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第131回

313話〜314話

2021.09.30更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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14‐1 我欲でなく、心と志を育て養う

【現代語訳】
孟子は言った。「人は、自分自身の身については、どんな部分でも愛さないところはない。愛さないところがないので、どんなところでも養わないところはない。一尺や一寸ほどの皮膚でも、愛さないことがないので、養わないことはないわけである。ところでその養い方の善し悪しを判断するには、別にほかの方法があるわけではなく、自分自身の身において、その養い方が善いものかどうかを見るだけである。その自分の体においては、貴いとみるべきところと、賤しいと見るべきところがある(前者は心や志などであり、後者は我欲を生むところの目耳口腹などである)。だからつまらぬ小の部分をもって、大切な大の部分を害してはいけないし、賤しい部分をもって、貴い部分を害してはいけない。つまらない小の部分を養う(我欲ばかりを養う)者は、つまらぬ小人になり、大切な大の部分を養う(心や志を養う)者は、偉大な大人となるのである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、人(ひと)の身(み)に於(お)けるや、愛(あい)する所(ところ)を兼(か)ぬ。愛(あい)する所(ところ)を兼(か)ぬれば、則(すなわ)ち養(やしな)う所(ところ)を兼(か)ぬ。尺寸(しゃくすん)の膚(ふ)も愛(あい)せざること無(な)ければ、則(すなわ)ち尺寸(しゃくすん)の膚(ふ)も養(やしな)わざること無(な)きなり。其(そ)の善(ぜん)・不善(ふぜん)を考(かんが)うる所以(ゆえん)の者(もの)は、豈(あに)他(た)有(あ)らんや。己(おのれ)に於(お)いて之(これ)を取(と)るのみ。体(たい)に貴賤(きせん)(※)有(あ)り、小大(しょうだい)有(あ)り。小(しょう)を以(もっ)て大(だい)を害(がい)すること無(な)く、賤(せん)を以(もっ)て貴(き)を害(がい)すること無(な)かれ。其(そ)の小(しょう)を養(やしな)う者(もの)は小人(しょうじん)たり。其(そ)の大(だい)を養(やしな)う者(もの)は大人(たいじん)たり。

(※)貴賤……ここでは、貴いものが心や志などであり、賤しいものが、目、耳、口、腹などの我欲を生む部分を指している。なお、佐藤一斎は「身(み)の我(われ)を以(もつ)て心(こころ)の我(われ)を害(がい)するは、人欲(じんよく)なり」と述べている(『言志四緑』、および拙著『全文完全対照版 菜根譚コンプリート』の後集五十六条参照)。

【原文】
孟子曰、人之於身也、兼所愛、兼所愛、則兼所養也、無尺寸之膚不愛焉、則無尺寸之膚不養也、所以考其善・不善者、豈有他哉、於己取之而已矣、體有貴賤、有小大、無以小害大、無以賤害貴、養其小者爲小人、養其大者爲大人。


14‐2 飲食を大事にするとともに精神修養を怠らない

【現代語訳】
孟子は言った。「今、くすり指が曲がってしまい、伸びなくなってしまったとする。別に痛くもなく、仕事にも影響があるわけではない。しかし、曲がった指を伸ばして、治してくれるという人があったら秦や楚のような遠い国でも行くに違いない。それは、単に指が人並みではなく、恥ずかしいという思いからである。このように、人は指が一本でも人並みでないと恥ずかしくて、このことを苦にすることを知っている。それなのに、心が人並みでないことは、苦にするわけではない。これは、どういうことだろうか。物の軽重をわかっていないと言うべきである」。


【読み下し文】
今(いま)、場師(じょうし)(※)有(あ)り。其(そ)の梧檟(ごか)(※)を舎(す)てて、其(そ)の樲(じき)棘(よく)(※)を養(やしな)わば、則(すなわ)ち賤(せん)場師(じょうし)と為(な)さん。其(そ)の一指(いつし)を養(やしな)い、而(しか)も其(そ)の肩(けん)背(はい)を失(うしな)いて知(し)らざれば、則(すなわ)ち狼疾人(ろうしつじん)(※)と為(な)さん。飲食(いんしょく)の人(ひと)は、則(すなわ)ち人(ひと)之(これ)を賤(いや)しむ。其(そ)の小(しょう)を養(やしな)いて以(もっ)て大(だい)を失(うしな)う(※)が為(ため)なり。飲食(いんしょく)の人(ひと)も、失(うしな)うこと有(あ)る無(な)ければ、則(すなわ)ち口腹(こうふく)豈(あに)適(ただ)尺寸(しゃくすん)の膚(ふ)の為(ため)のみならんや。


(※)場師……植木屋。
(※)梧檟……「梧」は桐、「檟」は梓。共に良材となる木とされた。
(※)樲棘……「樲」は、なつめの一種。「棘」はいばら。
(※)狼疾人……やぶ医者。これに対し、疾(や)める狼のような人とする説もある。そして、前の「肩背を失いて知らざれば」を、「自らかえり見ることのできない」などと訳する。
(※)大を失う……心や志のような大なるものを養うことを失う。なお、孟子は、飲食で身体をよく養うことと、精神修養で心と志を養うことの両方を大切にしようと考えていたのがわかる。ただし、小とか大とかで比喩しているように、精神修養(心や志を育てる)することをより重視していたのも読み取れる。


【原文】
孟子曰、今有無名之指、屈而不信、非疾痛害事也、如有能信之者、則不遠秦・楚之路、爲指之不若人也、指不若人、則知惡之、心不若人、則不知惡、此之謂不知類也。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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