第70回
165〜166話
2021.07.01更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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8‐1 たとえ話を巧妙に使う
【現代語訳】
(宋の大夫である)戴盈之が言った。「先生のすすめられる井田法を行い、十分の一だけ税を取り、関所や市場の税を廃止することは、今年はまだ急に実施するのは問題もあってどうかと思います。今年はとりあえず税を軽くしておき、来年からの実施をしたいと思います。どう思われますか」。孟子は言った。「今、ここに、毎日、隣のにわとりを盗む人がいたとします。ある人がこのにわとり泥棒に言いました。『そういうことは君子のやることじゃない』と。すると、にわとり泥棒はこう言いました。『わかりました。しかし、急にすべてやめるのもいろいろ問題があるので、毎日にわとりを盗むのを減らして、今年は月に一羽ずつ盗むことにして、来年からは、すっかりやめることにしましょう』と。もし、それが正しくないことだとわかったら、すぐにやめるべきでしょう。どうして来年になるのを待つ必要があるのでしょう」。
【読み下し文】
戴盈之(たいえいし)(※)曰(いわ)く、什一(じゅういち)(※)にし、関市(かんし)の征(せい)を去(さ)ることは、今玆(ことし)(※)は未(いま)だ能(あた)わず。請(こ)う之(これ)を軽(かる)くし、以(もっ)て来年(らいねん)を待(ま)ち、然(しか)る後(のち)に已(や)めん。如何(いかん)。孟子(もうし)曰(いわ)く、今(いま)、人(ひと)日〻(ひび)に其(そ)の鄰(となり)の雞(けい)を攘(ぬす)む者(もの)有(あ)らんに、或(ある)ひと之(これ)に告(つ)げて曰(いわ)く、是(こ)れ君子(くんし)の道(みち)に非(あら)ず、と。曰(いわ)く、請(こ)う之(これ)を損(そん)して、月(つき)に一雞(いつけい)を攘(ぬす)み、以(もっ)て来年(らいねん)を待(ま)ち、然(しか)る後(のち)に已(や)めん、と。如(も)し其(そ)の義(ぎ)に非(あら)ざるを知(し)らば、斯(ここ)に(※)速(すみ)やかに已(や)めんのみ。何(なん)ぞ来年(らいねん)を待(ま)たんや。
(※)戴盈之……宋の大夫。滕文公(下)第六章に出てくる戴不勝と同一人物と見る説もある。
(※)什一……井田法を行い、十分の一税を取ること。
(※)今茲……今年。
(※)斯に……すぐに。なお、「斯」を「すなわち」と読む場合もある。
【原文】
戴盈之曰、什一、去關市之征、今茲未能、請輕之、以待來年、然後已、如何、孟子曰、今、有人日攘其鄰之雞者、或告之曰、是非君子之道、曰、請損之、月攘一雞、以待來年、然後已、如知其非義、斯速已矣、何待來年。
9‐1 やむをえないために弁論をしているのだ
【現代語訳】
(弟子の)公都子は孟子に聞いた。「外部の世間の人たちは、皆、先生のことを、弁論を好む人だと言っています。あえてお尋ねしますが、先生は弁論を好まれているのですか」。孟子が答えた。「私がどうして弁論を好むものか。ただ、こういう時勢なので、やむをえないのでやっているだけだ。この世に人が生じてずいぶん経つ。その間、あるときは治まり、あるときは乱れていた。堯のときには、大洪水があり、川は逆行し、中国、つまり文化の中心地たる中原は、この水で溢れかえった。そのために蛇や龍がはびこり、民は定住することもできなかった。低地におる者は木の上に鳥の巣のようなものをつくり、高地におる者はがけにほら穴をほって住居とした。『書経』にもこうある。『洚水が私を警しめた』と。洚水とは、洪水のことである。そこで、堯は禹に命じて、この洪水を治めさせた。禹は地を掘って溢れる水を海に流し込み、蛇や龍を草の生えている泥地に追い払った。そして水は掘った水路をうまく流れていった。こうしてできたのが、揚子江・淮水・黄河・漢水である。これで次の水の危険も遠ざかり、鳥獣が人を害するということもなくなったので、人々は安定した平地を得て、そこに住めるようになった」。
【読み下し文】
公都子(こうとし)曰(いわ)く、外人(がいじん)皆(みな)夫子(ふうし)弁(べん)を好(この)むと称(しょう)す。敢(あえ)て問(と)う何(なん)ぞや。孟子(もうし)曰(いわ)く、予(われ)豈(あに)弁(べん)を好(この)まんや。予(われ)已(や)むことを得(え)ざればなり。天下(てんか)の生(せい)久(ひさ)し。一治(いつち)一乱(いちらん)(※)す。堯(ぎょう)の時(とき)に当(あ)たり、水(みず)逆行(ぎゃっこう)し、中国(ちゅうごく)に氾濫(はんらん)す。蛇龍(だりゅう)之(これ)に居(お)り、民(たみ)定(さだ)まる所(ところ)無(な)し。下(しも)なる者(もの)は巣(す)を為(つく)り、上(かみ)なる者(もの)は営窟(えいくつ)を為(つく)る。書(しょ)に曰(いわ)く、洚水(こうずい)余(われ)を警(いまし)む、と。洚水(こうずい)とは洪水(こうずい)なり。禹(う)をして之(これ)を治(おさ)めしむ。禹(う)、地(ち)を掘(ほ)りて之(これ)を海(うみ)に注(そそ)ぎ、蛇龍(だりゅう)を駆(か)りて之(これ)を菹(しょ)(※)に放(はな)つ。水地(みずち)中(ちゅう)由(よ)り行(い)く。江(こう)・淮(わい)・河(か)・漢(かん)是(これ)なり。険阻(けんそ)(※)既(すで)に遠(とお)ざかり、鳥獣(ちょうじゅう)の人(ひと)を害(がい)する者(もの)消(き)ゆ。然(しか)る後(のち)人(ひと)平土(へいど)(※)を得(え)て之(これ)に居(お)れり。
(※)一治一乱……あるときは治まり、あるときは乱れる。なお、堯が舜を抜てきし、その舜が禹を推挙し、水を担当させて、洪水をなくした話は滕文公(上)第四章五ですでに紹介されている。禹はその後も治水における神様としても崇められている。
(※)菹……沢の草の生えたところ。
(※)険阻……洪水の危険。
(※)平土……安定した平地。
【原文】
公都子曰、外人皆榮夫子好辯、敢問何也、孟子曰、予豈好辯哉、予不得已也、天下之生久矣、一治一亂、當堯之時、水逆行、氾濫於中國、蛇龍居之、民無所定、下者爲巢、上者爲榮窟、書曰、洚水警余、洚水者洪水也、使禹治之、禹、掘地而註之海、驅蛇龍而放之菹、水由地中行、江・淮・河・漢是也、險阻既遠、鳥獸之害人者消、然後人得平土而居之。
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