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第156回

379〜381話

2021.11.08更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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33‐1 志を高尚にするに仁義だけを志すと良い

【現代語訳】
(斉)王の子、墊が問うて言った。「士たる者は、何を努め守っていくべきですか」。孟子は答えた。「それは志を高尚にすることです」。墊は聞いた。「志を高尚にするためにはどうしたらよいのですか」。孟子は言った。「仁義を志すだけです。例えば、一人の罪なき者を殺すのは仁ではありません。また、自分の所有でないのにそれ取るのは義ではありません。士たる者が身を居くところは、どこにあるのかというと、それは仁です。また、士たる者が従うべき路はどこにあるかというと、それは義です。人が常に仁に身を置き義によって物事を成すなら、大人物の資格が十分に具わることとなります」。

【読み下し文】
王子(おうし)墊(てん)(※)問(と)いて曰(いわ)く、士(し)は何(なに)をか事(こと)とする(※)。孟子(もうし)曰(いわ)く、志(こころざし)を尚(たか)くす。曰(いわ)く、何(なに)をか志(こころざし)を尚(たか)くすと謂(い)う。曰(いわ)く、仁義(じんぎ)のみ。一無罪(いちむざい)を殺(ころ)すは、仁(じん)に非(あら)ざるなり。其(そ)の有(ゆう)に非(あら)ずして之(これ)を取(と)るは、義(ぎ)に非(あら)ざるなり。居(きょ)悪(いずく)にか在(あ)る(※)、仁(じん)是(これ)なり。路(みち)悪(いずく)にか在(あ)る、義(ぎ)是(これ)なり。仁(じん)に居(お)り義(ぎ)に由(よ)れば、大人(たいじん)の事(こと)備(そな)わる。

(※)王子墊……斉王の子、墊。
(※)事とする……努め守る。なお、『論語』に次のような箇所がある。「顔(がん)淵(えん)曰(いわ)く、回(かい)、不敏(ふびん)なりと雖(いえど)も、請(こ)う、斯(こ)の語(ご)を事(こと)とせん」(顔淵第十二)。
(※)居悪にか在る……身を居く所は(家は)どこにある。「悪」は、ここでは疑問の代名詞。なお、離婁(上)第十章では、「仁(じん)は人(ひと)の安宅(あんたく)なり。義(ぎ)は人(ひと)の正路(せいろ)なり」とし、告子(上)第十一章では「仁(じん)は人(ひと)の心なり。義(ぎ)は人(ひと)の路(みち)なり」と述べている。

【原文】
王子墊問曰、士何事、孟子曰、尙志、曰、何謂尙志、曰、仁義而已矣、殺一無罪、非仁也、非其有而取之、非義也、居惡在、仁是也、路惡在、義是也、居仁由義、大人之事備矣。

34‐1 大義と小義

【現代語訳】
孟子は言った。「斉の陳仲子は廉潔な男だから、これに斉の国を与えようとしても、それが不義であるとしたら、これを受けないであろう。そのことを世間の人は皆信じている。しかし、私に言わせてもらえば、そんなことは少しばかりの食物を義のために捨ててしまうのと同じような小さな義なのだ。人は、親戚・君臣・上下の人倫を無視するより大きな不義はないのである。その点を守らない彼は大きな不義の人と言うべきである。たとえ、彼は小さな義を認められるからといって、それで大義もある者だと信じることができるものであろうか」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、仲子(ちゅうし)(※)は、不義(ふぎ)にして之(これ)に斉(せい)の国(くに)を与(あた)うるも、受(う)けず。人(ひと)皆(みな)之(これ)を信(しん)ず。是(こ)れ簞食(たんし)・豆羮(とうこう)を舎(す)つるの義(ぎ)なり。人(ひと)は親戚(しんせき)・君臣(くんしん)・上下(じょうげ)を亡(ぼう)するより大(だい)なるは莫(な)し。其(そ)の小(しょう)なる者(もの)を以(もっ)て、其(そ)の大(だい)なる者(もの)を信(しん)ぜば、奚(いずく)んぞ可(か)ならんや。

