Facebook
Twitter
RSS

第30回

70〜72話

2021.05.06更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
「目次」はこちら

1‐3 その人物のことを知るためにはその土地と時代背景の考慮も重要である


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。孟子は言った。「文王はどうして比べられようか(その徳は偉大で、なかなか匹敵することはできないが、文王が王者になれなかったのには次のような理由がある)。殷は、初代の湯王から、中興の祖である武丁まで、六、七人の賢聖の君主が出ている。天下は長く殷に帰服していた。長く続くものは簡単には変えがたいものだ。ゆえに中興の祖である武丁が諸侯を来朝させ、天下を保つことも、掌の上で物を動かすように簡単だったのである。暴君であった紂王が殷の君主となったのは、この武丁が去ってからそんなに年月は経っていないころだった。それゆえ、旧臣の家や良い風俗、これまでの風習、善政の効果は残存していた。また、微子・微仲・王子比干・箕子・膠鬲といった人もいた。これらは皆賢人であり、紂王の補佐を懸命にしていたのである。だから殷は、紂王が悪政をしていても、すぐには天下を失うことなく、長らく悪政が続いた後に失うことになったのだ。(紂王のはじめのころは)一尺四方のわずかな土地でも殷の領土でないものはなく、一人の民でも殷の臣下でない者はなかった。それと比べて文王は、わずか百里四方の小国(諸侯)から興ったのである。だから、天下を自分のものにして、王道を敷くというのは、とても困難なことだったのである」。

【読み下し文】
曰(いわ)く、文王(ぶんおう)は何(なん)ぞ当(あ)たるべけんや。湯(とう)より武丁(ぶてい)(※)に至(いた)るまで、賢聖(けんせい)の君(きみ)六(ろく)七(しち)作(おこ)る。天下(てんか)殷(いん)に帰(き)すること久(ひさ)し。久(ひさ)しければ則(すなわ)ち変(へん)じ難(がた)し。武丁(ぶてい)諸侯(しょこう)を朝(ちょう)し、天下(てんか)を有(たも)つこと、猶(な)お之(これ)を掌(たなごころ)に運(めぐ)らすがごとし。紂(ちゅう)の武丁(ぶてい)を去(さ)ること、未(いま)だ久(ひさ)しからず。其(そ)の故家(こか)遺俗(いぞく)、流風(りゅうふう)善政(ぜんせい)、猶(な)お存(そん)する者(もの)有(あ)り。又(また)微子(びし)(※)・微仲(びちゅう)(※)・王子比干(おうしひかん)(※)・箕子(きし)(※)・膠鬲(こうかく)(※)有(あ)り。皆(みな)賢人(けんじん)なり。相(あい)与(とも)に之(これ)を輔相(ほしょう)す。故(ゆえ)に久(ひさ)しくして而(しか)る後(のち)之(これ)を失(うしな)えるなり。尺地(しゃくち)(※)も其(そ)の有(ゆう)に非(あら)ざるは莫(な)く、一民(いちみん)も其(そ)の臣(しん)に非(あら)ざるは莫(な)し。然(しか)り而(しこう)して文王(ぶんおう)は方(ほう)百里(ひゃくり)より起(お)こる。是(ここ)を以(もっ)て難(かた)きなり。

(※)武丁……殷の中興の祖。第二十代にあたる。
(※)微子……紂王の兄。庶長子であったため紂が王になった。後に宋の初代王に封じられる。子がいなかったため、微仲が継いだとされる。
(※)微仲……微子の弟といわれている。
(※)王子比干……紂王のおじ。紂王に殺される。
(※)箕子……紂王のおじ。後に箕子朝鮮を建国した。
(※)膠鬲……紂王の良臣。
(※)尺地……一尺四方のわずかな土地。

【原文】
曰、文王何可當也、由湯至於武丁、賢聖之君六七作、天下歸殷久矣、久則難變也、武丁朝諸侯、有天下、猶運之掌也、紂之去武丁、未久也、其故家遺俗、流風善政、猶有存者、又有微子・微仲・王子比干・箕子・膠鬲、皆賢人也、相與輔相之、故久而後失之也、尺地莫非其有也、一民莫非其臣也、然而文王猶方百里起、是以難也。

 

1‐4 時勢を見て行動する


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「斉の人のことわざにもある。『いくら知恵があっても、時の勢いにはかなわない。農具を持っていたとしても、耕すには良い時期を待つしかない』と。今は、王道、仁政を成すには良いときである。昔、夏・殷・周のそれぞれ三代の盛時でも、領地は千里四方を過ぎたものはなかった。しかし斉は千里四方を有している。また三代においては人口も多く、民家も立ち並んでいたので鶏や犬の鳴き声が四方の国境まで聞こえたという。今の斉も、同じように多くの人口を抱えている。だから、これからさらに土地を拡げたり、さらに人を集めたりする必要はない(基礎はすでにできている)。今、仁政を行えば王者となるということを、誰も止めることはできないであろう」。

