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第24回

58〜59話

2021.04.22更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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11‐1 良い政治をしている国は、他国を恐れる必要はない


【現代語訳】
斉は燕を攻めて、国を取ってしまった。諸侯たちは斉が突出して強大になることを恐れ、連合して燕を救おうと相談した。宣王は孟子に聞いた。「諸侯たちは、多くが連合して我が斉を攻めようと謀っている。どう対処したらいいだろうか」。孟子は答えて言った。「私は、わずか七十里四方の小さな国から天下の政をするに至った者があると聞いています。殷の湯王がそれです。(斉のように、)千里四方の大国が、他国が攻めてくることを、恐れるなど聞いたことがありません。『書経』に書いてあります。『湯王が初めて征伐をしたのは、葛の国だった』と。天下の民は、この征伐を正しいものと信じたのです。ですから湯王が東方を征伐すれば西方の異民族が自分たちの方に先に来てくれないのを怨み、南方を征伐するために向かうと、北方の異民族が怨んで、『どうして、我々の方を後まわしにするのだ』と言ったのです。民が湯王がくるのを待ち望んだのは、まるで大干ばつのときに、雨雲がくるのを待ち望むのと同じでした。湯王が軍勢を連れてやってきても、市場に行く者も安心して行くのをやめることはなく、農耕する者もいつもの通りに作業を続けたのです。湯王が、その国の悪い暴君だけをこらしめ、苦しめられていた民を救えたことは、ちょうど乾ききったところに、良い雨が降ってきたようなものです。民は大いに喜びました。『書経』には、こう書いてあります。『私たち民は、我が君の湯王が来てくれるのを待っている。湯王が来てくれたら、私たちはこの苦しみから救われ、よみがえるのだ』と」。

【読み下し文】
斉人(せいひと)燕(えん)を伐(う)ちて、之(これ)を取(と)る。諸侯(しょこう)将(まさ)に謀(はか)りて燕(えん)を救(すく)わんとす。宣王(せんおう)曰(いわ)く、諸侯(しょこう)寡人(かじん)を伐(う)たんと謀(はか)る者(もの)多(おお)し。何(なに)を以(もっ)て之(これ)を待(ま)たん。孟子(もうし)対(こた)えて曰(いわ)く、臣(しん)七十里(しちじゅうり)にして政(まつりごと)を天下(てんか)に為(な)す者(もの)を聞(き)く。湯(とう)是(これ)なり。未(いま)だ千里(せんり)を以(もっ)て人(ひと)を畏(おそ)るる者(もの)を聞(き)かざるなり。書(しょ)に曰(いわ)く、湯(とう)一(はじ)めて征(せい)する、葛(かつ)より始(はじ)む、と。天下(てんか)之(これ)を信(しん)ず。東面(とうめん)して征(せい)すれば西夷(せいい)(※)怨(うら)み、南面(なんめん)して征(せい)すれば北狄(ほくてき)(※)怨(うら)む。曰(いわ)く、奚(なん)為(す)れぞ我(われ)を後(のち)にする、と。民(たみ)の之(これ)を望(のぞ)むこと、大旱(たいかん)の雲霓(うんげい)を望(のぞ)む(※)が若(ごと)し。市(し)に帰(おもむ)く者(もの)止(とど)まらず。耕(たがや)す者(もの)変(へん)ぜず。其(そ)の君(きみ)を誅(ちゅう)し、而(しか)して其(そ)の民(たみ)を弔(とむら)う。時雨(じう)の降(くだ)るが若(ごと)し。民(たみ)大(おお)いに悦(よろこ)ぶ。書(しょ)に曰(いわ)く、我(わ)が后(きみ)を徯(ま)つ。后(きみ)来(き)たらば其(そ)れ蘇(よみがえ)らん、と。

