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第75回

176〜178話

2021.07.08更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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2‐1 殷鑒(いんかん)遠からず


【現代語訳】
孟子は言った。「コンパスと定規は、四角形、円形をつくるときの最高の標準となる。同じように聖人は、人倫、すなわち人の正しい道を示してくれる最高の手本となる。良い君になろうとするならば君としての道を尽くし、良い臣になろうとするならば臣としての道を尽くさなければならない。二つの道とも皆、堯舜を模範とするのだ。舜が堯に仕えたように君に仕えない者は、その君を敬していないことになろう。同じように、堯が民を治めたように治めない者は仁がなく、民をそこなうことになる。孔子は言った。『道は二つしかない。仁の道か不仁の道かである』と。君がその民を虐げることがはなはだしければ、自分自身は殺されることになり、国も亡んでしまうだろう。民を虐げることがそれほどはなはだしくない場合でも、その身は危険となり、その国は他国に侵略されてしまい、領土も削られることになろう。そのような君には、幽とか厲とかの諡(おくりな)がつく。いったんこのような諡がつくと、いかに孝行の子孫が出ても、百代の後世になっても、そのことを変えることはできないのである。『詩経』はこう言っている。『殷鑒遠からず。すなわち殷の紂王が戒めとすべきだったのは、遠いところにあるのではなく、近くの夏の君の暴君桀王のときにあった』と」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、規矩(きく)は方(ほう)員(えん)の至(いた)りなり。聖人(せいじん)は人倫(じんりん)の至(いた)りなり。君(きみ)たらんと欲(ほっ)せば君(きみ)の道(みち)を尽(つ)くし、臣(しん)たらんと欲(ほっ)せば臣(しん)の道(みち)を尽(つ)くす。二者(にしゃ)皆(みな)堯舜(ぎょうしゅん)に法(のっと)るのみ。舜(しゅん)の堯(ぎょう)に事(つか)うる所以(ゆえん)を以(もっ)て君(きみ)に事(つか)えざるは、其(そ)の君(きみ)を敬(けい)せざる者(もの)なり。堯(ぎょう)の民(たみ)を治(おさ)むる所以(ゆえん)を以(もっ)て民(たみ)を治(おさ)めざるは、其(そ)の民(たみ)を賊(ぞく)する者(もの)なり。孔子(こうし)曰(いわ)く、道(みち)は二(ふた)つ、仁(じん)と不仁(ふじん)のみ、と。其(そ)の民(たみ)を暴(ぼう)すること甚(はなはだ)しければ、則(すなわ)ち身(み)弑(しい)せられ国(くに)亡(ほろ)ぶ。甚(はなはだ)しからざれば、則(すなわ)ち身(み)危(あや)うく国(くに)削(けず)らる。之(これ)を名(な)づけて幽(ゆう)・厲(れい)(※)と曰(い)う。孝子(こうし)慈孫(じそん)(※)と雖(いえど)も、百世(ひゃくせい)改(あらた)むること能(あた)わざるなり。詩(し)に云(い)う、殷(いん)鑒(かん)遠(とお)からず(※)、夏后(かこう)の世(よ)に在(あ)り、と。此(これ)の謂(いい)なり。

(※)幽・厲……通常は周の幽王(「幽」は暗愚の意)と厲王(「厲」は虐(むご)いの意)のことを指すが、ここでは広く一般に、このような不仁の君主を幽・厲と言っている。
(※)孝子慈孫……孝行の子孫。親孝行をする子、祖父をいつくしむ孫、つまり父祖を大事にする子孫。
(※)殷鑒遠からず……『詩経』の言葉だが、今もよく使われている。意味は通常次のようにされる。「殷の紂王は、夏の滅亡に鑑み暴虚の行いを慎めばよかったのに、それをしなかったために桀王と同じように国を滅ぼしてしまった。手近な失敗の例は、よく見ておくべきものだ、の意」とされている(『新明解国語辞典』三省堂)。

【原文】
孟子曰、規榘方員之至也、垩人人倫之至也、欲爲君盡君衜、欲爲臣盡臣衜、二者皆法堯舜而已矣、不以舜之所以事堯事君、不敬其君者也、不以堯之所以治民治民、賊其民者也、孔子曰、衜二、仁與不仁而已矣、暴其民甚、則身弑國兦、不甚、則身危國削、名之曰幽・厲、雖孝子慈孫、百世不能改也、詩云、殷鑒不遠、在夏后之世、此之謂也。

 

