、その過程で各地の自然環境にあわせた文化をつくりあげていった。肥大化した脳が言語を含むさまざまな記号や象徴を駆使し、自然に対する独自の捉え方を発達させ、多様な世界観をつくりあげてきた。

 文化とは、人間の想念がつくりだす「絵」である。外界をあるがままに捉えられない人間は、すべてをその額縁の中に押し込み、配置し、色付けを施し、「現実」なるものを紡ぎだしてゆく。そこで生まれ育った者にとって、その絵こそが原風景となり、戻るべき世界となる。こうして、人は文化=絵に拘束された存在となる。

 異文化とは描き方の異なる絵であり、別の可能性を選んだ人々の世界である。

 文化に拘束された人間は、なんの制約もなければ、無意識のうちにそれぞれの文化へと戻ってゆくであろう。文化というものはそもそも自己中心的に生成してきたものであるから、その中に自閉する者は知らず知らずのうちにエスノセントリックな世界観を身につけることになる。

 この壁を乗り越えるには、意識的に流れに逆らうしかない。

 水が高いところから低いところへと流れるように、人は開いた地平から閉じた世界へと引っぱられてゆく。

 それに対し、産卵期の鮭が全力を振り絞って流れに逆らいながら川を上ってゆくように、なりふり構わず「ガンバル」しかないのだ。

 カッコつけている暇はない。

自己選択の地点


 でも、閉じて、なにが悪い?

 自分の文化を、伝統を、仲間を、民族を、国家を大切にして、なにが悪い?

 たしかに、その通りである。

 人類がその長い歴史のなかで、さまざまな共同体に分かれ、それぞれが独自の文化を発達させてきたのであれば、それには意味がある。各共同体は独自性を主張する権利があるし、自分の「分」を守る権利がある。よそ者に邪魔はさせない。

 だが、それだけでは十分ではない。

 なぜなら、今の「かたち」は完了形ではなく、現在進行形だから。「おわり」ではなく、「つづく」であるから。

 人類の歴史を振りかえれば、それは離合集散の歴史であり、支配と解放の歴史であり、創生と破壊の歴史であった。まさに諸行無常、常に変化するのを本性としているかのようである。

 そんな中、「自閉への誘惑」に負けず劣らず強い力で人類を支えてきたのが、「開放への志向」ではないだろうか。

 アフリカで誕生したホモ・サピエンスが世界に拡大する過程で、小さな集団からより大きな共同体へと再編を繰りかえしてきた理由は、開放性へと向かう心性を備えていたためであろう。でなければ、「群れ」から「クニ」を経て「国際連合」にいたるまで人間関係の地平を広げるというような、壮大な想像力を持つことができるわけがない。

 私たちは自閉と開放を含むダイナミズムのなかに生きている。

 そこで、開くことへの心細さを感じる人がいる。閉じて安心したい人がいる。

 いっぽう、閉じることへの居心地の悪さを感じる人がいる。開いて自由になりたい人がいる。

 そのどちらも、人類の持つ心性としては「真」なのであろう。

 だがこのふたつの心性は時に衝突する。おなじ人間の心のなかの葛藤となることもあれば、異なる集団間のイデオロギーの対立となることもあろう。

 現代のグローバル化社会において、世界のあちこちでこの対立が先鋭化していることを、誰もが感じている。

 それぞれに言い分があり、正当性がある。

 それぞれが独自の立ち位置から主張するので、論理的にも道徳的にも白黒をつけることは困難であるように思える。

 状況によって、自分がどちらの側にも組みする可能性があるようにも感じる。

 最終的には、自分の頭で考え、自分の心に問いながら、自分自身で選択してゆくしかないのであろう。

自由を我らに


 私は一貫して「開く」立場に立ちながら、この連載をつづけてきた。

 なぜ開こうとするのかというと、そこに心の自由を感じるからである。

 山梨の里山で、山に囲まれて育った私は、幼い頃から開放への憧れを胸に抱いて育ったのかもしれない。

 自然に囲まれた村というミクロコスモスにおける安心感と閉塞感。

 山の向こうのまだ見ぬ世界に対する不安と憧れ。

 そのふたつが乗った天秤ばかりが外の世界へとおおきく振れていった。

 開くか閉じるかという問題に対しては、理屈や倫理といったものだけではなく、各人の心の襞に刻まれたこうした原体験のようなものもおおきく作用しているのではないだろうか。

