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よみものどっとこむ

第8回

たばこは必要ない

2017.11.01更新

読了時間

【この連載は…】めまぐるしくトレンドが変化する現代。改めて自分に必要なものは何かを見つめなおしてみませんか? 本連載では、作家・書評家の印南敦史さんが、大きなことから小さなことまで、日々の生活で気になった事柄をテーマに「なにが大切で、なにが大切でないか」を考えていきます。

数年前の、健康診断の問診での会話。

医師「たばこはお吸いになりますか?」
僕「いいえ、吸いません。45歳でやめました(ドヤ顔)」
医師「なるほど。すると、20歳から吸いはじめたとして、25年くらいお吸いになっていたわけですね?」
僕「……いや、それが……あの、15歳から吸ってたもんで……」

このあと、その女医さんが「なにも聞きませんでした」ってな感じで話題を変えたので、とても恥ずかしかったです。“忖度”しやがっ……いや、してくださったわけですね。

いや、そうなんですよ。実際のところ僕、15歳からたばこを吸っていたんです。事実なんだから否定のしようもない。そんな中途半端なことをしていたから、人生まで中途半端になっちゃったという可能性は大いにあります。

思春期にありがちな話で、つまりは不良ぶってみたいとか、そんな気持ちがあったんだろうと思います。ツッパリ(いまでいうヤンキー)全盛の時代にあっても不良じゃなかったんですけど(でも、ツッパリの友だちは多かったな)、つまりはイキがりたかったんでしょうね。

振り返れば、「たばこを買うお金なんて、よくあったなあ」と不思議に思えてなりません。でも考えてみると、あのころは父の財布からしょっちゅう小銭をくすねていたので、それでやりくりしていたんだろうな。お金がないときは、シケモクを吸って節約したりもしていましたし(それが節約か?)。

ともあれ、ここに書けないことも含め、そんなことばっかりやっていたわけなのです。そう考えると「果たしてなにを不良と呼ぶのか? ツッパリ風の格好をしていなければ、なにをやっても不良ではないのか?」という純粋な疑問にぶち当たってしまうわけですが、それはまた別の話題です(逃げたな!)。

そういえばあのころ、「俺、まったく問題なく吸えるじゃん!」とか思って調子に乗り、何本も続けて吸っていたら急性ニコチン中毒になったなんてこともありましたなぁ。

すさまじい頭痛と吐き気に襲われ、目の前がぐるぐる回転し、本気で死を意識したものです。でも、そんなこと親には言えないから、「このまま死ぬかもしれない」と思いながらベッドに倒れ込んだのを覚えています。

死んだあと、隠していたエロ本が見つかってしまうのではないかと、マジで不安になりました。でも、死んだら恥の感情もなくなるわけです。だから、それはそれでいいのかもしれないとか、どうでもいいことを考えているうちに眠ってしまい、目が覚めたら爽やかな朝でした。で、気分もスッキリ爽快だったので、昨晩のことなんか忘れて、また性懲りもなく吸いはじめたわけです。

あのころは、マイルドセブンとかセブンスターを吸っていたのかな? それから20代でハイライトあたりに移行し、そこからマルボロとかセーラムライト・メンソールときて、30代のころにはジタンというキツいやつを好んで吸っていました。

ちなみに禁煙は何度かしたことがあったのですが、そこで得たのは「やめられるはずがない」という結論でした。だから「禁煙? たばこをやめられるわけないじゃーん!」と開きなおり、やがてそんな思いは「やめる理由がない」という言葉に置き換えられていったのでした。

ちなみに、たばこをやめたあと、知り合いの若者がドヤ顔で「たばこ、やめる理由がないっす」と主張する場面に遭遇したことがありました。そのときには、「なーんだ、昔の俺と同じこと言ってるじゃん。かわいいのう」と微笑ましく感じたのですが、喫煙者は多かれ少なかれそんな感じなのだと思います。いまだからわかります。

そんな僕がたばこをやめられたのは、あることがきっかけでした。10数年前に家を建てることになり、妻とその話をしているとき、なにも深いことを考えないままつぶやいてしまったのです。

「これを機会に、たばこやめるかなー」

当然、やめたいという意思がそうさせたわけではなく、単なる思いつきでした。雰囲気に流されただけです。しかし次の瞬間から、我が家に絶対的禁煙令が敷かれることになったのです。そこで仕方なく、「ニコレット」という禁煙ガムで禁煙することにしました。昔、よくテレビCMが流れていましたよね。

ところがあれは、結局のところニコチン入りのガムでしかないのです。つまり、たばこはやめられたものの、今度はニコレットがやめられなくなってしまったのです。しかも、なかなか高額なので「普通にたばこを吸ったほうが安い」という矛盾に直面することになったわけです。

でも、そうもいかないし、とはいえニコレットを利用し続けるのもお金がかかりすぎるしなぁ……ということで普通のガムを噛んでみたところ、それでようやくやめることができたという結末。

