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第102回

247〜249話

2021.08.18更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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2‐1 結婚するときは親に前もって言うべきか否か


【現代語訳】
万章が問うた。「『詩経』に、『妻をめとるにはどうするか。必ず父母に告げて許しを得る』とあります。この言葉を信じれば、舜のようにしてはいけなくなります。舜はどうして父母に告げないで結婚したのですか」。孟子は答えた。「父母に告げると、必ず反対されて結婚できなくなるからだ。しかし、男女が結婚して一緒に暮らすことは、人としての大きな道徳、そしてあるべき姿である。にもかかわらず、父母に告げて結婚できなければこの大倫にそむくことになり、父母を怨むことにもなろう。こうなるといけないから告げずにめとったのだ」。万章はさらに聞いた。「舜が父母に告げないでめとったわけは、お話でよくわかりました。しかし、帝堯が舜に自分の娘二人を嫁にするのに、舜の父母に告げなかったのはどうしてでしょうか」。孟子は答えた。「帝堯も、告げると、嫁にやれなくなることがわかっていたからである」。

【読み下し文】
万章(ばんしょう)問(と)うて曰(いわ)く、詩(し)に曰(い)う、妻(つま)を娶(めと)るには之(これ)を如何(いかん)せん。必(かなら)ず父母(ふぼ)に告(つ)ぐ、と。斯(こ)の言(げん)を信(しん)ぜば、宜(よろ)しく舜(しゅん)の如(ごと)くなること莫(な)かるべし。舜(しゅん)の告(つ)げずして娶(めと)るは、何(なん)ぞや。孟子(もうし)曰(いわ)く、告(つ)ぐれば則(すなわ)ち娶(めと)ることを得(え)ず。男女(だんじょ)室(しつ)に居(お)るは、人(ひと)の大倫(たいりん)(※)なり。如(も)し告(つ)ぐれば則(すなわ)ち人(ひと)の大倫(たいりん)を廃(はい)し、以(もっ)て父母(ふぼ)を懟(うら)みん(※)。是(ここ)を以(もっ)て告(つ)げざるなり。万章(ばんしょう)曰(いわ)く、舜(しゅん)の告(つ)げずして娶(めと)るは、則(すなわ)ち吾(わ)れ既(すで)に命(めい)を聞(き)くことを得(え)たり。帝(てい)の舜(しゅん)に妻(めあ)わして告(つ)げざるは、何(なん)ぞや。曰(いわ)く、帝(てい)も亦(また)告(つ)ぐれば則(すなわ)ち妻(めあ)わすことを得(え)ざるを知(し)ればなり。

(※)大倫……人としての大きな道徳、そしてあるべき姿。
(※)懟みん……怨むことになろう。これに対し朱子などは、父母に「怨まれる」と読み、父母に逆怨みをされると解する。なお、吉田松陰は、ここでの孟子の考え方を批判する。「孟子(もうし)の謬妄(びゅうもう)、未(いま)だ此(こ)の章(しょう)より甚(はなは)だしきはなし」とする(『講孟箚記』)。離婁(上)第二十六章も参照。父母を尊敬すること篤く、そしてどこまでも誠実である松陰らしい(もっとも本人は結婚するつもりはなかったようだが)。

【原文】
帝、使其子九男二女、百官・牛羊・倉廩備、以事舜宜莫如舜、舜之不吿而娶、何也、孟子曰、吿則不得娶、男女居室、人之大倫也、如吿則廢人之大倫、以懟父母、是以不吿也、萬章曰、舜之不吿而娶、則吾既得聞命矣、帝之妻舜而不吿、何也、曰、帝亦知吿焉則不得妻也。

 

2‐2 兄弟の情(舜の場合)


