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LGBTで考える人生の練習問題 北丸雄二

第13回

アイデンティティの政治(2)

2019.06.14更新

読了時間

メディアで「LGBT」を見聞きする機会が増えています。昨今の多様な生き方を尊重する世界的な流れに乗じて、日本における「LGBT」への理解も少しずつ進んでいるかのようです。しかし、本当にそうなのでしょうか。この連載は、元東京新聞ニューヨーク支局長でジャーナリストの北丸雄二さんによる、「LGBT」のお話です。24年間のニューヨーク生活から見えてきた視点で「LGBT」ブームへの違和感について読み解いていきます。東京レインボープライドとの連動企画です。
「目次」はこちら

 アメリカの6月は1969628日に起きた「ストーンウォールの反乱」を記念して「プライド月間」と呼ばれます。今年はその50周年です。
 70年代初めには「ゲイ・プライド」と言っていました。それが現在は「LGBT(Q+)プライド」とより具体的に指示されるようになった経緯はすでにお話ししました。当初はコミュニティ内を中心に種々の記念イヴェントが行われてきたのですが、ビル・クリントンが大統領だった1999年に初めて公式に「ゲイ&レズビアン・プライド月間」として宣言され、それは翌年2000年も続きました。次は2009年から2016年までの8年間、バラク・オバマ大統領が「LGBTプライド月間」と宣言しました。
 続くドナルド・トランプは2019年になって初めて共和党の大統領としてプライド月間を‟祝福”‟認知”しましたが、それは「宣言」ではなく例によってツイッターで呟いた形でした。ただし、「私の政府は同性愛の脱犯罪化に向けた世界的キャンペーンを開始した」とツイートしながらも、その実、トランスジェンダーの人たちに対してオバマケア(医療保険)の適用除外を行ったり、医療従事者が宗教的理由で診察を拒絶することを許可したり、米軍への入隊を禁止したり、ホームレスシェルターへの避難を断ったり、さらには内外の米国公館(大使館や領事館)がこの月間に(オバマ時代には奨励された)レインボー・フラッグを掲揚することを禁止したりと、やることなすことその真逆です。それでいて大統領再選を目指してLGBTQ+票も取り込もうと、5月下旬からレインボーをあしらった「LGBTQ for TRUMP」なるロゴのTシャツを24ドル(別途で送料7ドル)で売り始めるというのは、いったい何の嫌がらせでしょう?



 

「プライド」というのは「誇り」のことです。それは前回のこのコラムで取り上げた「アイデンティティの政治」に関わっています。なぜ「プライド月間」、つまり「(LやGやBやTやQなどであることに)誇りを持とうと謳う月間」が必要なのか? それは長らくLGBTQ+の人たち(それ以前には黒人や女性などの社会的マイノリティの人たち)は「自分が自分であること」を、つまりは自分が拠って立つ「アイデンティティ」を、取るに足らないもの、大したことのないものとして蔑ろにされてきたからです。蔑ろにされてきた、もっといえば(根拠なく、まるであらかじめの属性であるかのように)軽蔑されてきた自分の「アイデンティティ」を、取り戻す、いや、元からなかったものとして扱われてきたのですから、作り上げる、それも「誇り」をもって築き直すという必要があったわけです。

 前回は、それに対抗する形で出てきた「非マイノリティ」の政治という人為的なアイデンティティの発動についても触れました。「ゲイ」に対抗して「ストレート(異性愛者)」の存在を再確認しようという考え方自体は新しいものではありません。そもそも「異性愛 Hetero-sexuality」というのは、「同性愛 Homo-sexuality」の発見によって発明された概念です。「同性愛」という言葉がなかった時代には、「異性愛」というものは初期設定として意識すらされなかった。言葉にする必要がなかった。
 それが、エイズと戦うゲイたちの可視化が進んで「ゲイ・プライド」が叫ばれた80年代後半になると、当然のようにそれに対抗するだけのためのような「ストレート・プライド」なる言説運動が生まれました。1988年、ヴァーモント州の共和党州議員が「ストレート・プライド・デイ」を制定せよと求めています。91年3月にはマサチューセッツ大学アムハースト校で保守派学生による「ストレート・プライド」集会が50人ほどの学生の参加で開催されました。NYタイムズによれば、集会を取り囲んだ抗議学生たちの数はその10倍だったそうです。
 そういうことが今もずっと繰り返されています。草の根保守の「ティー・パーティ」運動からトランプ主義の台頭に伴って、それは現在「ホワイト・プライド」という、KKKなどの白人至上主義とも結びついています。
 ストーンウォール50周年の今年、「It’s Great to be Straight(異性愛者であるということは素晴らしい)」というスローガンを掲げた「Super Happy Fun America(チョー幸せで楽しいアメリカ)」なる団体が、ボストン市に対し、市庁舎での「ストレート・プライド」旗の掲揚を求めて拒絶されました。ただし、8月に「ストレート・コミュニティの多様な歴史と文化と貢献を祝福するため」の「ボストン・ストレート・プライド・パレード」を開催するとしていて(日付けは未定)、こちらは集会・表現の自由の権利として市当局に認められると見られています。
「多様な歴史と文化と貢献を祝福する」というのは「ゲイ・プライド」に関する定型句のようなものですから、この謳い文句がいかにそれを逆手にとって茶化し揶揄しているものかがわかります。そもそも彼らがそのマスコットとして勝手に指名したブラッド・ピットはリベラルで知られる俳優ですから、これも断られるのを前提にふざけたつもりなのでしょう。

