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よみものどっとこむ

第13回

電子書籍は必要ない

2017.12.06更新

読了時間

【この連載は…】めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。

Amazon.comの電子書籍「Kindle」が国内発売されたのも、Googleが「Google Play ブックス」というスマホ用電子書籍アプリのサービスを日本で開始したのも、楽天がカナダの「kobo」を吸収したのも、すベて2012年のことでした。

つまりこの年は、日本における電子書籍元年といっても過言ではないわけです。

あのころは多かれ少なかれ、電子書籍を肯定的に見る人が多かったようにも思います。ちょっと大げさな表現かもしれませんけれど、「電子書籍で読むのが当たり前」「電子書籍で読まないなんて時代遅れ」みたいな(ちょっとスノッブな)空気感がちょっとばかり漂っていたということ。少なくとも、僕はそう感じていました。そして、そこに違和感を抱いていました。

なぜなら僕は、当時から電子書籍というツールにまったく感じるものがなかったからです。あれから5年も経っているというのに、いまでも気持ちは同じです。

とはいっても、電子書籍そのものを否定したいわけではありません。あくまで個人的な感覚の問題です。それを自分が使うというシーンをイメージしてみるとき、どうにも「ピンとこない」のです。

ちなみに話はそれますが、なにかについて考える際、「ピンとくるかこないか」は僕にとってとても重要なポイントです。これは経験値以外のなにものでもないのですけれど、どれだけ世間的な評価が高かったとしても、自分にとってピンとこなかった物事はやっぱり馴染まなかったから。逆に、周囲が否定していたとしても、ピンとくるものはがっちりフィットしたし。

だからもうかなり前から、僕はそれを自分のなかでの判断基準にしていて、その感覚には相応の信頼感を持ってもいます。繰り返しますが、あくまで“個人的な感覚”であり、“個人的な問題”なんですけどね。

で、そういうプライベートな判断基準をよりどころにした場合、2012年以来、一貫して電子書籍にはピンとこないままなのです。というより、もはやそんな主観的な基準すら必要ない段階にきているのかもしれません。なぜって現実問題として、どう考えても電子書籍は「浸透していない」から。

好き嫌いの問題ではなく、肯定派がどれだけ持ち上げようとも、それが浸透していないことだけは否定のしようもないわけです。

なにより象徴的なのは、電車内などで電子書籍を読んでいる人を見かけることがないという事実です。遭遇率の低さは、いまやほとんどの人がその存在を忘れてしまっている二千円札並みなのではないでしょうか?(比較の仕方が微妙だけど)

とはいえもちろん、愛用者もいるにはいるのでしょう。そりゃそうです。しかし、なのに見かけないのです。もしかしたらそれは、どこにいるのかわからない彼らが、便利なはずのそのツールを外に持ち出そうとしないからなのかもしれません。

手のひらに収まるスマホがこれだけ普及しているのですから、むしろそれは当然のことだともいえるでしょう。スマホの大きさに慣れてしまうと、電子書籍は外に持ち出すには大きすぎるということです。勝手な推測ですが、あながち的外れでもないような気がしています。

いや、もしかしたら外出時に限ったことではなく、自宅での使用時にも同じことが言えるかもしれません。なにしろ家の中でスマホを覗くことは、決して珍しいことではありませんからね。たとえばベッドの中で読むとしたら、iPadなどのタブレットは意外に重たかったりもしますし。

むしろ、中途半端に大きな電子書籍を起動させるよりは、スマホでニュースかなにかをチェックした方が絶対的に楽。いろいろ試してみた結果、僕はそう思ったし、同じようなことを感じている人は決して少なくないはずだという気もします。

とはいえ、ここまで書いてきたことはすべてが僕の個人的な意見です。決して正しいとは言い切れない部分はあるでしょう。だとすれば、それを調べる必要があるなと思ったので、電子書籍の普及率に関するデータを見てみました。

「電子書籍 普及率」で検索してみたら、直近のデータは、出版も手がけているインプレスという会社のサイト内に見つかりました。2017年7月27日にアップされた、「2016年度の電子書籍市場規模は前年比24.7%増の1,976億円 電子出版市場は5年後に3,500億円市場へと成長『電子書籍ビジネス調査報告書2017』」がそれ。