3‐1 酔うことを憎んで酒を強うる


【現代語訳】
孟子は言った。「(夏、殷、周の)三代が天下を得たのは、(夏の禹王、殷の湯王、周の文王・武王などが)よく仁政を行ったからであるし、天下を失うようになったのは、夏の桀王、殷の紂王、周の幽王・厲王などが不仁の政治を行ったからである。(諸侯の)国が興廃・存亡するわけもこれらと同じである。天子が不仁であると、四海、すなわち天下を保つことができない。諸侯が不仁であれば、その社稷、すなわち国家を保つことができない。卿や大夫が不仁であればその宗廟すなわち家を保つことができない。士や庶人が不仁であれば、その四体、すなわち自分の体を保つことができない。このようになることはわかっているのに、死んだり滅びたりするのを嫌いながら、不仁を楽しんでいるのは、酔うことを嫌いながら、酒を自ら喜んで飲むようなものである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、三代(さんだい)(※)の天下(てんか)を得(う)るや仁(じん)を以(もっ)てし、其(そ)の天下(てんか)を失(うしな)うや不仁(ふじん)を以(もっ)てす。国(くに)の廃興(はいこう)存亡(そんぼう)する所以(ゆえん)の者(もの)も、亦(また)然(しか)り。天子(てんし)不仁(ふじん)なれば、四海(しかい)(※)を保(たも)たず。諸侯(しょこう)不仁(ふじん)なれば、社稷(しゃしょく)(※)を保(たも)たず。卿(けい)大夫(たいふ)不仁(ふじん)なれば、宗廟(そうびょう)を保(たも)たず。士(し)庶人(しょじん)不仁(ふじん)なれば、四体(したい)(※)を保(たも)たず。今(いま)、死亡(しぼう)を悪(にく)んで而(しか)も不仁(ふじん)を楽(たの)しむは、是(こ)れ猶(な)お酔(よ)うことを悪(にく)んで而(しか)も酒(さけ)を強(し)うる(※)がごとし。

(※)三代……夏、殷、周の三代。
(※)四海……天下。
(※)社稷……天は、「社」は土地の神、「稷」は穀物の神をいう。
(※)四体……身体。
(※)酒を強うる……しいて酒を飲む。自ら進んで喜んで酒を飲むニュアンスがある。ここは孟子らしい見事で面白い比喩である。

【原文】
孟子曰、三代之得天下也以仁、其失天下也以不仁、國之所以廢興存兦者亦然、天子不仁、不保四海、諸侯不仁、不保社稷、卿大夫不仁、不保宗廟、士庶人不仁、不保四體、今、惡死兦而樂不仁、是猶惡醉而强酒。

 

4‐1 反求できれば天下のすべては従う


【現代語訳】
孟子は言った。「人を愛したつもりでも、相手が親しんでこなかったら、こちらの仁、愛に何かまだ足りないのではないか、問題はないかと反省してみよう。人を治めてもうまくいかないときは、自分の知恵に不足がないか、問題はないか反省してみよう。人を礼遇していても、向こうから報われることがないときは、自分の敬愛が足りなくないか、問題がないか反省してみよう。このように自分の行いが、思い通りにならないときには、すべて自分の側に不足や問題がないかを反省するのである。本当にこういう態度で臨んで、自分の身を正しくしていくと、天下のことはすべて自分に従ってくるのだ。『詩経』もこう言っている。『長く、天命に従って行動し、その結果、自分自身に多くの幸福を求めることができた』と」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、人(ひと)を愛(あい)して親(した)しまれざれば、其(そ)の仁(じん)に反(かえ)れ。人(ひと)を治(おさ)めて治(おさ)まらざれば、其(そ)の智(ち)に反(かえ)れ。人(ひと)を礼(れい)して答(こた)えられざれば、其(そ)の敬(けい)に反(かえ)れ。行(おこな)いて得(え)ざる者(もの)有(あ)れば、皆(みな)諸(これ)を己(おのれ)に反求(はんきゅう)(※)す。其(そ)の身(み)正(ただ)しければ、天下(てんか)之(これ)に帰(き)す。詩(し)に云(い)う、永(なが)く言(ここ)に命(めい)に配(はい)し(※)、自(みずか)ら多福(たふく)を求(もと)む、と。

(※)反求……すべて自分の側に不足や問題がないかを反省する。本章の孟子の文は名言の一つとしてよく知られている。ほかでも孟子は、「人を愛する者は、人恒に之を愛し、人を敬する者は、人恒に之を敬す」(離婁(下)第二十八章一)と言う。確かに、その人を愛すれば、その人が自分を愛するようになるのが原則で、私たちでもこれは体験することである。しかし、人のなかには常に敵対する人も出てくる(孟子の論敵などを考えるとわかるように)。『論語』では、「子(し)曰(いわ)く、惟(た)だ仁者(じんしゃ)のみ、能(よ)く人(ひと)を好(この)み、能(よ)く人(ひと)を悪(にく)む」(里仁第四)とある。これらを考えると、孔子、孟子の考えは、人を感情的に嫌うのではなく、仁愛、仁義をもって判断し、自分は仁の徳をひたすら身につける努力をし、そのうえで、この世に対する悪徳を冷静に判断し、追い払っていこうというのであろう。
(※)永く言に命に配し……本文では「言」を「ここに」と読んだが、これを「わ(れ)」と読み、「永(なが)く言(わ)れ命(めい)に配(はい)し」と読む説や、「ここに」と読む説、「永言」で「ながく」と読む説などもある。

【原文】
孟子曰、愛人不親、反其仁、治人不治、反其智、禮人不答、反其敬、行有不得者、皆反求諸己、其身正而天下歸之、詩云、永言配命、自求多福。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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