 ボストンはアメリカで最初の2004年に同性婚を合法化したマサチューセッツ州の州都。郊外にはハーヴァードやMITなどの有名大学が並び、リベラルな風土です。そこでの「ストレート・プライド・パレード」はもちろん政治的リベラルたちの「アイデンティティの政治」をからかうものです。
 組織団体の主宰者マーク・サハディ Mark Sahady はフェイスブックでこう書いています──「彼らにとっては全部がアイデンティティを基にしている。そこでは人は犠牲者として分類されるか、弾圧者として分類されるかのどちらかだ」「もし犠牲者のステータスが得られればあなたは自分を祝福する資格を持ち、弾圧者のステータスにいる者たちが自分の意のままに振る舞うことを期待するのだ」
 ワシントン・ポストによると、「ストレート・プライド」では基調講演も行われ、もう一人の主宰者ジョン・ヒューゴによればその講演者は「とても有名なゲイの保守派の人物」を予定しているそうです。そのヒューゴの弁はこうです。
「マサチューセッツ州によるゲイ・コミュニティへのサポート努力を批判すると、それはヘイト(憎悪)だと不当にもレッテル張りされる。そのせいで我々は弾圧する多数派であるかのように感じさせられる」「我々は寛容を求める。単にLGBTQコミュニティだけでなく、全ての者に対する寛容だ」。だから「LGBTQ」に「I(ntersex)」や「A(sexual)」が続くならば、そこには「S(traight)」も付けてほしいと彼は言っています。
 3人目の主宰者は名前を明かしていませんが、自分のことを「ゲイのアンバサダー(大使)」であり、「ヘテロフォビア(異性愛憎悪)」に反対していると説明しています。

 彼らの「アイデンティティ政治」の転覆の試みは、いったいどこまで本気にしていいのかよくわからなくなりますが、一方で彼らに対する反論が、ゲイ・コミュニティからではなく、ストレート・コミュニティから発せられました。
 ジェイムズ・フェル James Fell という健康や生活問題のトレイナー兼作家が、フェイスブックやツイッターで次のような投稿をしたのです。



「私はストレートだ。私はストレートであることが気に入っている。気に入っている大きな理由は一度も自分のセクシュアリティのことで偏見に晒されたことがないからだ。自分が選んだ人と結婚する権利を求めて戦う必要がなかったからだ。自分が寝たいと思う相手が気に食わないからといって誰かに殴られたり殺されたりする心配がなかったからだ。家族や友達や同僚たちの反応に怯えたり心配したりして、ストレートだとカミングアウトできずにクローゼットに閉じ籠りきりになる必要がなかったからだ。
ストレートであることで罵声を浴びたことがなかったからだ。ストレートであることでおまえは地獄で焼かれると脅されたことがなかったからだ。ストレートであることをやめさせようと送り込まれ拷問されるような施設が一つもないからだ。ただストレートであるという理由で死刑になるような国がないからだ。
ストレートであるという理由で、何かを求めて戦ったり何かに反対してもがかねばならないようなその何かが、一度もなかったからだ。だからしたがって、プライドを持たねばならない理由が私には何一つない。自分の持っているこの特権に感謝しているか? もちろん。けれど、プライド? 何のことかわからない。
私にわかるのは、このパレードの名前は間違いだということだ。「ストレート・プライド・パレード」ではない。「私はホモフォビックなクソだ」パレード、そう呼ばれるべきだ」


 これは瞬く間に拡散し、『アヴェンジャーズ』や『キャプテン・アメリカ』の俳優クリス・エヴァンスが「ゲイ・プライドとストレート・プライドが同じようなもんだという間違った意見にはがっかりする。違いがわからない人はこれを読むといい」と、自分のツイッターで取り上げてまたまたCNNなどでニュースになりました。エヴァンスは弟の俳優スコット・エヴァンスがゲイであることもあってかねてよりLGBTQ+コミュニティへのサポートを続けてきているのですが、この「ストレート・プライド・パレード」の主催団体に次のような辛辣なツイートを投げかけています。

 
 

ワオ! クールな取り組みだな、あんたら!! ちょっと思いついたんだが、「ストレート・プライド・パレード」の代わりにこんなのはどうだ:「子どもの頃に誰も自分の感情にどう接するか教えてくれなかったために自分自身のゲイな思いを逆にホモフォビックになることで必死に隠そうとしている」パレード、ってのは?


