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よみものどっとこむ

第2回

もうCDは必要ない

2017.09.20更新

読了時間

【この連載は…】めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。

僕はずいぶん前から、音楽を聴く際にはストリーミングサービスのApple Musicを利用しています。PCはずっとMacを使っていますし、スマホもiPhone。早い話が(意識低い系だけど)Apple大好きなので、複数のストリーミングサービスがどどっとスタートしたときにも、そこからApple Musicをチョイスするのはある意味で当然のことだったわけです。

現時点でApple MusicのGUI(グラフィカル・インターフェイス)はベストとはいえない(むしろひどい)のですが、それはそのうち改善されることでしょう。それに僕にとっては、「もはや使い慣れてしまっている」ということが大きいんですよね。

別にAppleから広告費をもらっているわけではなく(もらっているわけがない)、単純に好みの問題です。AWAやLINE MUSICも試してはみたけど、いまいち僕にはしっくりこなかったし。Spotifyにいたっては、もちろん試してはみたものの、そもそもローンチがあまりにも遅すぎてモチベーションが萎えてしまったし(そう、タイミングって大切なんですよ)。

ともあれ、おそらく今後もApple Musicを使い続けるでしょうし、そもそも、もはやストリーミングサービスなしでは生きられなくなったといっても過言ではないのです。最新のトレンドはすぐにチェックできるし、ジャンルごとに新作も聴き放題。一昔前にはレアだといわれていたアルバムも普通にあったりするので、聴きたいものはほぼフォローできるわけです。

しかしその一方、僕はアナログ・レコード(以下アナログ)のファンでもあります。音楽はアナログで聴いてきた世代だということもあり、いまでも愛着があって。デジタルには再現できない温かみのある音質も好きだし、30㎝ × 30㎝のサイズ感も、音楽を聴きながら眺めるにはちょうどいいんですよね。

それに僕は遊びでDJもやっているので、それもアナログに執着する理由になっています。

いまDJの主流はデータで、特にアナログに近いプレイをするヒップホップ/R&B系のDJであればRANEの「SCRATCH LIVE」などを使用するのが一般的です。PCに取り込んでおいた音源をインターフェイスに通し、アナログのようにターンテーブルを使ってプレイするというスタイル。

あれは慣れれば楽なんでしょうけれど、PCの画面をチラ見しながらDJをするのって、個人的にはどうもしっくりこないんですよねー。だからいまでも、DJをするときには重たいレコードをかついで出かけるわけです。ムダなことしてるなーと思うこともあるけど、アナログが好きなので。だから、少なくとも僕にとってそれはムダではないということ。

それに、たとえばストリーミングで聴けたとしても、あえてアナログで持っておきたいというものもありますしね。

さて、そんなわけですから、現在の僕の音楽生活はストリーミングとアナログで成り立っています。と、ここまでお読みになって気づいたことはありませんか? そう、ひとつ欠けている音楽メディアがありますよね。いうまでもなく、消えて久しいMD抜きでの話ですが。

そう、CDです。

「AKB商法」というやつがまかり通っている日本は、世界各国からは「いまだにCDが売れる珍しい国」と見られている部分があります。

一方、日本独自の文化として「紙ジャケ」というメディアもあります。CDサイズの紙製ジャケットによって、「LP気分」をコンパクトに楽しもうという意図から生まれたもの。数年前には、中年世代を中心とした紙ジャケブームもありました。

もっともAKB商法の場合、CDは握手会などに参加するための「特典」にすぎません。また紙ジャケもやはりブームに過ぎず、いつしか忘れられつつあるメディアに成り果てています。そう考えると、この両者はCDの今後を占ううえではさして重要ではないことがわかります。

つまり、ストリーミングが主流となりつつある音楽市場において、CDの居場所はもうほとんどないのです。「それでも俺はCDを裏切らないぜ!」という人もいるでしょうが、そういう方はむしろ少数派。CDがもはや存在する「理由」を失っているという事実は、どうやっても否定できないのです。

事実、僕の書斎でも、数年前からおかしなことが起きています。いまこの文章を書いているデスクの背後は一面のCD棚になっているのですが、後ろを振り向いて棚からCDを出してこなければならない音源はApple Musicのなかにもたいていあるので、CD棚に近づく理由がないのです。

しかも、データ上はどうだか知りませんが、聴感上はCDのほうが音質的に優っているとも思えません。ましてやクリックするだけなのですから、使い勝手はストリーミングの圧勝です。

そもそも、コンパクトサイズだとはいえ、数が揃えばCDもかなりスペースを奪います。しかも上部にホコリがたまりやすいので、しばらく触っていなかったCDを出したりすると、指が中途半端に汚れて非常に気持ちが悪い。

そう考えると、本当にCDの存在価値を見出すことができないのです。だから数年前から段階的にCDを処分しはじめ、いまではだいぶ減りました。かつては5000枚ぐらいあったのではないかと思うのですが、いまでは1000枚あるかないかというところ。しかしそれでも、まだまだ多すぎると思っています。だから、もっと削っていくつもりです。

「本当に、それがないと生きていけないのか?」

現代を生きていくうえで、そして環境を少しでもシェイプアップするために、これは非常に重要な問いかけだと思います。そしてそう考えると、少なくとも僕にとってのCDは、もはや不要なものでしかありません。なぜなら、もしも明日CDがこの世から消えたとしても、音楽を聴くにあたってまったく困らないから。ここは非常に重要なポイントで、そういう観点から考えると、「それが自分にとって必要か否か」がわかってくるのです。

そういう意味では、これはCDだけに限った話ではありません。「それがないと生きていけないのか?」という視点を持つことは、いろいろな事象について重要なポイントとなるのです。

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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)ほか多数。

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