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第8回

18〜19話

2021.03.31更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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6‐1 天下を統一できるのは、人を殺すことが嫌いな者である


【現代語訳】
孟子が梁の襄王(恵王の跡を継いだ子)に面会した。孟子は退出してから、ある人に話した。「新しい王は、遠くから見ても、どうも王らしいところが見えない。また近づいてお会いしても、いっこうに威厳を感じない。会ったときも王は、いきなりに尋ねられた。『天下は、いったいどこに落ちつくだろう』と。そこで私は答えて言った。『いずれ統一されるでしょう』と。王はさらに聞いた。『誰がこれを統一するだろうか』と。私は答えて言った。『人を殺すことを嫌いな人君が、統一するでしょう』と。すると王は、『いったい誰がそんな者に味方するのだろう』と尋ねられた。私はまた答えた、『そのような人君には、天下中で味方しない人はいません』と」。

【読み下し文】
孟子(もうし)、梁(りょう)の襄王(じょうおう)(※)に見(まみ)ゆ。出(い)でて人(ひと)に語(かた)って曰(いわ)く、之(これ)に望(のぞ)むに人君(じんくん)に似(に)ず。之(これ)に就(つ)いて(※)畏(おそ)るる(※)所(ところ)を見(み)ず。卒然(そつぜん)として問(と)うて曰(いわ)く、天下(てんか)悪(いずく)にか定(さだ)まらん、と。吾(われ)対(こた)えて曰(いわ)く、一(いつ)(※)に定(さだ)まらん。孰(たれ)か能(よ)く之(これ)を一(いつ)にせん、と。対(こた)えて曰(いわ)く、人(ひと)を殺(ころ)すことを嗜(たしな)まざる者(もの)、能(よ)く之(これ)を一(いつ)にせん、と。孰(たれ)か能(よ)く之(これ)に与(くみ)せん、と。対(こた)えて曰(いわ)く、天下(てんか)与(くみ)せざる莫(な)きなり、と。

(※)襄王……恵王の子でその跡を継いで王となった。後に孟子はこの王に物足りなさを感じ、梁を離れて斉に向かうことになる。吉田松陰によると、自国の危険なときに、これを世間話のように天下を論じている襄王は「取るに足る者」でないとして、孟子が梁を去っていく理由をここで述べているとする(『講孟箚記』)。
(※)就いて……近づいて。面会して。
(※)畏るる……畏厳を感じる。畏敬の念を起こさせる。
(※)一……統一。孟子の人を殺すのを嫌いな者が天下を統一するという思想は、我が国の戦国時代の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の流れとも合うものである。なお、徳川氏が大坂の陣で豊臣氏を滅ぼすと、元号を「元和」とし、平和の時代が始まることを示させた。戦いを職業とする武士が平和を願うのは少しおかしい気もするが、江戸幕府は「朱子学」を正学とし、ゆえに『孟子』も尊重した。事実、平和な時代が約二百五十年も続いたのである。

【原文】
孟子見梁襄王、出語人曰、望之不似人君、就之而不見所畏焉、卒然問曰、天下惡乎定、吾對曰、定于一、孰能一之、對曰、不嗜殺人者、能一之、孰能與之、對曰、天下莫不與也、

 

6‐2 仁政を行う王に民が帰服するのは必然


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。「『王よ、あの苗を知っていますか。苗は七、八月ごろに日照りが続くと、立ち枯れてしまいます。そのとき、天(空)がむくむくと雲を起こして、そして雨をざあざあと降らせたら、また急にむくむくと起き上がるでしょう。この苗の起きあがるのを誰が抑えることなどできましょう。それと同じように、今、天下の人君たちは皆戦争が好きで、人を殺すことを好まない者は一人もいません。もし、こんなときに人を殺すのを好まない仁政を行う人君が現れたら、天下の民は皆、首を長くしてこの君を仰ぎ望むことでしょう。誠にこのような状態になれば、民が人君に心服し、帰属していくこと間違いありません。これはちょうど水が低いほうにどんどんと流れていくようなもので、誰も止めることはできないものです』と」。

【読み下し文】
王(おう)、夫(か)の苗(なえ)を知(し)るか。七八月(しちはちがつ)の間(あいだ)、旱(かん)(※)すれば則(すなわ)ち苗(なえ)槁(か)(※)れん。天(てん)油然(ゆうぜん)(※)として雲(くも)を作(おこ)し、沛然(はいぜん)(※)として雨(あめ)を下(くだ)さば、則(すなわ)ち苗(なえ)浡然(ぼつぜん)(※)として之(これ)に興(お)きん。其(そ)れ是(かく)の如(ごと)くなれば、孰(たれ)か能(よ)く之(これ)を禦(とど)めん。今(いま)夫(そ)れ天下(てんか)の人(じん)牧(ぼく)(※)、未(いま)だ人(ひと)を殺(ころ)すことを嗜(たしな)まざる者(もの)有(あ)らざるなり。如(も)し人(ひと)を殺(ころ)すことを嗜(たしな)まざる者(もの)有(あ)らば、則(すなわ)ち天下(てんか)の民(たみ)、皆(みな)領(くび)を引(ひ)いて(※)之(これ)を望(のぞ)まん。誠(まこと)に是(かく)の如(ごと)くなれば、民(たみ)の之(これ)に帰(き)すること、由(な)お(※)水(みず)の下(ひく)きに就(つ)きて沛然(はいぜん)たるがごとし。誰(たれ)か能(よ)く之(これ)を禦(とど)めん、と。

(※)旱……日照り。
(※)槁る……立ち枯れる。
(※)油然……むくむくと雲が起こってくる様子。
(※)沛然……雨がざあざあと降る様子。
(※)浡然……急に起こる様子。
(※)人牧……人君。
(※)領を引いて……首を長くして仰ぎ望む。
(※)由お……なお、「猶」の字と音が通じるので意味も同じとなる。

【原文】
王知夫苗乎、七八月之間、旱則苗槁矣、天油然作雲、沛然下雨、則苗浡然興之矣、其如是、孰能禦之、今夫天下之人牧、未有不嗜殺人者也、如有不嗜殺人者、則天下之民、皆引領而望之矣、誠如是也、民歸之、由水之就下沛然、誰能禦之、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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