「だったらニコレットなんか使わないで、最初からガム噛んどきゃよかったじゃーん!」ってな話なのですが。

考えてみると、たばこをやめてからちょうど10年になります。よく言われるように、やめて数年は僕も何度か夢を見ました。「あ〜あ、吸っちゃった」と思いながら、開きなおってたばこを吸うような夢。いまはもうありませんが、何年も逃れられなかったということでもあり、そう考えると恐ろしい話ですね。

さて、そんな経緯を経てやめてみた結果、僕はひとつの核心にたどり着くことになりました。なんのことはない、非常にシンプルなものです。

「たばこは必要ない」

これに尽きます。中学生時代からあれだけ吸い続けてきたくせに、と言われそうですが、吸い続けてきたからこそ、やめてみて実感するのです。

まだたばこを吸っていたころ、知人から『禁煙セラピー』という本を紹介されました。彼は言うのです、「これを読めば、絶対にやめられますよ。なにを試してもダメだった俺が、これでやめられたんですから間違いないっす!」と。

ところが、僕はそれを読んでもやめられなかったのです。それだけ意思が強かったわけですが(逆だろ)、『禁煙セラピー』の主張を素直に受け入れられなかったことにはひとつの理由があります。表現の問題なのですが、たばこのデメリットについて、感情的に書きすぎているように思えたのです。

「あれがよくない」「これもよくない」というような記述がリフレインされるということですが、それは意図的なものでもあるのでしょう。しかし、少なくとも僕の心には響いてこなかったのです。否定からはじまる主張は、届きにくいものですからね。

一方、それとは逆のアプローチの仕方もあるような気がしています。やめることによって、どんなプラス効果が得られたのかという観点です。というのも、たばこをやめた結果、僕はいくつもの快適性を実感することができたのです。つまり、メリットがあったということ。

  1. 1. イライラしなくなった
  2. 2. 咳が出なくなった
  3. 3. ごはんは相変わらずおいしい
  4. 4. 痩せた
  5. 5. 喫煙者を見分けられるようになった
  6. 6. 経済的に余裕が出た

1は、有名な話ですよね。正直なところ、最初はさほど実感がなかったのです。が、あるとき妻から「最近落ち着いてきたね。前はいつもイライラしてたのに」と言われ、「そういえば、そうかもしれない」と感じたわけです。「吸いたい〜吸わなければならない〜吸えない〜やめたい」というような、矛盾だらけのループの中にいたからなのでしょうか?

2に関しては、はっきりと違いが現れました。それまでの僕は喘息でもないのに咳がよく出ていたのですが、たばこをやめてから、それがピタッと止まったのです。そのせいか、体内から余分なものが抜けていくような、不思議な心地よさを感じるようにもなりました。

次に3。「たばこをやめたら、ごはんがおいしくなり、そして太った」というような話はよく聞きます。ただ、僕はもともと食べることが大好きなので、たばこを吸っているときでもごはんはおいしく感じていたのです。なので、その点についてはあまり変化がなかったように思います。

ただ、世間の常識とちょっと違っていたのは「4.痩せた」です。たまたま炭水化物ダイエットをしていた時期と重なっただけの話なのですが、ダイエットをしていれば当然ながら食べすぎることはありませんから、必然的に、おいしく食べながら痩せることができたのです。だから僕の中に、「禁煙=太る」という図式は存在しません(これ、けっこう重要ですぜ)。

そして5。これも有名な話ですが、実際のところ、たばこをやめてからは、そこにいる人が喫煙者か否かがわかるようになりました。たとえば電車で、隣に喫煙者が座ったりすると、「あ、この人、たばこを吸ってるな」と見分け……じゃなくて嗅ぎ分けられるようになったのです。喫煙者だったころには、そんなことわからなかっただけに、これはちょっと驚きでした。

最後の6も、やめてみないとわからなかったことかもしれません。1日一箱吸うとなると、一月で1万円以上の出費になるわけですから、それがなくなれば経済的には多少なりとも楽になるわけです。それどころか、いまは一箱400円くらいするようですから、出費はかなりのものでしょう。

という具合に、たばこをやめて得られるメリットは少なくありません。もちろん、それでも「やめる理由がない」と主張する人はいるでしょう。人それぞれなのですから、別にそれを否定するつもりはありません。ただ、やめた結果として僕はそう感じたのです。だから断言できます。「たばこはきっと必要ない」と。

ただ、それでも、飲み会の席などでうまそうに喫煙している友人を見ると、数十回に一回ほどの割合で「一本吸っちゃおうかな」などという思いが心をよぎったりもするんだよなぁ……。もう10年も吸ってないのに、怖いわー、たばこ。

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著者

印南 敦史

作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。ウェブ媒体「ライフハッカー(日本版)」で書評欄を担当することになって以来、大量の本をすばやく読む方法を発見。以後、驚異的な読書量を実現する。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)ほか多数。

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