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よみものどっとこむ

第28回

朝の民放テレビ番組は必要ない

2018.05.09更新

読了時間

【この連載は…】めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。

我が家では少し前まで、朝に某民放テレビ局の朝番組を見ていました。いや、見てはいませんでした。決して見たくはなかったからです。

が、ついていたのだから仕方がありません。「チャンネル変えていい?」と言っても却下されたのだから仕方がありません。

当時は小学生だった娘が、「担任の先生が勧めるから」という理由で見るようになっていたからです。

しかし申し訳ないのですが、僕はその番組がとても苦手でした。いや、その番組に限らず、同じ時間に民放で放映されているすべての「情報バラエティ」(微妙なカテゴリーですよね)も同じだと思うのですが。

朝は、1日のはじまりです。
だから、

朝は、1日のうちでいちばん爽やかな時間(であるべき)です。
朝は、1日のうちでいちばん晴れやかな時間(であるべき)です。
朝は、1日のうちでいちばん穏やかな時間(であるべき)です。

なにしろ、「男は敷居を跨げば七人の敵あり」と言われているのです。外に出れば七人も敵が待っているとしたら、その人たちを倒すのは、そうそう楽なものではないと思われます。

もっとも僕は自宅で仕事をしているので、あんまり関係なさそうなのですが。

しかし、それでも締め切りに追われる毎日なのです。そのため朝は心を落ち着け、英気を養っておく必要があります。

まずは冷たい水で顔を洗い、着替えてから冷たいトマトジュースで頭を引き締めます(オススメはカゴメの無塩のやつ)。軽く食事をしたら、コーヒー片手に朝刊に目を通します。いかにも、静かな空気が流れていてほしい時間です。

BGMとしては……グールドが弾くバッハの「パルティータ」あたりがいいでしょうかね。そう、落ち着いた感じで。

窓の外からは、小鳥の声が聞こえてきます。現実的にはカラスのほうがうるさいのですが、それなりに落ち着いた朝です。

にもかかわらず、画面の向こうにいるあいつら、いや、あの方々は、そんな時間から大声出してゲラゲラ笑って騒いでいるのです。
ちょっと信じられない。

激動する現代においては、政治、経済、社会、気候などについて、「いますぐに伝えなければならない」世界規模の大ニュースが絶え間なく届きます。

朝、ニュースアプリの更新メッセージで目を覚ますと、スマホの画面に驚くべきニュースが表示されていて、ビックリすることも少なくありません。

しかしそんなときでも、彼らはその大ニュースをすぐに報道せず、とんこつラーメンランキングを特集したり、YouTubeから買ってきたビックリ動画を垂れ流ししたり、どこかの街で犬を散歩させたりしています。

正直、ものすごく神経を逆撫でされます。
報道メディアとは、いったいなんなのでしょうか?

などと書くと「オッサンがついていけないだけでしょ」とか、「年寄りくさい意見だ」とか言われそうですが、そういうことではなく、これは「知性」の、あるいは「状況判断能力」の問題です。

逆にいえば、本来は第一に優先されるべき「知性」や「状況判断能力」が、
彼らには圧倒的に欠如しているわけです。

「だけど数字がねー」

なるほど、民放すなわち民間放送局である以上、「数字」をとることは最優先すべき問題なのでしょうね。見てもらえなければ数字はとれないし、数字がとれなければビジネスとして成り立たないのですから。

だからそんな現実が彼らを、朝っぱらからどんちゃん騒ぎをするような方向に進ませてしまうのかもしれません。

でも、そういうものを流せば、視聴者は本当に満足するのでしょうか? 本来であれば当たり前すぎるそういったことを、改めて真剣に考えてみるべきだと思います。

僕は民放テレビ業界の裏事情に詳しいわけではありませんが、それでも「現場にいる人たちは思考停止状態にあるんだろうな」と感じずにはいられません。

なんとなくウケそうなものを大騒ぎして流しておけば、とりあえず「数字」はとれるだろう。きっと、その程度の意識しかないんだろうなという感じ。

でも実際のところ、そんな番組は朝に必要ないし、それを「情報番組」と呼ぶこと自体が笑わせると個人的には思います。

もちろん彼らも“彼らなりに”「厳しい事情」をそれなりには感じているのでしょうけれど、まだ圧倒的に意識が低すぎます。ひとりひとりが、本当の意味で追い詰められていないような気がします。反論もあるでしょうが、そうでなければあんな番組をつくれるはずがありません。

このコラムを民放の人が読んでいるかどうかはわかりませんし、読んでいない確率のほうが高いかもしれません。しかしそれでも、あえて言いたいのです。

あんな無意味な番組は、絶対的に必要ないと。

そして、少なくともこうした現状が続いていく以上は、僕たち視聴者にも適切な情報収集力が必要なのかもしれません。

たとえば、
・その番組を見ることをやめ、自分のニーズに見合った番組に切り替える
・テレビを消し、ラジオを情報収集源にする
・テレビもラジオも聞かず、新聞やネットニュースに頼る
・現状の朝の情報番組を見るのであれば、ニュースの時間だけに集中する
など。

いずれにしても、情報収集の手段を「限定」すれば、それだけニュースに対する向き合い方(感性)も研ぎ澄まされていくのではないでしょうか? 発信源が変わらないのであれば、こちらが変わればいいということです。

なお冒頭に、「我が家では少し前まで、朝に某民放テレビ局の朝番組を見ていました」と書きました。つまりは過去形です。というのも、娘が小学校を卒業したころから、なんとなくこの習慣が消えていったのです。

いいことだ。

おかげで、最近は穏やかな朝を迎えられるようになりました。目下のところ、NHKの朝ドラ『半分、青い』を見るのが楽しみです。


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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)ほか多数。新刊は『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)

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