***

 余談ですが、このクリス・エヴァンスの指摘はある実験で証明されていて、アメリカではすでにほぼ常識になっています。
 米国の学会誌「異常心理ジャーナル」で紹介された1997年のジョージア大学による「同性愛嫌悪(ホモフォビア)」に関する実験です。
 その研究結果をかいつまむと、実験は異性愛者を自称する男子学生64人を対象として実施されました。その彼らを同性愛を著しく嫌悪する(ホモフォビックな)グループと、同性愛のことはべつに気にならないというグループに分離して調べたのです。何をどう調べたのかというと、その彼らのペニスにそれぞれ計測器を装着して、双方のグループにともに男同士の性交を描いた同じゲイ・ポルノのヴィデオを見せたわけです(すごい実験ですよね)。
 すると2グループの勃起率に明らかな差異が認められました。ホモフォビックな男子グループの80%の学生に明らかな勃起が生じ、その平均はヴィデオ開始後わずか1分でペニスの周囲長が1センチ増大。4分経過時点では平均して1・25センチ増になったというものでした。
 対してホモフォビアを持たない学生では勃起を見たのは30%。しかもその膨張平均は4分経過時点でも5ミリ増にとどまったのでした。
 つまり、ホモフォビックな人ほど、実はホモセクシュアルな感情を隠し持っている、ということです。この話は後に書くこととまた色々と関係してくるので憶えておいてください。

***

 いずれにしてもこの「アイデンティティの政治」に対する反動はあらゆる分野で冗談のような形で噴出してきています。アメリカの黒人(アフリカ系国民)の苦難の歴史から学び続けようと1970年代に拡大した「黒人歴史月間 Black History Month」に対抗して、白人であることに拘る右派からは「白人歴史月間 White History Month」を定める法律を作れという要望が議会に出されています。38日の「国際女性デイ International Womens Day」に対抗して「国際男性デイ International Mens Day」をネット検索する人は3月に集中し、ここ10年近くその数も年々増加傾向です。

 でも、問題はそんな「冗談」とは別のところに存在します。

(続く)

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著者

北丸 雄二

ジャーナリスト、コラムニスト、作家、翻訳家。元々は毎日新聞から東京新聞(中日新聞東京本社)に転社した社会部畑の新聞社記者で、クリントンが大統領に就任した1993年にニューヨーク支局長に着任。3年半後の96年夏に帰任を命じられたのを機に退社し、独立。その後もニューヨーク在住のまま、大統領がG.W.ブッシュ~オバマ~トランプと変わった2017年まで、計24年間、現地で9.11テロや選挙ルポなど米国政治・社会・文化、日米及び国際関係の分野でジャーナリズム活動を続ける。18年、実母の老齢化のために拠点を日本に移し、現在は主にトランプ・ウォッチャーとしてTBSラジオやFM TOKYO、大阪MBS及びネットTVなどで米国関連ニュースを解説。一方で、英米文学、ブロードウェイ・ミュージカルや戯曲の翻訳も多く、「世界」「現代思想」「ユリイカ」などで国際情勢から映画、音楽、文芸まで各種評論も行っている。 LGBTQ+関連では90年に米国ゲイ文学の金字塔と言われる『ザ・フロント・ランナー』を翻訳刊行したのを機に、新聞業務と並行するライフワークとしてエイズ問題や刻々と拡大する人権状況を取材執筆開始。ニューヨークでは日本人コミュニティ向けにHIV/AIDSの電話相談の開設・運営にも尽力する一方、97年から、日本のゲイ月刊誌『Badi』に米国を中心としたゲイ関連ニュースコラムを連載。同年6月に青土社から刊行の『ゲイ・スタディーズ』(キース・ヴィンセント他著)でも全面的な監修を担当し、ほかにLGBTQ+関連のニュースを報じるプロフェッショナルが誰もいなかった当時、「AERA」で「日本に向けて性的マイノリティに関する正しい情報を発信するゲイのジャーナリスト」という紹介記事も掲載された。現在、十年来の同性パートナーと5歳の黒猫とともに東京に暮らす。Twitterは@quitamarco。 

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