 開放への志向は大学時代の貧乏旅行、大学院時代のフィールドワークへとつながり、アフリカ人女性との結婚でピークを迎えた。

 フィールドワークと国際結婚の現場で多様性へとつながるさまざまな経験をし、たくさいの良い人と出会い、たくさんの良いものを見てきた。

 その過程で、自己を開き、他者とつながることのすばらしさを、心の底から実感した。

 それは固まっていた殻が裂け、柔らかい肌に触れるようなフレキシブルな感じ。

 息苦しい部屋の扉が開き、新鮮な空気が流れ込んでくるようなフレッシュな感覚。

 老いて収縮した心臓に新たな血液が流れ込み、若返っていくようなセンセーショナルな驚き。

 もちろん、大勢の嫌な奴にも出会うし、ひどい目に何度もあう。だがそれは、開かれた自由を手に入れるために乗り越えなければならない障害である。

 人間の社会は、ある程度の規模で閉じた体系を保つことで有効に機能しうる。

 だが、人間の精神はその規模を飛び越えて飛翔してしまう。

 閉じたシステムと開いた精神。

 自分の心を規制の社会観に閉じこめず、よりおおきな自由のなかに羽ばたかせ、そのスケールにあった社会関係を構築してゆきたい。

 そんなふうに考え感じる自分の心を、どうすることもできない。

 私が多様性へと心を開く理由はこの一点にある。

 それは論理でも倫理でもないが、共感してくれる人は意外におおいのではないか、と密かに期待する私である。

パリの空の上


 キリスト教の「七つの大罪」をご存じだろうか。

 他のすべての罪の根源となる大罪を、高慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、大食、淫欲の7つに整理し、人間の行いを戒めたものだ。

「生とは苦である」をテーゼとする仏教では、根本的な苦悩を生、老、病、死の四苦、それに愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦の4つを加えて八苦(各語の意味は、自分で調べてください)、つまり「四苦八苦」としているが、各宗教がそれぞれのキータームである「罪」「苦」を非常にキャッチーな形で整理しながら掲げている様は、今どきの売れっ子コピーライターも顔負けの出来栄えであると、思わず感心してしまう。 

「七つの大罪」は、古くはフランスの名優ジェラール・フィリップが狂言役を務めたオムニバス映画の傑作『七つの大罪』のテーマとなり、少しまえではブラット・ピット主演の『セブン』で犯罪のモチーフとして取りあげられていたのが記憶に新しい。

 さて、人は知らず知らずのうちに罪を犯してしまうもののようであるが、私もある時、ひとつの大罪を犯してしまった。

「高慢」の罪である。

 何年にもわたってアフリカでフィールドワークをおこない、それなりの危険も犯し、アビジャンのゲットーの奥底にまで足を運び、アフリカ人女性と結婚し、グリオの一族に伝わる精霊の秘密にまで触れた頃、わたしは自分のなかが「いっぱい」になっているのを感じた。

