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第152回

367〜369話

2021.11.01更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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22‐1 老人をよく養う政治に仁人は集まる

【現代語訳】
孟子は言った。「伯夷は殷の紂王の暴政を避けて、北海の浜辺に隠れ住んでいた。しかし、周の文王が立ち上がって王者の政治を始めたのを聞いて言った。『どうして、文王のもとに身を寄せないでいられようか。私は西伯である文王が、よく老人を大切に養ってくれる方だと聞いている』と。太公望も、紂王を避けて、東海の浜辺に隠れ住んでいた。しかし、周の文王が立ち上がって王者の政治を始めたのを聞いて言った。『どうして、文王のもとに身を寄せないでいられようか。私は西伯である文王が、よく老人を養ってくれる方だと聞いている』と。このように、天下によく老人を養う者があれば、仁人は、自分の身を寄せるところとして、そこに集まってくるものだ」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、伯夷(はくい)は紂(ちゅう)を辟(さ)けて北海(ほっかい)の浜(ほとり)に居(お)る。文王(ぶんおう)作興(さっこう)すと聞(き)き、曰(いわ)く、盍(なん)ぞ帰(き)せざるや。吾(わ)れ聞(き)く、西伯(せいはく)は善(よ)く老(ろう)を養(やしな)う者(もの)なり、と。太(たい)公(こう)は紂(ちゅう)を辟(さ)けて東海(とうかい)の浜(ほとり)に居(お)る。文王(ぶんおう)作興(さっこう)すと聞(き)き、曰(いわ)く、盍(なん)ぞ帰(き)せざるや。吾(わ)れ聞(き)く、西伯(せいはく)は善(よ)く老(ろう)を養(やしな)う者(もの)なり、と。天下(てんか)に善(よ)く老(ろう)を養(やしな)うもの有(あ)れば、則(すなわ)ち仁人(じんじん)以(もっ)て己(おのれ)が帰(き)と為(な)す(※)。

(※)己が帰と為す……自分の身を寄せるところとして、そこに集まってくる。なお、本項は、ほぼ同じ文章が離婁(上)第十三章にも出ている。

【原文】
孟子曰、伯夷辟紂居北海之濱、聞文王作興、曰、盍歸乎來、吾聞、西伯善養老者、大公辟紂居東海之濱、聞文王作興、曰、盍歸乎來、吾聞、西伯善養老者、天下有善養老、則仁人以爲己歸矣。

22‐2 老人には暖かい服を着せ、十分な肉を食べさせる

【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「(一軒あたり)五畝の宅地の垣根には桑を植え、一人の婦人が養蚕をすれば、(その家の)老人は絹の服を着られる。また、五羽の雌鶏と二匹の雌豚を飼って、その繁殖の時期を失わないようにすれば、(その家の)老人は肉に不自由することはない。さらに、百畝の田地を一人の男が耕作すると、一家八人ぐらいの家族は飢えることがない。いわゆる西伯(文主)がよく老人を養ったというのは、今述べたような方法で田地や宅地を制定して民に桑を植え、家畜を飼うことを教え、その妻子を教え導いて老人を養うようにさせたからである。人は五十くらいになると絹の着物でないと暖かく感じず、七十くらいになると肉を食べないと満足できなくなるものである。暖かくなく、満足できない食事であることを凍餒というが、文王の民には凍餒の老人はなかったというのは、以上のようなやり方をしたからである」。

【読み下し文】
五畝(ごほ)の宅(たく)、牆下(しょうか)に樹(う)うるに桑(くわ)を以(もっ)てし、匹婦(ひっぷ)之(これ)に蚕(さん)すれば、則(すなわ)ち老者(ろうしゃ)以(もっ)て帛(はく)を衣(き)るに足(た)る。五(ご)母()雞(ぼけい)(※)、二(に)母彘(ぼてい)(※)、其(そ)の時(とき)を失(うしな)うこと無(な)ければ、老者(ろうしゃ)以(もっ)て肉(にく)を失(うしな)うこと無(な)かるべし。百畝(ひゃっぼ)の田(でん)、匹夫(ひっぷ)之(これ)を耕(たがや)せば、八口(はちこう)の家(いえ)以(もっ)て飢(う)うること無(な)きに足(た)る。所謂(いわゆる)西伯(せいはく)善(よ)く老(ろう)を養(やしな)うとは、其(そ)の田里(でんり)(※)を制(せい)して之(これ)に樹(じゅ)畜(ちく)(※)を教(おし)え、其(そ)の妻子(さいし)を導(みちび)いて其(そ)の老(ろう)を養(やしな)わしむればなり。五十(ごじゅう)は帛(はく)に非(あらざ)れば煖(あたた)かならず。七十(しちじゅう)は肉(にく)に非(あら)ざれば飽(あ)かず。煖(あたた)かならず飽(あ)かざる、之(これ)を凍(とう)餒(だい)(※)と謂(い)う。文王(ぶんおう)の民(たみ)には、凍餒(とうだい)の老(ろう)無(な)しとは、此(こ)れの謂(いい)なり。

