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それはきっと必要ない 曇った思考がクリアになる”絞り込む”技術 印南敦

第34回

読書コンプレックスは必要ない

2018.06.20更新

読了時間

めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。
「目次」はこちら

手前味噌ではありますが、つい最近、新刊を出しました。

そこで、今回はそのことについて書かせてください。というのも、この本の内容が「必要ない」ものにつながっていくからです。

タイトルは、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)といいます。タイトルから想像がつくとおり、「読んだ本の内容を覚えられない」「覚えたつもりでも、いつの間にか忘れてしまう」というような悩みを抱えた方に向けて、読書に関する想いを綴った新書です。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、僕はこれまでにも、読書に関する本を何冊か出してきました。まずは、2016年2月発行の『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)。これはずばり、「読むのが遅い」というコンプレックスを抱えた人に向けたもの。おかげさまで、3万部超のべストセラーとなりました。

それから、2017年3月の『世界一やさしい読書週間定着メソッド』(大和書房)。こちらは、「本を読みたいんだけど、どうも長続きしない」「読書習慣がつけられない」というようなことで悩む方へ向けて書いたものです。

そして今回は、「覚えられない」人向けというわけです。が、おわかりのとおり、すべての本に共通する部分があります。

「読むのが遅い」「長続きしない」「覚えられない」と、どの本も“読書にまつわるコンプレックス”を抱えた人をターゲットにしている点。

しかし、あえて極論を言えば、「“読書にまつわるコンプレックス”を抱えた人=すべての人」と解釈することができると思っています。つまりたいていの人はなんらかのかたちで、読書にコンプレックスを持っているものだということ。

・そもそも、読んでもなかなか進まない(読むのが遅い)
・だからつらくなってきて、結局はあきらめてしまう(長続きしない)
・それに、読んだはしから忘れてしまう(覚えられない)
・だいいち、なにを読んだらいいのかわからない
・漠然と興味を持っている興味のある本はあるけど、その本が世間的に評価されているのかどうかがわからないから、なんとなく手を出しづらい
・読みたいんだけど、「そんなの読んでんの~?」とバカにされたらどうしよう
・そうやって考えていくと、「別に本なんか読まなくてもいいかな」という気持ちにすらなってくる

というような悪循環。

多かれ少なかれ、誰でも一度はぶちあたり、それどころかなかなか越えることのできないハードルなのではないかと思うわけです。

でもね、たぶん、そういったコンプレックスは必要ないのです。いや、「たぶん」ではなく「確実に」。

なぜなら本を読もうというとき、(たとえそれが仕事のためであったとしても)その読書は「自分のためのもの」だからです。そこからなにかを得るのは、他人ではなく自分なのですから当然です。

そして自分のためのものだとしたら、重視されるべきは自分自身の快適性です。

読書は修行ではないのですから、「読むのが遅い」とか「覚えられない」などということで悩む必要はないのです。そんなことで悩んでいては、時間がもったいないのです。

他の誰かにくらべて読むのが遅かったり、記憶力が悪いように思えたとしてもまったく問題なし。なぜなら、それが自分のペースであり、自分らしさだからです。

それは、「読書ペースが速く、ばんばん覚えられる」人より劣っているということではありません。優劣をつけられるものではなく、そんなことよりも大切なのは、自分らしさを守ることです。

なぜって、それが読書を楽しいものにしてくれるのですから。なのに無理をしてしまうから、「長続きしない」という状態に陥ってしまうだけのこと。

だから、自分のための読書に関しては徹底的にワガママになるべきです。人になにを言われようが気にせず、自分らしさを守り通すべきです。

たとえば、何度も同じ箇所を読みなおしてしまう癖が抜けなくて、一日かけたのに1ページしか読めなかったとしましょう(実は僕だって、本の性質によってはいまだに似たようなことがあります)。

でも、その超スロー・ペースのなかで、なにかひとつでも心に残るものを得られたのであれば、それでいいのです。

考えてみてください。

本一冊、すなわち100%を吸収しようとして、暗記に近い状態ですべてを頭に入れたとしても、それは一夜漬けの試験勉強と大差ありません。なにしろ「覚えること」が目的になっているのですから、それ以上のなにも残らない可能性があるわけです。

でも、もし100%のうち99%を忘れてしまったとしても、残りの1%が強烈に記憶に残っていたとしたらどうでしょう? だとしたら、その読書は大成功だと僕は思います。

機械的に100%を覚えて短期間で忘れてしまうより、その1%をいつまでも覚えていることができて、結果的になにかを得ることができたのなら、それは大きな価値だと言えるからです。

「記憶できた量」の問題ではなく、大切なのは「記憶できたものの質」だということ。

それに「覚えられない」問題に関していうと、「そう思い込んでいるだけ」である可能性の大きさを無視できません。

つまり本当は覚えられるのに、「覚えられない」と決めつけているからこそ、「覚えられないような気になっている」だけだというケースは少なくないのです。

そして、その本の内容を記憶に残したいのなら、(もちろん静かな部屋で読むのも悪くありませんが)、あえて外に出て、どこか別の場所で読むことをお勧めします。

電車のなかでもどこでもいいのですが、たとえ集中していたとしても、人間は無意識のうちに周囲にも気を配っているものだから。

つまり、読みながらまわりの状況も意識している。だから、読んでいる本の内容と、そのとき周囲にあった情景が連動しやすいわけです。たとえば、こんな感じ。

「このクライマックスの部分を読んでいたとき、ちょうど赤羽の駅に着いたんだったよな。本の内容が赤羽っぽくなかっただけに、よく覚えてる」
「『ここで集中しよう』と意気込んだとき、目の前のおじさんがおおきなクシャミをしやがったんだよなぁ」
「本にぐいぐい引き込まれているときに限って、車内で喧嘩が始まったんだよ」

などなど。

「目の前にきれいな子がいた」でもかまわないのですが、外に出て読む以上、その読書はなんらかのかたちで外部のシチュエーションとつながらざるを得ないということ。

だから、そこで得た視覚情報がインパクトとなって、本の内容と連動する(このページを読んでいるとき、○○が起こった、など)わけです。

だとしたら、それは結果的に「覚える」ことの手助けをしてくれることになります。つまりそうやって「読み方」を工夫してみれば、意外に覚えられるもの。そしてそれが、読書を楽しくしてくれたりもするわけです。

『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』で伝えたかったのも、つまりはそういうこと。

僕らは読書に対して少なからず「こう読まなくてはいけない」というような決まりごとをつくってしまいがちです。そして、そこにコンプレックスを感じすぎます。しかし、そもそも読書に決まりはありません。なのに縛られてしまうから、楽しいはずの読書がつらくなってしまうだけ。

だから、何度でも強調したいのです。

「読書コンプレックスは必要ない」と。

「目次」はこちら

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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)ほか多数。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)

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