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それはきっと必要ない 曇った思考がクリアになる”絞り込む”技術 印南敦

第48回

レンタルDVDは必要ない

2018.10.31更新

読了時間

めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。
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いまや、映像ストリーミングサービスもすっかり定着しましたね。決して高くはない定額を支払えば、映画もドラマもドキュメンタリーもアニメも好きなだけ見られるのですから、人気が出るのも当然です。

しかも既存コンテンツだけではなく、各社がそれぞれ力を入れているオリジナルコンテンツも非常に魅力的。ドラマでもハリウッド映画並みに完成度が高かったりするので、一度チェックしたら、ついつい続けて見てしまうことになってしまうわけです。これは、うれしい誤算というべきでしょう。

そういえば今度Huluで、ヒップホップ・グループ、ウータン・クランのドラマがスタートするらしいですね。大好きなグループなのでとても気になっているのですが、現時点でNetflixとAmazonプライム・ビデオと契約しているのでこれ以上契約を増やすわけにもいかず……。そんなわけで、諦めるしかないなーと枕を涙で濡らす日々です。

でも、どういう事情があるのかは知りませんが、ヒップホップなどのブラック・カルチャーを題材にした作品に関しては、いまのところ突出しているのはNetflixだと思っています。既存の映画はもちろんのこと、少し前に大きな話題を呼んだヒップホップ・ドラマ『Get Down』など、他では見られないオリジナル・ドラマが非常に充実しているからです。

オリジナル・ドラマではないけれど、最近ではラッパーのチャイルディッシュ・ガンビーノことドナルド・グローヴァーが主演・監督・脚本を手がけたドラマ『Atlanta』もNetflixで配信されているので、そちらも見逃せないところではあります。

それにしても、テクノロジーの進歩ってすごいなぁと、つくづく感じます。特に思うのは、視聴環境関する価値観の変化。少し前までは、パソコンで映画を見ることに抵抗がありませんでした? たぶんそれは、他に手段がなかったからだと思うのです。

「パソコンでしか見られないから、仕方なく見ているだけ。でも本当は、大きな画面で見たい」というような。

でも、もはやそれも過去の話。いまではNetflixもAmazonプライムビデオもテレビの画面で見られますし、そうでなくとも僕らユーザーの感じ方も、いつの間にやら大きく変化していたわけです。

気がつけば、パソコンの画面どころか、スマホで映画を見ることにすら抵抗はなくなっていたということ。現実問題として、もう抵抗なんかまったくないという方は少なくないのでは?

理由としては、次のようなことが考えられます。

1:パソコンやスマホの画質が格段に向上した
2:場所や時間を選ばない
3: (スマホだと特に)プライベートな楽しみ方を独占できる

端的に言えば、パソコンやスマホの技術的進化が、動画コンテンツと視聴者との距離を著しく縮めたということです。そういう意味で、特に大きなポイントは1だと思います。

いまではパソコンもスマホも、ついつい引き込まれてしまうほど画像が美しくなっているので、かつてのように「映画をパソコンで見るってーのもなー」というような抵抗感を抱く必要もなくなったわけです。

しかも通勤電車内であろうがベッドのなかであろうが(目にはよくないけどね)、好きなとき、好きな場所で楽しめる。そして他人に介入されることなく“自分と作品だけの世界”にどっぷりと入り込めるわけですから、そりゃ楽しくて当然だということです。

しかし、ここまで利便性や快適性が身近なものになってしまうと、どう考えても必要ないとしか思えないのがレンタルDVDです。

「見たい映画があったらレンタル店に行って借りてくる」とか、「とりあえず店に足を運んで、おもしろそうなDVDを探す」というライフスタイルは、つい最近まで当たり前のものでした。

ところがわずか数年で、状況は大きく変化しました。ほとんどの作品はストリーミングで見られるのですから、わざわざ店まで行く必要はもはやないということ。

それに、そもそもDVD自体が(CDがそうであるように)完全に時代から取り残されたメディアだといっても過言ではないのです。だとすれば、どれだけ格安でレンタルをしたとしても、もはやビジネスモデルとしてそれは成立しないところまで来ているわけです。

だから駅前の大手レンタルDVDショップに入っていく人や出てくる人を見るたび、「まだ需要があるのかー」と不思議な気がしていました。僕自身はかなり前からレンタルDVDショップに行かなくなったので、よけいそう感じるのかもしれませんけれど。

で、そんなことを考えていたらレンタルDVDの現状が気になってきたので、その大手チェーンのサイトを覗いてみたのですが、ちょっと驚きました。

なぜならその最大手レンタルチェーンも、すでに動画配信サービスを始めていたからです。いや、ご存知の方もきっと多いはずで、つまり僕が知らなかっただけなので、「なにをいまさら」という感じかもしれません。

けれど、やはりビックリしたのです。そうなるとますます、「実店舗がある意味」はなくなっていくはずだからです。

なのに、どうして実店舗はなくならないのでしょうか? おそらくそれは、おもに地方においては、「家族や友だち、恋人などと、クルマでDVDを借りに行く」という文化が根づいているからなのだろうなと思います。

いいかえれば、「DVDを借りる」ということよりも、「DVDを借りに行く」というイヴェント性が残っているのだろうということ。さしたる用もなく、夜にクルマでドン・キホーテに行くということと似たような話です。

ちなみに余談ですが、さっき書いた「僕自身はかなり前からレンタルDVDショップに行かなくなった」ということも、都心に近い場所に引っ越したタイミングでクルマを手放したことと関連しています。単純に、クルマでそのテのお店に行く機会が減ったということ。

それはともかくとしても、クルマ移動を前提としたライフスタイルのなかから「DVDを借りに行く」という部分だけが消えていくのはもはや時間の問題だと思います。ドン・キホーテにクルマで行くとしたら、そこで意味を成すのは「行く」という行動です。行動があるから、それは楽しい時間になるのです。

でも、DVDが映像ストリーミングサービスに置き換えられたとしても、そうした日常的な楽しみが減るわけではありません。

いま、まだお店に足を運んでいる人は、単に映像ストリーミングサービスの利便性を知らないだけの話です。でも、かつて「ビデオを貸してくれる店ができたんだよ」という感じでレンタルビデオ店が浸透していったのと同じように、そういう人たちも近い将来、必ず映像ストリーミングサービスに移行するはずです。

そのほうが便利だからです。そして、いままでレンタルDVDショップで潰していた時間を、別ななにかのために活用できることになるかもしれません。そうすれば、日常はより充実したものになるでしょう。

つまりどう考えても、レンタルDVDは過去のものであるわけです。あ、もちろんレンタルCDも同じ。DVDにしてもCDにしても、時代から取り残されたメディアは消えていくという宿命ですね。それは、健全なことだと思います。

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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)ほか多数。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)

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