まず気になるのは、冒頭に登場する「2016年度の電子書籍市場規模は前年比24.7%増の1,976億円、電子雑誌市場規模は前年比24.8%増の302億円」という見出しです。記事の下には右肩上がりの棒グラフも表示されていて、それを確認する限り、電子書籍の市場規模が拡大しているのは事実であるようです。

ふ~ん。ただ、やっぱりどうにもピンとこないんだよなあ……と思いながら記事をスクロールしていくと、すぐ下に、すべてを解決する答えがありました。次の見出しに、「コミックが市場の8割を占める」というフレーズが見つかったのです。

2016年度の電子書籍市場規模のうち、コミックが前年度から340億円増加の1,617億円(市場シェア82%)、文字もの等(文芸・実用書・写真集等)が同51億円増加の359億円(同18%)となっています。

なるほど、そういうことなのね。事実、この文章に続く右肩上がりの棒グラフも、マッチ棒のように色分けされています。マッチの絵の部分が「コミック」で、先端の火薬の部分が「文字もの等」だということ。コミック以外が「文字もの等」ってのもひどい扱いですが、いってみれば電子書籍にとって、文字媒体はまったく魅力的ではないということです。

これを確認したとき、ずーっと漠然としていた疑問がストンと腑に落ちたような気がしました。たしかに電子書籍は、コミックを読むには最適なツールだろうなと感じたからです。その後、知人が持っていたiPadでコミックを見せてもらったのですが、見やすさもページのめくりかたも含め、とてもフィットします。

つまりデータを見るまでもなく、電子書籍はコミックとの親和性がとても高いということ。

では、「文字もの等」についてはどうでしょうか? 改めて指摘するまでもなく、こちらとの相性は非常によろしくないと認めざるを得ないでしょう。では、なぜなのか? 僕が思うに、それは「感覚」です。

  • ・手に持ってみたときの、ずっしりとした重み
  • ・表紙や装丁の美しさ
  • ・紙の匂い
  • ・ページをめくる際、指に伝わる紙の質感

本の絶対的な魅力であるこれらはどれも、電子書籍には再現不可能なものばかり。欧米では「質感」を電子で再現しようという試みがなされているというような記事をどこかで読んだ記憶もあるのですが、どれだけ「近く」なったとしても、バーチャルなものであることに変わりはありません。

似たような気分にはなれるかもしれないけれど、どう考えても、それは再現できるものではないのです。

そして、もうひとつ大切なポイントがあります。新しい本のページを開くとき、人の心のどこかでそれは、多少なりとも「過去の記憶」と直結するということ。

たとえば岩波の立派な単行本を買ってもらったとか、学校の図書室で見たこともないような本に驚いたとか、子どものころのそういった記憶は、多くの人の記憶の中に多少なりとも残っているはずです。

だからこそ、いまでも新たな本をめくると、そうした記憶の断片が、頭の端のほうをかすめていく可能性があるわけです。

たったそれだけのことではありますけれど、それはとても重要なことだと思えてなりません、つまり、過去と現在をつないでくれる「記憶」との関係性もまた、紙の本にしかない魅力だということです。だからこそ、「電子書籍は必要ない」とあえて言いたい気持ちが、僕の中にはあるのです。

……と、このまま感動的に終わらせることができれば美しいですよね。ところが困ったことに、そうもいかないのです。もしも電子書籍を「必要ない」と断定してしまうとしたら、僕の中でひとつの矛盾が生まれてしまうことも、また事実だから。

なぜかって? 単純な話で、僕がこれまでに出してきた本も、何冊かが国内外で電子書籍化されているからです。つまり、微々たる額ではあるけれど、ときどきその印税が振り込まれることもあるのです。だとすれば、電子書籍から多少なりとも収益を得ている人間がそれを否定するのはおかしいということになるわけです。

電子書籍で読んでくださる方がいるという事実も、やはり、ありがたいしね。

「いや、でも、そういう問題ではなく、質感や記憶の……」と躍起になって強調してみたところで、そこには中途半端なスパイラルが生じてしまうということ。だから、そう考えた途端に、かっこよくまとめることができなくなってしまうのです(歯切れが悪いなー)。

しかし、現時点ではうまくまとまらないからこそ、10年後に電子書籍がどうなっているのかは、なかなか興味深いことでもあります。

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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)ほか多数。

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