第178回
解説(4)
2021.12.09更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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五、まとめ
「まえがき」およびこれまでの解説のなかでも述べてきたように、『孟子』は決して古びた過去の古典であって、今後にまったく役立たない内容の本ではない。
孔子の『論語』と並び、そして『論語』とは違った独自のすばらしい価値を有していて、二つともそれぞれに読まれ続けなければならないものである。約二三〇〇年も前の大古典ではあるが、人類共通の財産である。特に日本人にとっても武士道の教えのなかで重要な部分を担い、現代の日本人をつくり上げた思想の一つでもある。だからその日本人らしさと日本人の美点をもたらしてくれる『孟子』は、これからも熱心に学んでいかなければならない。
そこで、繰り返しを恐れずに、最後にもう一度、その『孟子』のすばらしさとその価値について再確認しておきたい。第一は、孟子のその高い人間性である。その強烈な個性を嫌う人もいるが、それは、孟子の使命感から生まれる個性であり、嫌うのがおかしい。孟子は決して妥協することはなく、人の善を信じ、近くの者を愛し、それを広めていくことの重要性を命を懸けて説いていくのである。
第二は、「孟子」の文章のすばらしさである。本文を読んでもらえるとその魅力に取りつかれ、ついつい面白さに魅かれていく自分がわかるであろう。繰り返し繰り返し読みたい名文も多い。
第三に、その『孟子』のなかに出てくる言葉は、日本語として使われるようになっているものも多いことである。ということは、自分の日本語力をより深く確かなものにしていくためにも読みたい書である(私自身も子どものとき、田舎で使っていた言葉の原典を『孟子』に見つけ感激した)。
以上、『孟子』の魅力を三つにまとめてみた。こうした魅力から私は、これから片時も『孟子』を離すことができなくなった。読者の皆様もそうなるだろうと思う。
なお、私が好きな『孟子』の言葉はいっぱいあるが、このたび本格的に『孟子』に取り組む以前から、日々愛唱し、自分を励ましていた三つの名文を挙げてこの稿を終わりにしたい。
一つ目は、私自身この名文を使ってある事業に有名な人物の参加を口説いたことがあるという思い出深いもので、吉田松陰も愛し、松陰の言葉と思っている人も多いものである。
「至誠(しせい)にして動(うご)かざる者(もの)は、未(いま)だ之(これ)有(あ)らざるなり。誠(まこと)ならずして、未(いま)だ能(よ)く動(うご)かす者(もの)は有(あ)らざるなり」(離婁(上))
二つ目は、敬宮(としのみや)愛子(あいこ)様の名の由来となっているものである。
「人(ひと)を愛(あい)する者(もの)は、人(ひと)恒(つね)に之(これ)を愛(あい)し、人(ひと)を敬(けい)する者(もの)は、人(ひと)恒(つね)に之(これ)を敬(けい)す」(離婁(下))
三つ目は、弱い自分を強くしたいと願い、私がある時期いつも暗唱したものである。また、松陰によると江戸の牢獄に連坐させられた師の一人、佐久間象山が、毎日牢の中で声を出して読んでいたということである。少し長いが引用させてもらう。
「天(てん)の将(まさ)に大任(たいにん)を是(こ)の人(ひと)に降(くだ)さんとするや、必(かなら)ず先(ま)ず其(そ)の心志(しんし)を苦(くる)しめ、其(そ)の筋骨(きんこつ)を労(ろう)せしめ、其(そ)の体膚(たいふ)を餓(う)えしめ、其(そ)の身(み)を空乏(くうぼう)にし、行(おこな)うこと其(そ)の為(な)さんとする所(ところ)に払乱(ふつらん)せしむ。心(こころ)を動(うご)かし性(せい)を忍(しの)ばせ、其(そ)の能(よ)くせざる所(ところ)を曾(ぞう)益(えき)せしむる所以(ゆえん)なり。人(ひと)恒(つね)に過(あやま)ちて、然(しか)る後(のち)に能(よ)く改(あらた)め、心(こころ)に困(くる)しみ、慮(おもんばかり)に衡(よこた)わって、然(しか)る後(のち)に作(おこ)り、色(いろ)に徴(あらわ)れ、声(こえ)に発(はっ)して、而(しか)る後(のち)に喩(さと)る」(告子(下))
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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