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よみものどっとこむ

第6回

蔵書は必要ない

2017.10.18更新

読了時間

【この連載は…】めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。

僕には書評家という肩書きがあります。「ライフハッカー [日本版]」「ニューズウィーク日本版」「WANI BOOKOUT」をはじめとする複数のウェブ・メディアや、「ダ・ヴィンチ」「PHP the 21」などの紙媒体で書評を書いているのです。

恐ろしいことに毎日締め切りがあるので、1日に1、2冊の本を読まなければすべてが破綻します。だから、「いま倒れたら、すべてが終わるなー」と常に思っているのですが、そんな状態で綱渡りのように何年も続けているのですからビックリ。しかしそんなわけなので、単純計算すれば年間の読書量は700冊くらいということになります。ですから当然のことながら、本の量も雪だるま式に増えていくのです。

仕事ですから、新刊は書店(アマゾン含む)でまめにチェックしていますし、仕事と無関係でも読みたい本はたくさんあります。また、視野は常に広げておきたいという気持ちがありますから、飲み会などの席で話題に出た本は、その場ですぐ買うことにしています。話を聞きながら、スマホ経由でポチッと買えちゃうんですから、現代の利便性は恐ろしいですよね。

また、それだけでなく、複数の出版社からも資料となる見本がほぼ毎日送られてきます。ですから必然的に、月に50~100冊程度のペースで本が増えていくのです。

学生時代から、本に囲まれた暮らしに対しては漠然とした憧れがありました。雑誌で著名人の書斎を見たりすると、「かっこいいなぁ」と感じたりしましたし。だから、いま本に囲まれた生活をしていることを、純粋にうれしく感じます。

ただ、その一方、いつしか正反対の気持ちも生まれてきていたのです。心のどこかで、「本をとっておいても、あまり意味がないよなー」と感じるようになったということ。

ちなみに、趣味で少しずつ集めている古書の場合は話が別です。古いものが好きな僕にとって、古書は本というよりも、たまにページを開いて見て懐かしい気分に浸るためのおもちゃみたいなもの。ここでいう「本」とは、新刊もしくは書店で普通に購入できる本だと考えてください。

それはともかく、なぜ「本をとっておいても意味がない」と感じるようになったのか? 理由はいたってシンプル。とっておいたところで、それをまた読むということは現実的にほとんどないからです。

もちろん本当に気に入っていて、たまに開きたくなる本だってないわけではありません。ただ経験からいうと、そう思わせてくれる本は100冊中数冊程度だと思います。ほとんどの本は、持っていたところで再び読む可能性は低いということ。小説などの場合はまた少し違うかもしれませんが、本当に好きなもの、手元に置いておきたいものでない限り、同じ小説を読むということはあまりないようにも思います。

それに、人それぞれの考え方ではありますけれど、本を積み上げておくだけの“積ん読(つんどく)”というライフスタイルにはほとんど意味がないと僕は思っています。いや、デスクにどんどん積み上がっていく本の山を眺め、ニヤニヤしていたような時期は僕にもありました(きもちわるいよ)。でも、そんな経験を経て、そこには意味がないという結論に達したのです。

本を取っておくとしたら、そこに求められるべきは、すぐに探し出せる“検索性”です。「必要だから取っておく」のであれば、なにがどこにあるのかを把握できていて、必要なときにすぐ取り出せることが必須条件だというわけです。でも積ん読状態だと、当然ながら必要なものを取り出すことは困難です。見つからないから、仕方なく同じものを買うなんてこともあるかもしれません。だとしたら、まさに本末転倒です。

本やレコードに囲まれた生活を続けてきた結果、あるときを境に僕は大きく変化しました。決して几帳面な性格ではないし、むしろ、だらしがない部類ではあります。しかしそれでも、そこそこに整理された空間でないと生活しづらいということです。「必要なものが取り出せない」のであれば、イライラもするし、探す時間がムダになるだけ。だとしたら、そこそこには整えておいたほうがいいわけです。

そして「本を所有する」ことに関しては、重要なポイントがあります。先に触れた古書などのコレクターズアイテムは別としても、「読み終えたから、なんとなく書棚に並べたままにしてある」本の大半は、すぐ買いなおせるということです。だとしたら積極的に処分して、必要になったら買いなおせばいいのです。

しかも、先にも触れたとおり、あとから必要になるというケースは稀です。経験的に、そういうことは年に一回あるかないかです。しかも買いなおすにしても、必ずしも新刊を購入する必要はありません。たとえばアマゾンのマーケットプレイスなどを利用すれば、状態のいい「新古書」を安価で入手することができます。あるいは、図書館を利用するという点もあるでしょう。

そう考えると、現代は必ずしも蔵書をとっておく必要のない時代だともいえます。趣味で本を集めているコレクターは別ですし、僕にとっての古書も必要なものです。しかし、そのような「蒐集」の領域に入るものでない限りは、置いておく必要はないのです。

そのぶん生活空間をすっきりと整理しておいて、必要なときになんとかすればいい。現実的に、そのほうが快適に暮らしていける気がします。

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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)ほか多数。

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