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第42回

100〜101話

2021.05.24更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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公孫丑(下)

1‐1 天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず


【現代語訳】
孟子は言った。「天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず、である。すなわち戦いにおいては、四季、天候、昼夜などの良いときを選ぶことが大切であるが、それよりも土地の状態や城の堅固さの地的条件が良いことがより重要となる。しかし、その地的条件も、人心が一体となり団結しているかという人の和の重要さには及ばないものである。例えば、三里四方の内城(本丸)や、七里四方の外城(外郭)を攻めても、簡単には落ちないものだ。そうは言ってもまわりを囲んでこれを攻めれば、天候、昼夜などの天の時があるかもしれない。しかし、それでも勝つことができないのは、天の時が要害堅固な地の利に及ばないからである。また、城が高くないわけでもなく堀も深くないわけでもない。武器や甲冑も堅固で確かなものでないわけでなく、食糧も十分でないわけでもない。こんな状況なのに、城を守らず、棄ててしまい逃げてしまうのは、人の和がなかったからである。つまり、地の利も人の和に及ばないということである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、天(てん)の時(とき)(※)は地(ち)の利(り)(※)に如(し)かず。地(ち)の利(り)は人(ひと)の和(わ)(※)に如(し)かず。三里(さんり)の城(しろ)、七里(しちり)の郭(かく)、環(めぐ)りて之(これ)を攻(せ)むれど勝(か)たず。夫(そ)れ還(めぐ)りて之(これ)を攻(せ)めれば、必(かなら)ず天(てん)の時(とき)を得(う)る者(もの)有(あ)らん。然(しか)り而(しこう)して勝(か)たざる者(もの)は、是(こ)れ天(てん)の時(とき)地(ち)の利(り)に如(し)かざればなり。城(しろ)高(たか)からざるに非(あら)ざるなり。池(いけ)深(ふか)からざるに非(あら)ざるなり。兵(へい)革(かく)(※)堅利(けんり)ならざるに非(あら)ざるなり。米(べい)粟(ぞく)(※)多(おお)からざるに非(あら)ざるなり。委(い)して之(これ)を去(さ)るは、是(こ)れ地(ち)の利(り)人(ひと)の和(わ)に如(し)かざればなり。

(※)天の時……四季、天候、昼夜などの時の状態、条件。なお、『孫子』は「天(てん)とは、陰陽(いんよう)、寒暑(かんしょ)、時制(じせい)なり」と言う(形篇)。
(※)地の利……土地の状態や城の堅固さの地的条件が良いこと。なお、『孫子』は、「地(ち)とは遠近(えんきん)、険易(けんい)、広狭(こうきょう)、死生(しせい)なり」と言う(計篇)。ここに「死生」とは、兵士軍隊が生き残れるところか、死ぬ危険のあるところかという土地を意味する。
(※)人の和……人心が一体となり団結している。なお、『孫子』は、「五事」の充実が勝つための最大の条件とし、その五事とは、一、道、二、天、三、地、四、将、五、法とする。人の和は、一番目の「道」にあたると思われる。道とは「民(たみ)をして上(かみ)と意(い)を同(おな)じくせしむなり。故(ゆえ)にこれを死(し)すべく、これと生(い)くべくして、危(あやう)きを畏(おそ)れざらしむなり」とする。私は次のように訳した。「道とは、良い政治が行われることによって国民の上下すべてに一体感が生まれるようにさせることをいう。国の指導者から国民のすみずみまで心を同じにすれば、皆生死をともに考えるようになるので、危険を前にしても恐れたり、そむいたりしなくなる」(拙著『全文完全対照版 孫子コンプリート』参照)。兵法家と儒家の立場は大きく違うが、ここの考え方は同じである。本書の梁恵王(下)第十三章も参照。
(※)兵革……ここでは「兵」は武器。「革」は甲冑。
(※)米粟……食糧。ここでは「米」はモミを除いた穀物で、粟は、モミのついたままの穀物。

【原文】
孟子曰、天時不如地利、地利不如人和、三里之城、七里之郭、環而攻之而不滕、夫環而攻之、必有得天時者矣、然而不滕者、是天時不如地利也、城非不高也、池非不深也、兵革非不堅利也、米粟非不多也、委而去之、是地利不如人和也。

 

1‐2 仁義の道を行っている者は助けが多い


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「だから昔から次のように言われている。『民が逃げないようにと、国境を固めない。国を固く守るには、山や谷などの険阻を要害として用いない。天下を威かくするために武器や甲冑の優れたものを使う必要はない』と。仁義の道を行っている者は助けが多く、仁義の道を失った者は、助けが少ない。助けの少ない極致は、親戚さえもそむくようになるし、助けが多い極致は、天下中の人がこれに従うようになるのである。天下中の人がこれに従うような人が、親戚でさえそむく人を攻めると勝つのは当然である。君子は戦わないこともあるが、もし、戦うときがあれば、必ず勝つに決まっているのは、こういうわけである」。

【読み下し文】
故(ゆえ)に曰(いわ)く、民(たみ)を域(かぎ)るに、封彊(ほうきょう)の界(さかい)(※)を以(もっ)てせず。国(くに)を固(かた)むるに、山谿(さんけい)の険(けん)を以(もっ)てせず。天下(てんか)を威(い)するに、兵革(へいかく)の利(り)を以(もっ)てせず、と。道(みち)を得(う)る者(もの)(※)は助(たす)け多(おお)く、道(みち)を失(うしな)う者(もの)は助(たす)け寡(すくな)し。助(たすけ)寡(すくな)きの至(いた)りは、親戚(しんせき)も之(これ)に畔(そむ)き、助(たすけ)多(おお)きの至(いたり)は、天下(てんか)も之(これ)に順(したが)う。天下(てんか)の順(したが)う所(ところ)を以(もっ)て、親戚(しんせき)の畔(そむ)く所(ところ)を攻(せ)む。故(ゆえ)に君子(くんし)戦(たたか)わざる有(あ)り(※)、戦(たたか)えば必(かなら)ず勝(か)つ。

(※)封彊の界……国境を固める。
(※)道を得る者……仁義の道を行っている者。
(※)戦わざる有り……戦わないこともある。戦う必要はない。なお、これに対し、「戦わなければそれまでである」としたり(朱子説)、「有」は「貴」であるとし、「戦わないことを貴ぶ」とする説もある。

【原文】
故曰、域民、不以封疆之界、固國、不以山谿之險、威天下、不以兵革之利、得道者多助、失道者寡助、寡助之至、親戚畔之、多助之至、天下順之、以天下之所順、攻親戚之所畔、故君子有不戰、戰必滕矣。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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