Facebook
Twitter
RSS

よみものどっとこむ

スポンサーリンク

第16回

ビニール傘は必要ない

2017.12.28更新

読了時間

【この連載は…】めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。

打ち合わせを終えて外に出たら、予想外の雨。大雨というほどではないのだけれど、濡れて帰るのもなんだかなーという程度には降っている――。たとえばそんなとき、ついコンビニに寄って買ってしまうのがビニール傘です。

もちろん、どう考えてもあれは安っぽい。決して見栄えのいいものではありません。とはいえ、いちいちそんなことは考えないのが普通だし、そもそも持っている人は圧倒的に多いのです。

だから、持っていたところで、特に目立つということもないわけです。

ましてや、「持つのが恥ずかしいから」とずぶ濡れになって歩くのだとしたら、そっちのほうが何倍も恥ずかしいはずですしね。というわけで、僕も少し前までは、ことあるごとにアレを買ってしまっていたわけです。

でも我が家の場合、妻がそれを許してはくれませんでした。雨が降るたび自宅の傘立てにビニール傘が増えていくことに、少なからず不快感を抱いていたようなのです。

いや、充分に納得できる、至極まっとうな考え方だと思います。たしかに、せっかくきれいに掃除した玄関にペラペラのビニール傘が何本も置いてあったとしたら、そりゃ嫌で当然ですもんね。

ただ、その結果として妻が持ちかけてきた提案に、僕はちょっと納得できなかったのです。いや、納得できるとかできないとか、そんなに大げさなことではないのですが。

つまり、彼女はこう言ったのです。

「ビニール傘って好きじゃないし、雨が降るたびに買ってたんじゃお金がもったいないじゃない。だったら、折りたたみ傘をバッグのなかに入れておけばいいんじゃない?」

そして、一本の折りたたみ傘を差し出したのでした。

つまり好みの問題なのですけれど、折りたたみ傘というものが僕はあまり好きではないのです。

雨が降ってきたとき、バッグから出してさす。その行為自体は、別にいいのです。ましてや使い心地に不満があるわけでもありませんし。

ただ問題は、「使い終えた折りたたみ傘をどうすべきか」ということなのです。笑われそうですが。そのことで僕はいつも苦悩してしまうのです。

まず、濡れた傘を小さく折りたたむのは厄介。しかも濡れてしまった以上、それをふたたびバッグのなかに入れるわけにもいかない。だから持ち歩くしかないのだが、それは気分がよろしくない……。

ってなことをウジウジ考えていると、なんだかもう、折りたたみ傘に関するすべてのことを面倒くさく感じてしまうというわけです。そして、折りたたみ傘について考えることを、すべて放棄したくなってくるのです。

「君はたしかに、不要なときは小さくなっているから邪魔にならないし、雨が降ったらいい仕事をしてくれる。感謝しているよ、基本的にはね。でも、だからといって僕は、雨がやんだあとの君の人生まで面倒を見る気にはなれないんだ」

折りたたみ傘に人生があるかどうかはわかりませんが、つまりはそんな感じ。

とはいえ、妻の言い分にも納得はできていたのです。お金がもったいないと感じる気持ちもわかるし、「モノ」としての魅力がないこともわかる。それどころか魅力とは無縁なのだから、「大切にしよう」という思いを持つことも難しい。

まったくもって、そのとおりですよね。だからどうすべきか考えた結果、ひとつの画期的な答えに行き着きました。

簡単なことで、いい傘を買えばいいわけです。そりゃ、ビニール傘にくらべりゃ多少は値が張るかもしれません。でも、なくしたって気にもならない500円かそこらのビニール傘ならともかく、それなりの値段で購入した傘であれば、なくしたくないから大切にするはず。だったら、そのほうがいいに決まっています。

当たり前の話なんだけど、なかなか気づきにくいことでもあるのでは?

そんなわけで、我ながらとってもいいことを考えた気がして、さっそく妻に上記の考え方を伝え、「いい傘を買ってきて」とリクエストしたのでした。

そしてほどなく、見たことのない一本の傘が我が家の傘立てに置かれました。僕が頼んだとおり、妻が新しい傘を買ってきてくれたのです。

黒いその傘は、生地も厚め。中棒(シャフト)は太く頑丈で、柄の部分はがっしりとした木でできていました。

高級で、いかにも高そうです。見た感じ、1万円ぐらいはしそうです。そこまで奮発してくれなくてもよかったんだけどなぁ。しかし、いいものを持つと、たしかに悪い気分ではありません。

そんなことより驚いたのは、使い心地のよさです。開くとビニール傘よりもはるかに大きいので、しっかり雨から身を守ることができます。ビニール傘にくらべればちょっと重たくはあるけれど、そのぶん重厚感があります。

持っているだけで「いいものだな」と納得できるので、当然のことながら「なくしたくない!」という気持ちが強くなります。ビニール傘を使っていたころは、どこかに置き忘れることも少なくなかったのですが、新しい傘を持ち歩く際には、「そこにある」ことを意識するようになりました。

いい傘を持ったおかげで、すべてがうまくいくようになったわけです。雨の日が楽しみになったほどです。そしてこのことがあってから、僕のなかに「ビニール傘は必要ない」という価値感が根づいたのでした。

安くて質のよくないものをいくつも買うより、多少値が張ったとしても、いいものを持ったほうがいいということですよね。

だから、その傘を愛用するようになってしばらく経ったころ、ようやく妻に感謝の言葉を伝えました。

「ありがとう。やっぱり、いい傘は違うね」って。

そうしたら、返ってきた答えがなかなか衝撃的だったんですけどね。なにしろ、

「えっ、あんなの西友で1000円ぐらいで買ったんだよ」

というものだったのですから。

……いや、しかしそれでも、ビニール傘はやっぱりいらないや。


  1. 0
  2. 15
  3. 16
  4. 17
  5. 25

スポンサーリンク

シェア

Share

著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)ほか多数。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)

矢印