【読み下し文】
斉人(せいひと)言(い)える有(あ)り。曰(いわ)く、知慧(ちえ)有(あ)りと雖(いえど)も、勢(いきおい)に乗(じょう)ずるに如(し)かず。鎡基(じき)(※)有(あ)りと雖(いえど)も、時(とき)を待(ま)つに如(し)かず、と。今(いま)の時(とき)は則(すなわ)ち然(しか)し易(やす)きなり。夏后(かこう)・殷(いん)・周(しゅう)(※)の盛(さかん)なるも、地(ち)未(いま)だ千里(せんり)に過(す)ぐる者(もの)有(あ)らざるなり。而(しか)して斉(せい)其(そ)の地(ち)を有(ゆう)せり。雞鳴狗吠(けいめいくばい)(※)相(あい)聞(きこ)えて、四境(しきょう)に達(たっ)す。而(しか)して斉(せい)其(そ)の民(たみ)を有(ゆう)せり。地(ち)改(あらた)め辟(ひら)かず。民(たみ)改(あらた)め聚(あつ)めず。仁政(じんせい)を行(おこの)うて王(おう)たらば、之(これ)を能(よ)く禦(とど)むる莫(な)きなり。

(※)鎡基……農具。
(※)夏后・殷・周……夏(の后(きみ))の時代。殷、周の時代。
(※)雞鳴狗吠……鶏や犬の鳴き声。人口が多いことを示している。なお、『老子』にも「鶏犬(けいけん)の声(こえ)相(あ)い聞(き)こゆる」という表現がある(獨立八十)。

【原文】
齊人有言、曰、雖有智慧、不如乘勢、雖有鎡基、不如待時、今時則易然也、夏后・殷・周之盛、地未有過千里者也、而齊有其地矣、雞鳴狗吠相聞、而逹乎四境、而齊有其民矣、地不改辟矣、民不改聚矣、行仁政而王、莫之能禦也。

 

1‐5 徳はすぐに広まる。仁政の効果はすぐに出る


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「そのうえ、王者が現れなくなってから、今日より長く久しいことはない。また民が虐政に疲れ果ててしまっている状態も、今ほどひどいときはない。飢えている者は、何でもどんどん食べるものだし、のどが渇いた者は、何でもがぶがぶと飲むものである。孔子は、こう言った。『徳の効果が広まっていくさまは、早馬や早飛脚で命令を伝えるよりも速いものだ』と。今の状況で、万乗の兵車を出せるような大国(斉のような)が、仁政を行えば、民がそれを喜ぶことは、あたかも逆さ吊りの刑罰から解き放たれるようなものである。だから行う仕事が古の人の半分でも、その効果は倍となるであろう。今こそやるべきときなのだ」。

【読み下し文】
且(か)つ王者(おうじゃ)の作(おこ)らざるは、未(いま)だ此(こ)の時(とき)より疏(なが)き者(もの)有(あ)らざるなり。民(たみ)の虐政(ぎゃくせい)に憔悴(しょうすい)せるは、未(いま)だ此(こ)の時(とき)より甚(はなはだ)しき者(もの)有(あ)らざるなり。飢(う)うる者(もの)は食(しょく)を為(な)し易(やす)く、渇(かっ)する者(もの)は飲(いん)を為(な)し易(やす)し。孔子(こうし)曰(いわ)く、徳(とく)の流行(りゅうこう)は、置郵(ちゆう)(※)して命(めい)を伝(つた)うるより速(すみ)やかなり、と。今(いま)の時(とき)に当(あ)たり、万乗(ばんじょう)の国(くに)、仁政(じんせい)を行(おこな)わば、民(たみ)の之(これ)を悦(よろこ)ぶこと、猶(な)お倒懸(とうけん)(※)を解(と)くがごとし。故(ゆえ)に事(こと)は古(いにしえ)の人(ひと)の半(なか)ばにして、功(こう)は必(かなら)ず之(これ)に倍(ばい)せん。惟(ただ)此(こ)の時(とき)を然(しか)りと為(な)す。

(※)置郵……早馬、早飛脚。「置」が早馬。「郵」が早飛脚。
(※)倒懸……逆さ吊りの刑罰。苦しみと解する説もある(朱子など)。

【原文】
且王者之不作、未有疏於此時者也、民之憔悴於虐政、未有甚於此時者也、飢者易爲食、渴者易爲飮、孔子曰、德之流行、速於置郵而傳命、當今之時、萬乘之國行、仁政、民之悦之、猶解倒懸也、故事半古之人、功必倍之、惟此時爲然。

「目次」はこちら

シェア

Share

感想を書く感想を書く

※コメントは承認制となっておりますので、反映されるまでに時間がかかります。

著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

矢印