(※)仲子……斉の陳仲子。本章は滕文公(下)第十章の孟子の論を前提にしている。

【原文】
孟子曰、仲子、不義與之齊國、而弗受、人皆信之、是舍簞⻝・豆羹之義也、人莫大焉兦親戚・君臣・上下、以其小者、信其大者、奚可哉。

35‐1 親、先祖への思いを大事にする(儒教の伝統)

【現代語訳】
(弟子の)桃応が問うて言った。「舜が天子となり、皐陶が司法の責任者となっているとき、もし舜の父の瞽瞍が人を殺した場合、どうするでしょうか」。孟子は答えた。「皐陶は瞽瞍を捕らえるだけである」。桃応は言った。「ということは、舜は捕らえることを禁じないのですか」。孟子は言った。「どうして舜が、それを禁じることなどできようか。そもそも国家の法というのは、代々引きつがれてきた大事な基本法というのがあるのだ」。桃応は聞いた。「それならば、舜はどうしますか」。孟子は答えた。「舜は、天下を放棄してしまうことは、破れたぞうりを捨てることぐらいに思うだろう。そして密かに父を背負って逃げ、人知れぬ海辺にでも行って隠れ住み、一生喜んで父に仕え、天下のことなどは忘れてしまうだろう」。

【読み下し文】
桃応(とうおう)(※)問(と)うて曰(いわ)く、舜(しゅん)、天子(てんし)と為(な)り、皐陶(こうとう)、士(し)と為(な)り、瞽瞍(こそう)、人(ひと)を殺(ころ)さば、則(すなわ)ち之(これ)を如何(いかん)せん。孟子(もうし)曰(いわ)く、之(これ)を執(とら)えんのみ。然(しか)らば則(すなわ)ち舜(しゅん)は禁(きん)ぜざるか。曰(いわ)く、夫(そ)れ舜(しゅん)は悪(いずく)んぞ得(え)て之(これ)を禁(きん)ぜん。夫(そ)れ之(これ)を受(う)くる所(ところ)有(あ)るなり。然(しか)らば則(すなわ)ち舜(しゅん)は之(これ)を如何(いかん)せん。曰(いわ)く、舜(しゅん)は天下(てんか)を棄(す)つるを視(み)ること、猶(な)お敝蹝(へいし)(※)を棄(す)つるがごときなり。窃(ひそ)かに負(お)うて逃(のが)れ、海浜(かいひん)に遵(したが)いて処(お)り、終身しゅうしん訢然(きんぜん)(※)として、楽(たの)しんで天下(てんか)を忘(わす)れん。

(※)桃応……孟子の弟子とされている。
(※)敝蹝……破れたぞうり。
(※)訢然……欣然と同じで喜ぶ様。なお、『論語』にも次のようにあるように、儒教の伝統的思想として父母家族や先祖への忠実な思いを大切にするところがある。だから前章に見るように孟子は陳仲子を強く批判する。「葉公(しょうこう)、孔子(こうし)に語(かた)りて曰(いわ)く、吾(わ)が党(とう)に直躬(ちょくきゅう)なる者(もの)有(あ)り。其(そ)の父(ちち)、羊(ひつじ)を攘(ぬす)む。而(しこう)して子(こ)、之(これ)を証(しょう)せり。孔子(こうし)曰(いわ)く、吾(わ)が党(とう)の直(なお)き者(もの)は是(これ)に異(こと)なり。父(ちち)は子(こ)の為(ため)に隠(かく)し、子(こ)は父(ちち)の為(ため)に隠(かく)す。直(なお)きこと其(そ)の中(なか)に在(あ)り」(子路第十三)。儒教でなくてもこの人情の自然は近代刑法でも守れている。これに反して大きな悲劇を生んだのが、スターリン(旧ソ連)や毛沢東(中国共産党)が行った看視制度、密告主義である。

【原文】
桃應問曰、舜、爲天子、皐陶、爲士、瞽瞍、殺人、則如之何、孟子曰、執之而已矣、然則舜不禁與、曰、夫舜惡得而禁之、夫有所受之也、然則舜如之何、曰、舜視棄天下、猶棄敝蹝也、竊負而逃、遵海濱而處、終身訢然、樂而忘天下。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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