第150回
361〜363話
2021.10.28更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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16‐1 舜の偉大なところ
【現代語訳】
孟子は言った。「舜がまだ深山(歴山)にいたころは、木や石がいっぱいあるなかで暮らし、鹿や猪と遊んでいた。舜が、深山に住んでいる野人(田舎の自然児)たちと違うところは、ほとんどなかった。しかし、彼が野人たちと違ったのは、ひとたび一つの善い言葉を聞き、一つの善い行いを見ると、まるで揚子江や黄河の水を切って落として流れ出すように、そのほうに突き進み、これを誰もふせぎとどめることはできなかったという点にある」。
【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、舜(しゅん)の深山(しんざん)(※)の中(うち)に居(お)るや、木石(ぼくせき)と居(お)り、鹿豕(ろくし)と遊(あそ)ぶ(※)。其(そ)の深山(しんざん)の野人(やじん)に異(こと)なる所以(ゆえん)の者(もの)は、幾(ほと)んど希(まれ)なり。其(そ)の一(いち)善言(ぜんげん)を聞(き)き、一(いち)善行(ぜんこう)を見(み)るに及(およ)びては、江(こう)河(が)(※)を決(けっ)して沛然(はいぜん)(※)たるが若(ごと)く、之(これ)を能(よ)く禦(ふせ)ぐ(※)こと莫(な)きなり。
(※)深山……歴山。舜がまだ見出されないころは、歴山のふもとで農耕に従事していたとされる。
(※)鹿豕と遊ぶ……鹿や猪と遊ぶ。鹿や猪の害と戦っている日々の現代日本の田舎では「遊ぶ」という表現は理解しにくい。しかし、それくらい山の自然のなかで楽しんで暮らしたことをうまく表現したものであろう。
(※)江河……揚子江と黄河。
(※)沛然……水が勢い良く盛んに流れる様。
(※)禦ぐ……ふせぐ。「禦(とど)むる」と読むこともできる。
【原文】
孟子曰、舜之居深山之中、與木石居、與鹿豕遊、其所以異於深山之野人者、幾希、及其聞一善言、見一善行、若決江河沛然、莫之能禦也。
17‐1 ならぬものはならぬ
【現代語訳】
孟子は言った。「してはならないことをしない、欲してはならないことを欲しない。(君子の道は)それだけのことである」。
【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、其(そ)の為(な)さざる所(べき)(※)を為(な)すこと無(な)く、其(そ)の欲(ほっ)せざる所(べき)を欲(ほっ)すること無(な)し。此(かく)の如(ごと)きのみ。
(※)所……「ところ」と読むのが普通だが、「べし」と読むとする説も多く、ここではそれをとった。会津藩の藩校日新館で教えられた「什の教え」のなかに、有名な次の言葉があった。「ならぬことはならぬものです」。まさに、ここで孟子が教えた言葉のようである。私は、ここに『孟子』の影響を強く感じる。なお、離婁(下)第八章でも、「人(ひと)為(な)さざる有(あ)り」と述べている。
【原文】
孟子曰、無爲其所不爲、無欲其所不欲、如此而已矣。
18‐1 逆境のなかでこそ人は成長していく
【現代語訳】
孟子は言った。「徳行・知慧(知恵)・技術・才智に優れた人というのは、ほとんどが災難・困難などの苦しみのなかから生まれてくる。君から、うとんじられている臣や庶子(妾腹の子)に限って、その心持ちが安らかではなく、自分の立場からくる患(うれ)いを考えることも深い。だから(知恵も進み、努力もするので)物事に上達するようになるのである」。
【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、人(ひと)の、徳(とく)・慧(けい)・術知(じゅつち)(※)有(あ)る者(もの)は、恒(つね)に疢疾(ちんしつ)(※)に存(そん)す。独(ひと)り孤臣(こしん)(※)・孼子(げっし)(※)のみ、其(そ)の、心(こころ)を操(と)る(※)や危(あや)うく、其(そ)の、患(うれ)いを慮(おもんぱか)るや深(ふか)し。故(ゆえ)に達(たっ)す(※)。
(※)徳慧術知……徳行・知慧・道術(技術)・才智の四つの長所。なお、朱子は、徳慧は徳の慧(さと)いこと、術知は術の知の二つの長所とみる。慧(さと)いこと、術知の二つの長所と見る説もある。
(※)疢疾……災難・困難。
(※)孤臣……君から、うとんじられている臣。
(※)孼子……庶子(妾腹の子)。
(※)心を操る……心持ち。
(※)達す……物事に上達する。本章は、告子(下)第十五章とともに、後の世代に影響を与えた。どれだけの不遇の身に置かれた人を勇気づけ、努力をさせたかわからない名文である。
【原文】
孟子曰、人之、有德・慧・術・知者、恆存乎疢疾、獨孤臣・孽子、其、操心也危、其、慮患也深、故逹。
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