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第157回

382〜384話

2021.11.09更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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36‐1 住まい、環境、地位は人を変える

【現代語訳】
孟子が斉の范という町から首都(臨淄〈りんし〉)に行ったとき、斉王の子をはるかに望み見て、感嘆のため息をついて言った。「昔から、『住まい、環境、地位は人の気性と人間性を変え、食べ物の栄養は、人の体を変える』といわれている。なるほど、地位がその人を変えることには大なるものであることがわかる。ほかの者たちだってすべて人の子ではないか」。孟子はさらに続けて言った。「王子の宮殿・車馬・衣服は、多くは人と変わらない。しかし、斉の王子があのように立派に見えるのは、その居るところの王子という地位がそうさせているのだろう。このようにその居るところの地位が大きな影響を人に与えるのなら、仁という一番大きく、大事な住居におる者は、凄く立派に見えることだろう。かつて魯の君が宋に行かれたとき、垤沢の城門が開いていなかったので、門番を呼んで門を開けさせられた。門番は言った。『この方はうちの君ではない。しかし、何とその声(言い方)が我が君に似ていることよ』。これはほかでもない。二人は地位が同じような立場にあるので、似ているのである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)范(はん)より斉(せい)に之(ゆ)き、斉王(せいおう)の子(こ)を望見(ぼうけん)(※)し、喟然(きぜん)(※)として歎(たん)じて曰(いわ)く、居(きょ)は気(き)(※)を移(うつ)し、養(よう)は体(たい)を移(うつ)す、と。大(だい)なるかな居(きょ)や。夫(そ)れ尽(ことごと)く人(ひと)の子(こ)に非(あら)ざるか。孟子(もうし)曰(いわ)く、王子(おうじ)の宮室(きゅうしつ)・車馬(しゃば)・衣服(いふく)は、多(おお)く人(ひと)と同(おな)じ。而(しか)るに王子(おうじ)の彼(か)の若(ごと)き者(もの)は、其(そ)の居之(きょこれ)をして然(しか)らしむるなり。況(いわ)んや天下(てんか)の広(こう)居(きょ)(※)に居(お)る者(もの)をや。魯(ろ)の君(きみ)宋(そう)に之(ゆ)き、垤沢(てつたく)の門(もん)(※)に呼(よ)ぶ。守(まも)る者(もの)曰(いわ)く、『此(こ)れ吾(わ)が君(きみ)に非(あら)ざるなり。何(なん)ぞ其(そ)の声(こえ)の我(わ)が君(きみ)に似(に)たるや』と。此(こ)れ他(た)無(な)し、居(きょ)相似(あいに)たればなり。

(※)望見……遠くから見ること。
(※)喟然……ため息をついて感嘆すること。
(※)気……ここでは気性、人間性、気品のこと。なお、「孟母三遷の教え」という故事、格言があり、真実のことかわからないけれども、そうした言い伝えはあったのだろう。一般に次のように言われているが、本章の参考にもなる。「最初、墓の近くに住んでいたが、孟子が葬式のまねをしたので、教育上望ましくないとして、市場の近くに移った。すると、今度は、商人の駆け引きのまねを始めたので、再度、学校のそばに転居すると今度は、礼儀作法のまねをした。孟母はこここそふさわしい環境であるとして、居を定めた」(『故事ことわざの辞典』小学館)。
(※)天下の広居……仁のこと。
(※)垤沢の門……宋の城門の名。

【原文】
孟子自范之齊、望見齊王之子、喟然歎曰、居移氣、養移體、大哉居乎、夫非盡人之子與、孟子曰、王子宮室・車馬・衣服多與人同、而王子若彼者、其居使之然也、況居天下之廣居者乎、魯君之宋、呼於垤澤之門、守者曰、此非吾君也、何其聲之似我君也、此無他、居相似也。

37‐1 君子、賢人は真心あってはじめて良く仕える

【現代語訳】
孟子は言った。「ただ禄を与えて養うだけで、愛さないのはその人を豚として扱うようなものである。また、愛して敬せないのはけものを飼うようなものである。恭敬の心は、進物の(礼物を差し出す)前になければならないものだ。恭敬の真心がないと、(いくら進物が多くても)君子を引き留めておくことはできない」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、食(やしな)いて愛(あい)せざるは、之(これ)を豕交(しこう)(※)するなり。愛(あい)して敬(けい)せざるは、之(これ)を獣畜(じゅうちく)する(※)なり。恭敬(きょうけい)なる者(もの)は、幣(へい)(※)の未(いま)だ将(おこな)わざる者(もの)なり。恭敬(きょうけい)にして実(じつ)無(な)ければ、君子(くんし)虚拘(きょこう)(※)すべからず。

(※)豕交……豚として扱う。交う。
(※)獣畜する……けものを飼うようなものである。
(※)幣……幣帛のこと、すなわち進物、礼物。
(※)虚拘……真心なくして留めておくこと。なお、『論語』でも次のように言っている。「子(し)曰(いわ)く、今(いま)の孝(こう)は是(こ)れ能(よ)く養(やしな)うを謂(い)う。犬馬(けんば)に至(いた)るまで、皆(みな)能(よ)く養(やしな)うこと有(あ)り。敬(けい)せずんば何(なに)を以(もっ)て別(わか)たんや」(為政第二)。

【原文】
孟子曰、食而弗愛、豕交之也、愛而不敬、獸畜之也、恭敬者、幣之未將者也、恭敬而無實、君子不可虚拘。

38‐1 天は本来私たちに十分の能力を与えている

【現代語訳】
孟子は言った。「人間としての形体(手や足や目や鼻やなど)や容貌、顔色などは、天が私たちに与えたものである。つまり、天性である(しかし、私たち凡人は、私欲にとらわれてそれを発揮できていない)。ただ聖人だけが、天性にのっとり、与えられた形体の本来の能力を十分に発揮させて、生かせることができるのである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、形色(けいしょく)(※)は、天性(てんせい)なり。惟(ただ)聖人(せいじん)にして、然(しか)る後(のち)に以(もっ)て形(かたち)を践(ふ)むべし。

(※)形色……「形」は身体、「色」は容貌、顔色を指す。

【原文】
孟子曰、形色、天性也、惟聖人、然後可以踐形。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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