(※)五母雞……五羽の雌鶏。
(※)二母彘……二匹の雌豚。
(※)田里……ここでは、「田」は百畝の田を指し、「里」は五畝の宅地のことをいう。なお、梁恵王(上)第三章四参照。
(※)樹畜……ここでは、「樹」は桑を植えること、「畜」は母雞けいや母彘を飼うことを指す。
(※)凍餒……一般には「凍(こご)え、飢えること」をいうとされるここでは、孟子の文章を読むと、さらに独特の使い方をしているように解される。すなわち絹を衣て暖まることができないこと、肉を食べて満足しないことを「凍餒」としているようである。

【原文】
五畝之宅、樹牆下以桑、匹婦蠶之、則老者足以衣帛矣、五母雞、二母彘、無失其時、老者足以無失肉矣、百畝之田、匹夫畊之、八口之家足以無飢矣、所謂西伯善羪老者、制其田里敎之樹畜、導其妻子使羪其老、五十非帛不煖、七十非肉不飽、不煖不飽、謂之凍餒、文王之民無凍餒之老者、此之謂也。

23‐1 人は十分に豊かになれば不仁にはならない

【現代語訳】
孟子は言った。「(民をして)その田畑を良く治めさせ、その租税の取り立てを少なくしてやれば、民を富ますことができる。食べる物を時節にかなったものにさせ、物を用いるには(物を消費する場合は)、礼を越えない身分相応なものにさせれば、財貨は使い切れないくらいになるものだ。人は、水と火がなければ生活はできない。それくらい大切な水と火だが、日暮れに他人の門戸を叩いて、水や火をもらおうとしたならば、誰でもこれを与えるだろう。それは、水や火が十分にあるからである。聖人が天下を治める場合も、豆や穀物などの食料を水や火のように十分に備えることができるようにするものだ。豆や穀物が水や火のように十分に備わっているとなれば、民は不仁とはならないものである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、其(そ)の田疇(でんちゅう)(※)を易(おさ)めしめ、其(そ)の税斂(ぜいれん)を薄(うす)くせば、民(たみ)を富(と)ましむべきなり。之(これ)を食(やしな)うに時(とき)を以(もっ)てし、之(これ)を用(もち)うるに礼(れい)を以(もっ)てせば(※)、財(ざい)用(もち)うるに勝(た)うべからざるなり。民(たみ)は水火(すいか)に非(あら)ざれば生活(せいかつ)せず。昏暮(こんぼ)に人(ひと)の門戸(もんこ)を叩(たた)きて水火(すいか)を求(もと)むるに、与(あた)えざる無(な)き者(もの)は、至(いた)って足(た)ればなり。聖人(せいじん)の天下(てんか)を治(おさ)むるや、菽(しゅく)粟(ぞく)(※)有(あ)ること水火(すいか)の如(ごと)くならしむ。菽(しゅく)粟(ぞく)水火(すいか)の如(ごと)くにして、民(たみ)焉(いずく)んぞ不仁(ふじん)なる者(もの)有(あ)らんや。

(※)田疇……田畑。
(※)之を用うるに礼を以てせば……本書のように解するのが一般。これに対し、「礼に従って人民を用いれば」と解する説もある。
(※)菽粟……豆や穀物。なお、本章は梁恵王(上)第七章十一や滕文公(上)第三章一と同じく「恒産なければ恒心なし」の趣旨を説いている。ただ、そこで論じたごとく、孟子の考えは性善説からは当然のものと考える。そこでも述べたように、現在の世界を見ると、ただちには、「民焉んぞ不仁なる者有らんや」とはならないようである。難しい問題である。

【原文】
孟子曰、易其田疇、薄其税斂、民可使富也、食之以時、用之以禮、財不可勝用也、民非水火不生活、昏暮叩人之門戸求水火、無弗與者、至足矣、聖人治天下、使有菽粟如水火、菽粟如水火、而民焉有不仁者乎。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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