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。万章が言った。「舜の父母が、舜に穀倉を修繕させました。舜が屋根の上に行くと、はしごをはずしました。父の瞽瞍は穀倉に火をつけて殺そうとしましたが、舜はうまく逃げました。次に舜に井戸をさらえさせました。舜は入ったところ、その上から土をかぶせられて井戸は埋まりましたが、これもうまく脱け出しました(横穴を掘って出たのです)。(腹違いの弟)象は、舜をうまく殺したと思い、そして言いました。『舜を土でおおって殺すことを図ったのは私の手柄だ。兄の財産のうちで、牛や羊そして穀倉は父、母にあげよう。たてやほこ、琴や弓は自分がもらうことにする。それから二人の兄嫁は、自分の妻にする』と言いました。こうして象は兄舜の家に向かいました。するとそこには何と舜がいて、寝床の上で琴を弾いていました。象は言いました。『兄さんのことが気にかかってしかたないのでやってきました』と。さすがに気がとがめているようでした。舜は言いました。『どうだ。これからは、家臣や庶民を、私を助けて一緒に治めてくれないか』と。このとき舜は、象が自分を殺そうとしたことを知らなかったのでしょうか」。孟子は言った。「どうして知らないことなどあろうか。知ってはいたものの、兄弟の情として、象が憂えれば舜も憂え、象が喜べば舜も喜んだというわけだ(こういう態度が聖人の兄弟に対する情なのである)」。

【読み下し文】
万章(ばんしょう)曰(いわ)く、父母(ふぼ)舜(しゅん)をして廩(りん)を完(おさ)めしめ、階(かい)を損(す)つ。瞽瞍(こそう)(※)廩(りん)を焚(や)く。井(い)を浚(さら)えしむ。出(い)づ(※)。従(したが)って之(これ)を揜(おお)う(※)。象(しょう)(※)曰(いわ)く、都君(とくん)を蓋(おお)うことを謨(はか)るは、咸(みな)我(わ)が績(せき)なり。牛羊(ぎゅうよう)は父母(ふぼ)、倉稟(そうりん)は父母(ふぼ)、干戈(かんか)は朕(われ)、琴(こと)は朕(われ)、弤(ゆみ)は朕(われ)、二嫂(にそう)は朕(わ)が棲(せい)を治(おさ)めしめん、と。象(しょう)往(ゆ)きて舜(しゅん)の宮(きゅう)に入(い)る。舜(しゅん)、牀(しょう)に在(あ)りて琴(こと)ひけり。象(しょう)曰(いわ)く、鬱陶(うつとう)として君(きみ)を思(おも)うのみ、と。忸怩(じくじ)たり。舜(しゅん)曰(いわ)く、惟(こ)れ玆(こ)の臣庶(しんしょ)、汝(なんじ)其(そ)れ予(われ)に于(おい)て(※)治(おさ)めよ、と。識(し)らず、舜(しゅん)は象(しょう)の将(まさ)に己(おのれ)を殺(ころ)さんとするを知(し)らざるか。曰(いわ)く、奚(なん)ぞ知(し)らざらんや。象(しょう)憂(うれ)うれば亦(また)憂(うれ)え、象(しょう)喜(よろこ)べば亦(また)喜(よろこ)ぶのみ。

(※)瞽瞍……舜の父。
(※)出づ……抜け出す。『史記』によると、横穴から出たとある。
(※)揜う……土をかぶせてふたする。覆う。
(※)象……舜の異母弟。
(※)予に于て……私を助けて。

【原文】
萬章曰、父母使舜完廩、捐階、瞽瞍焚廩、使浚井、出、從而揜之、象曰、謨蓋都君、咸我績、牛羊父母、倉廩父母、干戈朕、琴朕、弤朕、二嫂使治朕棲、象徃入舜宮、舜、在牀琴、象曰、鬱陶思君爾、忸怩、舜曰、惟茲臣庶、汝其于予治、不識、舜不知象之將殺己與、曰、奚而不知也、象憂亦憂、象喜亦喜。

 

