第3回
ストーリーを描く【平安~江戸初期の絵巻物】
2017.07.12更新
誰もがわかる「凄さ」より、私が心奪われる「美しさ」が大事! リアルなものも嫌いじゃないけど、キレイなものやかわいいものが大好きで、デフォルメや比喩も進んで楽しめちゃう。そんな日本人の「好き」の結晶・日本絵画。世界も魅了したその魅力をお教えします。
「目次」はこちら
室町時代後期から江戸時代前半にかけて全盛した、リアリズムにこだわらないおおらかな表現の具象画※1。主要な部分は強調し、それ以外は簡略化した素朴な味わいの作品が多く、主に庶民に向けて制作された。
同じ人物をひとつの場面に複数回登場させ、場面内での時間的な経過を示す表現方法。画面の右から左へストーリーが展開する、絵巻物特有の表現として生み出された。今日のマンガやアニメでも使われる表現法。
線描主体の絵を男絵、着色の作り絵※2を女絵とよび、『源氏物語絵巻』は典型的な女絵とされる。ただし、男絵と女絵の定義は定まっておらず、例えば女性が好むような情緒的な絵を女絵とよぶ場合もある。
世界で高く評価されている日本のマンガやアニメ。その源流は、平安時代の絵巻物に求められるかもしれません。
平安時代の王朝文化は、『源氏物語』に代表される優れた物語文学を生み出しましたが、絵でストーリーを表現する絵巻物も高度な発達をとげました。『源氏物語絵巻』の洗練されたデザイン感覚、『鳥獣人物戯画』の確かなデッサン力やユーモアのセンス、多くの絵巻物に共通する絵の流れでストーリーを語る構成力などは、現代人の目にも新鮮です。
中世の絵巻物には庶民を鑑賞者に想定するものが多くなり、次第に素朴で大らかな表現が目立ち始めます。おとぎ話や妖怪などをテーマにする異色の絵巻物も登場し、日本独自の表現世界が生み出されました。
※1 具象画:具体的な事物をモチーフとして描かれた絵画
※2 作り絵:下描きの線を着彩で塗り込めて消し、そのあとで再度輪郭線を描いたり細部を描く手法
『源氏物語』は平安時代中期に紫式部が著し、貴族社会に一大ブームを巻き起こした物語文学の傑作です。物語を絵巻化した『源氏物語絵巻』は、発表からおよそ百年後に制作されました。
物語の各場面を描いた絵と詞書(ことばがき)※3が交互に展開し、もとは100段※4近くにおよぶ大作であったと推定されています。現存するのはその一部で、絵19段と詞書20段のほか、諸家に伝わる断簡※5が残されています。
絵巻はサロン的な空間で観賞されたと推測され、家の中をのぞき見るような吹抜屋台(ふきぬきやたい)※6の手法で描かれているのが特徴です。登場人物の顔は感情を隠した引目鉤鼻(ひきめかぎばな)※7の描法でパターン化され、柱や畳のラインで人間関係や心情を表すなど、王朝の人間ドラマがこまやかに表現されています。
※3 詞書:物語のあらすじや内容を書いた、絵巻に書かれている文章
※4 段:ひとつづきになった絵や詞書を数えるときの単位
※5 断簡:文書の切れはし。切れ切れになった文書の断片
※6 吹抜屋台:屋根や天井を取り払い、斜め上空からみた構図で室内を描く技法
※7 引目鉤鼻:目は細く引き、鼻は鉤形で表す手法
京都の高山寺に伝わる『鳥獣人物戯画』は甲乙丙丁の4巻からなり、甲巻と乙巻は平安時代後期、丙巻と丁巻は鎌倉時代の制作と推定されています。
作者は鳥羽僧正覚猷(とばそうじょうかくゆう)とも寺院に所属した絵仏師※8ともいわれ解明されておらず、詞書もないため詳しいストーリーも不明です。しかし最近の研究では、甲巻の絵の順番が入れ替わっていたり、丙巻は表裏に描かれていた絵をはがして巻物にされていたことがわかっています。
甲巻をはじめとする本作の最大の魅力は、擬人化された動物たちのユーモアあふれる生き生きとした表現です。自由自在の太さの墨線でスピード感たっぷりに描かれた動物の動きには現代のマンガに通じる表現も使われ、マンガの原点とされています。
※8 絵仏師:僧の資格をもちながら仏教絵画を描くことを仕事とした人。寺院に所属して仏教絵画を描いた人
さまざまな妖怪たちが行進するようすを描いた絵巻物です。同名、同種の絵巻物としてはたくさんのバリエーションがあり、京都の真珠庵に伝わる『百鬼夜行絵巻』が室町時代に描かれた現存最古作として有名です。
詞書(ことばがき)がなくストーリーの詳細は不明ですが、巻頭から青鬼や赤鬼が登場し、その後も道具の妖怪である付喪神(つくもがみ)などが次々と現れて奇行を繰り広げるさまはユーモラスでどことなく楽しげです。こうした表現は『鳥獣人物戯画』の流れをくんでいると考えられ、擬人化の対象を道具にまで広げてしまう日本人の想像力が笑いにつながります。道具の妖怪は人気を博し、百鬼夜行絵巻は後世にも数多く制作されました。
『小栗判官絵巻』は江戸時代前期に浄瑠璃(じょうるり)※9の演目として人気を得た、小栗判官と照手姫(てるてひめ)の悲恋物語を描いた全15巻、全長324mにおよぶ壮大な絵巻物です。初期の浄瑠璃を題材にした「古浄瑠璃絵巻群」とよばれる作品を数多く制作している、絵師の岩佐又兵衛の工房の作と伝えられています。
又兵衛の作品は、浄瑠璃の抑揚豊かな語りと呼応するかのようなダイナミックでメリハリの効いた場面展開と、躍動感のある人物の表現、色彩鮮やかな装束や建物のこまやかな描写で、浄瑠璃の世界観を巧みに描き出しているのが特徴です。江戸時代前期に活躍した又兵衛は浮世絵の元祖ともいわれ、のちに近松門左衛門が著した絵師が主人公の浄瑠璃『傾城反魂香』(けいせいはんごんこう)のモデルにもなりました。
※9 浄瑠璃:三味線で伴奏しながら太夫がストーリーを語る、語り物音楽のひとつ
さかな
2020.11.23
∩^ω^∩