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それはきっと必要ない 曇った思考がクリアになる”絞り込む”技術 印南敦

第40回

孤独な時間は必要だ

2018.08.15更新

読了時間

めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。
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SNSの話題を取り上げた前回は、「こんなに素敵な日常を過ごしているんだ」ということを必要以上にアピールしすぎる人がいるのではないかということに触れました。

で、それからまた考えたのですが、その結果、ひとつの仮説に至ったのです。SNSで「幸せアピール」しすぎる人の何割かは、もしかしたら「孤独」が怖いのではないだろうかということ。

もちろん、それは“何割か”の話であり、すべてのSNSユーザーがそれに該当すると言いたいわけではありません。満たされた人間関係のなかにいる人だって、当然いるでしょうしね。

と書いて思い出しましたが、つい最近も芸能人の女の子が、お金持ちの恋人とのツーショット写真をSNSに載せまくったとかで、やたらと叩かれていましたね(という認識で正しい?)。たとえば、ああいう人の「幸せアピール」の場合は、こうした考え方には当てはまらないのでしょう。

ただ芸能人などは別としても、強く「幸せアピール」をしたがる何割かの一般SNSユーザーの心のなかには、「自分は孤独じゃない」ことを伝えたいという思いがあるのではないかと感じてしまうのです。

ぶっちゃけ、そんな推論は「余計なお世話」でしかないでしょう。本人はそうしたいからしているのであって、僕のような外野になにかを言われる筋合いはないのですから。

それはわかっているのだけれど、しかし個人的にはどうしても、「そういうもんかなぁ?」と純粋に疑問を感じずにはいられないのです。

なぜって、孤独でも別にいいと思うから。
少なくとも、ときには孤独な時間も必要だと感じるから。

そもそも、孤独な時間を過ごしている人のことを、「あの人、孤独〜ぅ!」みたいな感じで茶化す人なんてあんまりいないはずです。いたとしても、そういう人こそ周囲から距離を置かれ、孤独に浸るべきでしょう。

そして、孤独な状況を純粋に楽しめる人は、周囲の目をあまり気にしないものでもあります。それだけ、心に余裕があるということなのでしょうね。

逆にいえば、孤独を恐れる人は、それだけ自分に自信がなかったり、精神的に余裕がなかったりするということなのではないでしょうか? その余裕のなさが、過度な「幸せアピール」などにつながっていってしまうこともありうるのではないでしょうか?

その気持ちも、わからないではありません。自信や余裕があるならともかく、ないのであれば、孤独であることに不安を感じて当然だからです。

けれど、それでもひとりでいなければいけないという状況はあるものです。だとしたら、それを楽しもうという方向に考え方をシフトしたほうが楽であるはず。

あるいは、いつも複数の人たち(家族を含む)と一緒だから、ときにはあえて孤独な時間をつくり、それを楽しむべきだという考え方だってあるでしょう。

かくいう僕も、どちらかといえば、ひとりでいる時間は好きなほうです。事実、この原稿を書いている現在はお盆休みのまっただなかで、家族はみんな出かけています。

昨晩からひとりだし、この状態が明日まで続きます。厳密にいえばセキセイインコは近くにいますが、僕は基本的にインコになめられているので、あまり相手にしてはもらえません(寂しいじゃねぇか)。

でも、それは貴重な時間でもあると思うのです。

僕は家族が大好きで、家族なしでは生きていけないタイプの人間です。けれど、だから常に家族と一緒にいたいと思うかといえば、それはまた別。

家で仕事をしているので、一般的なお父さんよりも家族と過ごす時間は多いほうではあるのですが、そんな日常だからこそ、ときどきひとりになると「孤独な時間も大切だなぁ」と新鮮に感じるのです。

とはいえ、それは僕のような自由業者だけではなく、どんな仕事をしている方にもあてはまることでしょう。ましてや家族と暮らしていようが、ひとり暮らしであろうが、それもあまり関係のないこと。

状況がどうであれ、孤独を楽しむ余裕はなるべく持ちたいし、「ひとりでいるのは嫌だ、寂しい」という人であっても、孤独な時間を楽しむ習慣を身につけたほうがいいと思うのです。

では、孤独な時間を持つことができると、どのようなメリットがあるのでしょうか。たとえば、こんなことが挙げられると思います。

・人に気を遣わなくてすむ
孤独な時間の最大のメリットは、おそらくこれです。一緒にいる人がいないと、寂しくなったり悲しくなったりしますが、その反面、誰かがいるとしたら多くの場合、相手に気を遣う必要性が少なからず生じるものです。でも、それはけっこう面倒くさいものでもあります。しかし、孤独な時間には、そんなことをする必要はないわけです。

・趣味など、自分の好きなことに没頭できる
家族と過ごしていると、なかなか趣味のために時間が費やせないということもあるでしょう。また、友人と一緒にいても、つきあいを優先せざるを得ないという理由で、思うように好きなことに時間が割けないということはあるもの。しかし孤独な時間には、誰にも邪魔されずにすみます。

・「やらなければならないこと」に集中できる
それが仕事であれなんであれ、「やらなければならないこと」は常にあるもの。しかし、ひとりになれないと、それに集中することは困難になります。でも、孤独な時間を活用すれば、それらをこなしやすくなるはず。邪魔されることもないので、効率的に進めることも可能になります。

・じっくり考えることができる
他者が介入しない孤独な時間には、いろいろなことを考えることができます。たとえば僕は車で移動するとき、あえて高速道路を使わず、下の道を通ることがあります。当然ながら時間は倍くらいかかるのですが、それは“考える”ための重要な時間となるわけです。

・気持ちに余裕が持てる
たしかに、孤独だと寂しさを感じるかもしれません。しかし発想を変えてみれば、それが精神的な余裕につながっていくことにも気づけるはずです。他者が入り込まない時間なのですから、面倒な人間関係などに翻弄されることなく、ゆったりと過ごすことが可能。結果として、気持ちに余裕が持てるのです。

他にもまだまだあるでしょうが、たとえばこのように、孤独な時間のメリットは少なくありません。そして、こういう時間は意識的に持つべきだとも思います。

慣れないうちは、たしかに寂しいと感じることもあるでしょう。しかしその反面、常に「つきあわなければならない」という義務的な人間関係(いやな表現ですが、それは現実的にあるものです)に縛られているとしたら、それはそれでつらいものでもあります。だからこそ、ガス抜きの時間が必要なのです。

かといって、SNSでの自己アピールをやめろということではありません。したいならすればいいしし、友だちとの楽しい時間に撮った写真をアップするのもアリでしょう。でも、それ以外に、孤独な時間も持ったほうがいい。

誰かに話すことで初めて気づくことがある一方、ひとりになってみないとわからないこともあるからです。だから、孤独な時間は必要だと言いたいのです。

でも、孤独な時間、特に作業や思考に集中したいときには、できるだけインターネット環境を遠ざけたほうがいいとも思います。いうまでもなく、放っておくとYouTubeなどをダラダラと眺めてしまいがちだから。

なにを隠そう僕にも、そうやって無駄に時間を浪費してしまった苦い経験があるんですよ。

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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)ほか多数。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)

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