2‐3 君子は道理のあることには従うものである


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。万章が聞いた。「それならば、舜は偽って喜んだふりをしたのでしょうか」。孟子は答えた。「いや。そんなことはない。昔、鄭の子産に生きた魚を贈った人があった。子産は係りの者に命じてこれを池に入れて飼わせたのだ。ところが、その係りの者はその魚を煮て食べてしまった。子産には、『魚を池に放つと、初めはじっとおとなしくしていましたが、少し経つとのびのびしてきて、のびのびとした様子で悠然と遠くへ泳ぎ去ってしまいました』と言った。すると子産は、『魚は自分の生きる良い場所を得て良かった。良かった』と言った。その魚を食べた係りの者は、下がって言った。『誰が子産を智者などと言ったのだ。私はすでに魚を食べている。しかし、子産はそれを見抜くこともできずに、魚も自分の生きる良い場所を得て良かった、良かった、と言ったのだ』。この話のように、君子は道理にかなった方法であれば欺くこともできる。けれども道に合わないことで欺くことはできないものだ。象の場合は、兄を愛するという道に合ったことでやってきている。だから舜は、まことにこれを信じて喜んだのである。どうして偽って喜んだふりなどするものか」。

【読み下し文】
曰(いわ)く、然(しか)らば則(すなわ)ち舜(しゅん)は偽(いつ)わりて喜(よろこ)べる者(もの)か。曰(いわ)く、否(いな)。昔者(むかし)生魚(せいぎょ)を鄭(てい)の子産(しさん)(※)に饋(おく)るもの有(あ)り。子産(しさん)校人(こうじん)(※)をして之(これ)を池(いけ)に畜(やしな)わしむ。校人(こうじん)之(これ)を烹(に)る。反命(はんめい)して曰(いわ)く、始(はじ)め之(これ)を舎(はな)てば、圉圉焉(ぎょぎょえん)(※)たり。少(しばら)くすれば則(すなわ)ち洋洋焉(ようようえん)(※)たり。悠然(ゆうぜん)として逝(ゆ)けり、と。子産(しさん)曰(いわ)く、其(そ)の所(ところ)を得(え)たるかな、其(そ)の所(ところ)を得(え)たるかな、と。校人(こうじん)出(い)でて曰(いわ)く、孰(たれ)か子産(しさん)を智(ち)なりと謂(い)う。予(われ)既(すで)に烹(に)て之(これ)を食(くら)えり。曰(いわ)く、其(そ)の所(ところ)を得(え)たるかな、其(そ)の所(ところ)を得(え)たるかな、と。故(ゆえ)に君子(くんし)は欺(あざむ)くに其(そ)の方(ほう)を以(もっ)てすべし。罔(し)うるに其(そ)の道(みち)に非(あら)ざるを以(もっ)てし難(がた)し(※)。彼(かれ)兄(あに)を愛(あい)するの道(みち)を以(もっ)て来(き)たる。故(ゆえ)に誠(まこと)に信(しん)じて之(これ)を喜(よろこ)ぶなり。奚(なん)ぞ偽(いつわ)らんや。

(※)子産……離婁(下)第二章参照。
(※)校人……係りの者。池や沼のことを担当する者。
(※)圉圉焉……じっとおとなしくしている。ちぢこまっている。
(※)洋洋焉……のびのびとしている。
(※)君子は欺くに其の方を以てすべし。罔うるに其の道に非ざるを以てし難し……『論語』に次のようにあるところから引っぱっているとされる。「君子(くんし)は逝(ゆ)かしむべきも、陥(おとしい)るべからざるなり。欺(あざむ)くべきも、罔(し)うべからざるなり」(雍也第六)。

【原文】
曰、然則舜僞喜者與、曰、否、昔者有饋生魚於鄭子產、子產使校人畜之池、校人烹之、反命曰、始舍之、圉圉焉、少則洋洋焉、攸然而逝、子產曰、得其所哉、得其所哉、校人出曰、孰謂子產智、予既烹而⻝之、曰、得其所哉、得其所哉、故君子可欺以其方、難罔以非其衜、彼以愛兄之衜來、故誠信而喜之、奚僞焉。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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