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第23回

56〜57話

2021.04.21更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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10‐1 戦争の可否を問う


【現代語訳】
斉の国が燕を討って勝った。宣王は孟子に問うた。「ある人は、私に、燕の国を取ってはいけないと言い、ある人は、私に、取れと言う。万乗(戦車一万)の大国が、同じく万乗の大国と戦って、わずか五十日で攻め落とした。これは人力だけではとてもできないことである。これを取らないと、必ず天の災いがもたらされよう。よって燕を取ろうと思うが、どうかな」。

【読み下し文】
斉人(せいひと)燕(えん)を伐(う)ちて之(これ)に勝(か)つ。宣王(せんおう)問(と)うて曰(いわ)く、或(ある)ひとは寡人(かじん)に取(と)る勿(な)かれと謂(い)い、或(ある)ひとは寡人(かじん)に之(これ)を取(と)れと謂(い)う。万乗(ばんじょう)の国(くに)を以(もっ)て万乗(ばんじょう)の国(くに)を伐(う)ち、五旬(ごじゅん)(※)にして之(これ)を挙(あ)ぐ。人力(じんりょく)は此(ここ)に至(いた)らず。取(と)らずんば必(かなら)ず天(てん)の殃(わざわい)(※)有(あ)らん。之(これ)を取(と)ること何如(いかん)。

(※)五旬……五十日。旬は十日。
(※)天の殃……天の災い。

【原文】
齊人伐燕勝之、宣王問曰、或謂寡人勿取、或謂寡人取之、以萬乘之國伐萬乘之國、五旬而擧之、人力不至於此、不取必有天殃、取之何如、

 

10‐2 民意を尊重する(民族自決権論)


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。孟子は答えて言った。「斉が燕の国を取っても、燕の民がそれを喜び望むなら、取っていいでしょう。昔の人でそのやり方をした方がいます。それは周の武王です。反対に、燕の民が喜ばず望まないのなら取るべきではないでしょう。昔の人でそのようなやり方をした方がいます。武王の父である文王です。万乗の大国が万乗の大国を伐つ場合に、相手つまり伐たれる側の民が食べ物や飲み物を持ってきて、王の軍隊を歓迎したのは、ほかでもなりません。水で溺らせるごとき、また火で焼くごとき燕の暴政から逃げられたいがためだったのです。ですから、もし王が燕を取ったとして、水がますます深く、また火がますます熱くなるような、一層ひどい暴政をするようでありましたなら、同じように斉を怨み、他国の軍隊を歓迎するということになるでしょう」。

【読み下し文】
孟子(もうし)対(こた)えて曰(いわ)く、之(これ)を取(と)りて燕(えん)の民(たみ)悦(よろこ)ばば(※)、則(すなわ)ち之(これ)を取(と)れ。古(いにしえ)の人(ひと)之(これ)を行(おこな)う者(もの)有(あ)り、武王(ぶおう)是(これ)なり。之(これ)を取(と)りて燕(えん)の民(たみ)悦(よろこ)ばずんば、則(すなわ)ち取(と)ること勿(なか)れ。古(いにしえ)の人(ひと)之(これ)を行(おこな)う者(もの)有(あ)り、文王(ぶおう)是(これ)なり。万乗(ばんじょう)の国(くに)を以(もっ)て万乗(ばんじょう)の国(くに)を伐(う)つ。簞(たん)食(し)壺漿(こしょう)(※)して、以(もっ)て王(おう)の師(し)を迎(むか)うるは、豈(あに)他(た)有(あ)らんや、水火(すいか)(※)を避(さ)けんとてなり。水(みず)の益〻(ますます)深(ふか)きが如(ごと)く、火(ひ)の益〻(ますます)熱(あつ)きが如(ごと)くんば、亦(また)運(めぐ)らん(※)のみ。

(※)悦こばば……喜び望んだら。
(※)簞食壺漿して……伐たれる側の民が食べ物や飲み物を持ってきて。「簞」はその器。「食」は飯のこと。「壺」はつぼ。「漿」は飲料水。
(※)水火……水で溺らせるごとき、また火で焼くごとき暴政を指す。
(※)亦運らん……同じような運命になる。つまり、斉を怨み、他国の軍隊を歓迎することになる。なお、本章については、「高朗な民族自主自決の精神を高調する風格は、絶対に孟子独自の高次な魅力である」と高く評価する人(『新釈漢文大系〈4〉孟子』内野熊一郎著 明治書院)もいれば、他方で「道徳主義の王道政治を提唱する孟子が、もし燕国民がこれを支持するならば、という前提条件をつけているとしても、このような斉の侵略主義を支持したことは理解しがたい」(『孟子』 貝塚茂樹著 講談社学術文庫)と批判的な人もいる。思うに孟子は、まったくの戦争否定論者でないものの、後に出てくる尽心(下)にある「春秋に義戦無し」の有名な言葉もあるように、戦争に対してはかなり否定的な考えを持っているように思われる。戦争をする際にも、ひたすら、民意、国民の本心を尊重することを主張している。斉の宣王の質問への答え方としては、これが精一杯であったろう。

【原文】
孟子對曰、取之而燕民悦、則取之、古之人有行之者、武王是也、取之而燕民不悦、則勿取、古之人有行之者、文王是也、以萬乘之國伐萬乘之國、箪食壺漿以迎王師、豈有他哉、避水火也、如水益深、如火益熱、亦運而已矣、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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