 手に入れた膨大なデータ、語りあったおおくの会話、交歓した心の数々……それらが自分のなかを駆けめぐり、これ以上なにかをインプットすることは不可能に思える。

 自分の頭と心が飽和状態になってしまったという感覚。

 そんなとき、私の心にあるフレーズが浮かんできた。

「もう、分かっちゃったよ!」

 アフリカのこと、人間のこと、この世界のこと……その秘密が、その本質がある程度分かってしまった。もうこれ以上、探求する必要なんてない。

 なぜか、そのような想念に囚われてしまった。

 そのとき、私の心はこの上もなく高慢で満たされていた。

 ちょうど私は、アフリカでの短期のフィールドワークを終え、パリの友人宅に居候していた。

 パリは基本的に平らな街だが、モンパルナスの丘をはじめ、あちこちにちょっとした高台が点在する。私の友人宅は、そんな高台の上に立つ中層アパートにあった。

 バルコニーからパリの街並みを見渡す。灰色がかった家々、ところどころに見える並木、郊外に広がる工場の屋根……

 私はパリの乾いた空気を吸いこみながら、無感動にその風景を眺める。

 すると突然、空の一角に小さな白い曲線が現れた。

 見ると、ちょうどシャルル・ド・ゴール空港の上のあたりである。

 飛行機雲だ。

 離陸した後、旋回して目的地へと向かった飛行機が、曲線の白いストライプを描いていったのである。

 しばらくすると、別の飛行機雲が、ひとつめとは少しずれた場所に現れ、曲線を描きながら違う方向へ向かって軌道を描いていった。

 またしばらくすると、別の飛行機雲が、また少しずれながら、曲線を描いた。

 その次も、その次も……気がつくと、中心から外側に向かって描かれた8つほどの飛行機雲が、すこしずつズレながら円状に並び、パリの空に大輪の花を咲かせていた。

 それぞれの飛行機が360度、別々の方角に飛んでいったため、飛行機雲の花びらは見事に満開の様を呈していた。

 そのとき、私はあることに気づいて慄然としてしまった。

 私の知っているのは、あの花びらのなかの一枚にすぎない。

 私は東京を出て、パリを経由して、アビジャンに向かう。そのおなじ行程を何度も繰り返してきた。パリからアフリカに向けての曲線が私の知っている世界である。

 だが他にたくさんの花びらがあり、その曲線の彼方にはまだ見ぬ世界が広がっている。

 すべてが分かったような気になったのは、たんに自分の小さな器がわずかな知識と経験で一杯になっただけのことではないか。

 そんなものは、もっと大きな器に流しこんでしまえば、水のように薄まってしまうことだろう。

 高慢の大罪を犯してしまった私の目の前で、多様性の花が開花した。

 その花びらの先に、広大な世界が広がっていた。

 これは、パリの空の上に描かれた神様からの戒めか、それとも慈悲の印か。

 私の頑なに凝り固まっていた心は氷解し、スポンジのように柔らかくなり、その隅々にまで多様性の花の芳香が流れこみ、心の底から癒されるのを感じた。

 そのとき、どこからともなくあの名曲のフレーズが聞こえてきて、私の身体を突き抜けていった。

 ああ、私はあんなにも老いていたが、今はずっと若返っている。(ボブ・ディラン「マイ・バック・ペイジズ」)

 Ah, but I was so much older then, I’m younger than that now. (Bob Dylan ‘My Back Pages’)


 (完)


 

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著者

鈴木 裕之

慶應義塾大学出身。国士舘大学教授。文化人類学者。専門はアフリカ音楽。著書に『ストリートの歌―現代アフリカの若者文化』(世界思想社/2000年/渋沢・クローデル賞現代フランス・エッセイ賞受賞)、『恋する文化人類学者』(世界思想社/2015年)ほか多数。1989年~1994年まで4年間、コートジボワールの大都市アビジャンでフィールドワークを実施。その際にひとりのアフリカ人女性と知り合う。約7年間の恋人期間を経て1996年に現地にて結婚。彼女が有名な歌手になっていたことで結婚式は注目され、現地の複数の新聞・雑誌でとりあげられた。2015年、この結婚の顛末を題材にした文化人類学の入門書『恋する文化人類学者』を出版。朝日新聞、週刊新潮、ダ・ヴィンチなどの書評、TBSラジオ、文化放送などのラジオ番組でとりあげられ、大学入試問題にも採用された。

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