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第41回

98〜99話

2021.05.21更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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9‐2 汝(なんじ)は汝、我は我


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「柳下恵は、良くないとされた君でも仕えることを恥とせず、低い役職でも嫌とは思わなかった。どんな場合でも、自分の才能を発揮することを惜しまず努力し、必ず自分の信じる道を行って志を曲げなかった。それで人に捨てられてもうらまず、困窮しても心配することはなかった。そういう人だから、『あなたはあなた、私は私。私のそばで、(無作法に)服を脱いでも、裸になっても、私を汚すことはできないのだ』と言った。だから、いつも楽しげなようすで、これらの無作法な人と一緒にいても、自分の正しいと思う生き方を見失うことはなかった。柳下恵は自分を引き止める人がいればいつでも引き止まった。このように引き止める人がいれば引き止まったのは、(せっかく止める人がいるのだから)それを無視して去ってしまうのを、潔しとはしなかったからである」。

【読み下し文】
柳下恵(りゅうかけい)(※)は、汙君(おくん)(※)を羞(は)じず、小官(しょうかん)を卑(いや)しとせず。進(すす)んで賢(けん)を隠(かく)さず、必(かなら)ず其(そ)の道(みち)を以(もっ)てす(※)。遺佚(いいつ)(※)せられて怨(うら)みず、阨窮(やくきゅう)して憫(うれ)えず。故(ゆえ)に曰(いわ)く、爾(なんじ)は爾(なんじ)たり、我(われ)は我(われ)たり。我(わ)が側(かたわら)に袒裼(たんせき)(※)裸裎(らてい)(※)すと雖(いえど)も、爾(なんじ)焉(いずく)んぞ能(よ)く我(われ)を浼(けが)さんや、と。故(ゆえ)に由由然(ゆうゆうぜん)(※)として之(これ)と偕(とも)にして、自(みずか)ら失(うしな)わず(※)。援(ひ)いて之(これ)を止(とど)むれば止(とど)まる。援(ひ)いて之(これ)を止(とど)むれば止(とど)まる者(もの)は、是(こ)れ亦(また)去(さ)るを屑(いさぎよ)しとせざる己(のみ)。

(※)柳下恵……姓は展(てん)、名は獲(かく)という。字(あざな)は禽(きん)。恵は諡(おくりな)。魯の大夫であった。なぜ柳下恵と呼ばれたのかはよくわかっていない。『論語』でも評価は高く、何ヵ所か出てくる(衛霊公第十五、微子第十八など)。また、『孟子』でも後の尽心(下)で出てくる。
(※)汙君……良くないとされた君。けがれた君。
(※)其の道を以てす……自分の信じる道を行って志を曲げない。
(※)遺佚……人に捨てられる。
(※)袒裼……服を脱ぐ。
(※)裸裎……裸になる。
(※)由由然……楽しげな様子。満足した気分のさま。
(※)自ら失わず……自分の正しいと思う生き方を見失わず。

【原文】
柳下惠、不羞汙君、不卑小官、進不隱賢、必以其道、遺佚而不怨、阨窮而不憫、故曰、爾爲爾、我爲我、雖袒裼裸裎於我側、爾焉能浼我哉、故由由然與之偕、而不自失焉、援而止之而止、援而止之而止者、是亦不屑去己。

 

9‐3 潔ぺきすぎず、自由すぎず


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「伯夷は、潔ぺきすぎて、度量が狭い。これに対し、柳下恵は、自由すぎて、うやうやしさに欠けている嫌いがある。君子は、そうならないちょうど良いところを目指すものである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、伯夷(はくい)は隘(あい)(※)なり。柳下恵(りゅうかけい)は不恭(ふきょう)(※)なり。隘(あい)と不恭(ふきょう)とは、君子(くんし)由(よ)らざるなり。

(※)隘……潔ぺきすぎて、度量が狭い。
(※)不恭……自由すぎて、うやうやしさに欠ける。なお、本項での孟子の言う君子の生き方は、孔子の中庸をえた生き方を理想とした、とされている。ただ孟子自身も尽心(下)で、伯夷、柳下恵を聖人として次のように強くほめている。「伯夷(はくい)の風(ふう)を聞(き)く者(もの)は、頑夫(がんぷ)も廉(れん)に、懦夫(だふ)も志(こころざし)を立(た)つる有(あ)り。柳下恵(りゅうかけい)の風(ふう)を聞(き)く者(もの)は、薄夫(はくふ)も敦(あつ)く、鄙夫(ひふ)も寛(かん)なり」。吉田松陰は次のように述べる。「余(よ)、尤(もっと)も柳下恵(りゅうかけい)の行(こう)を愛(あい)す」、そして「余(よ)は則(すなわ)ち柳下恵(りゅうかけい)を主(しゅ)とし、是(こ)れを輔(ほ)するに伯夷(はくい)を以(もっ)てせんとす。是(これ)、余(よ)が志(こころざし)なり」とし、「是(これ)、余(よ)の二(に)聖人(せいじん)と学(まな)ぶの術(じゅつ)にして、孟子(もうし)の孔子(こうし)を学(まな)ぶ、恐(おそ)らくは亦(また)是(これ)に外(ほか)ならず」と言っている(『講孟箚記』)。孟子も、この二人の良いところを学ぶことで、孔子の道、生き方を学んだのだろうと考える。松陰を狭量だという人たちもいるが、野山獄の頑固者、変わり者たちの囚人を集めて、勉強会をやったり、松下村塾で、頑固者、変わり者の高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋たちを包み込み、教え伸ばしているのを見ると、やはり、柳下恵の生き方を主軸とし、伯夷の真面目さ、潔ぺきさを取り入れていたのがよくわかる。だから決して狭量ではなかった。

【原文】
孟子曰、伯夷隘、柳下惠不恭、隘與不恭、君子不由也。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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