(※)西夷……西方の異民族。西のえびす。
(※)北狄……北方の異民族。北のえびす。
(※)雲霓を望む……雨雲がくるのを待つ。「霓」は虹を意味する。

【原文】
齊人伐燕、取之、諸侯將謀救燕、宣王曰、諸侯多謀伐寡人者、何以待之、孟子對曰、臣聞七十里爲政於天下者、湯是也、未聞以千里畏人者也、書曰、湯一征、自葛始、天下信之、東面而征西夷怨、南面而征北狄怨、曰、奚爲後我、民望之、若大旱之望雲霓也、歸市者不止、耕者不變、誅其君、而弔其民、若時雨降、民大悦、書曰、徯我后、后來其蘇、

 

11‐2 他国を侵略、略奪してはならない。他国の民を虐げてはならない


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「さて、今、燕はその民を虐げている。そこに王が遠征をなさいました。民は、王が自分たちの水火の苦しみを救ってくれるものと思い、食べ物や飲み物を持ってきて、王の軍隊を歓迎しました。しかし、そこにおいて燕の父兄を殺したり、その子弟を捕まえて縛ったり、先祖のお霊屋(たまや)を壊して宝物を奪って持ち帰るなどしたら、良い訳がありません。天下はもとより斉の強大なことを恐れています。今また、そこに燕を奪い領土が倍になり、しかも仁政はやらないで侵略し、奪うだけのことをしたら、天下の国々が不安となるのは当然で、連合して斉を攻めようとなります。王におかれては、すぐに命令を出して、捕らえている燕の老人や子どもをすぐに返してやり、宝物を奪うのをやめ、燕の人々の意見をよく聞いて相談し、それに合う君主を立てて、軍隊を引きあげるべきでしょう。そうすれば、天下の国々が連合して斉を攻めることは止められるでしょう」。

【読み下し文】
今(いま)、燕(えん)其(そ)の民(たみ)を虐(しいた)ぐ。王(おう)往(ゆ)きて之(これ)を征(せい)す。民(たみ)以(もっ)て将(まさ)に己(おのれ)を水火(すいか)の中(うち)より拯(すく)わんとすと為(な)す。簞(たん)食(し)壺獎(こしょう)して、以(もっ)て王(おう)の師(し)を迎(むか)う。若(も)し其(そ)の父兄(ふけい)を殺(ころ)し、其(そ)の子弟(してい)を係累(けいるい)(※)し、其(そ)の宗廟(そうびょう)を毀(こぼ)ち、其(そ)の重器(じゅうき)(※)を遷(うつ)さば、之(これ)を如何(いか)にしてか其(そ)れ可(か)ならん。天下(てんか)固(もと)より斉(せい)の彊(つよ)きを畏(おそ)るるなり。今(いま)、又(また)地(ち)を倍(ばい)して仁政(じんせい)を行(おこな)わずんば、是(こ)れ天下(てんか)の兵(へい)を動(うご)かすなり。王(おう)速(すみ)やかに令(れい)を出(いだ)し、其(そ)の旄倪(ぼうげい)(※)を反(かえ)し、其(そ)の重器(じゅうき)を止(とど)め、燕(えん)の衆(しゅう)に謀(はか)り、君(きみ)を置(お)きて、而(しか)る後之(のちこれ)を去(さ)らば(※)、則(すなわ)ち猶(な)お止(とど)むるに及(およ)ぶべきなり。

(※)係累……縛りあげてつなぐこと。
(※)重器……宝物。
(※)旄倪……「旄」は老人のこと。「倪」は子どものこと。
(※)之を去らば……軍隊を引きあげれば。なお、本章の孟子が斉の宣王に対するアドバイスは、民の幸せを第一と考え、民を尊重せよ、仁政を行えという、いわゆる王道政治につながる見事で立派なものであった。しかし、宣王は、孟子の忠告を聞き入れなかった。宣王を王道政治に向かわせていき、天下を安定させるという孟子の希望は崩れていく。そして、残念な気持ちと、まだ何とかしたいとの複雑な思いのなかで、斉を去ることになる。

【原文】
今、燕虐其民、王往而征之、民以爲將拯己於水火之中也、箪食壺漿、以迎王師、若殺其父兄、係累其子弟、毀其宗廟、遷其重器、如之何其可也、天下固畏齊之彊也、今、又倍地而不行仁政、是動天下之兵也、王速出令、反其旄倪、止其重器、謀於燕衆、置君、而後去之、則猶可及止也、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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