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第72回

169〜170話

2021.07.05更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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9‐4 自分の使命を強く自覚する


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「(孔子の没後は)、聖王も現れることがなく、諸侯は勝手なことばかりをした。民間の学者たちも勝手なことばかりを議論し、楊朱や墨翟の言論が天下に満ち溢れた。すなわち天下の言論は、楊朱の説に賛成しなければ、墨翟の説に賛成するという状態である。その楊朱の説とは、自分のことだけを考えるとする極端な為我主義であり、これは、君など無視してしまうというものである。一方、墨翟の説は、無差別の極端な兼愛主義であり、自分の親であろうと、人の親であろうと同じであり、これは結局自分の父を無視することになってしまい、禽獣と同じふるまいである。(魯の賢人の)公明儀は言った。『君の台所には肥えた肉があり、廏(うまや)には肥えた馬がある。しかし、民は飢えている様子がありありで、野には餓死者が転がっている。これはけものを引き連れて人間を食べさせているのと同じである』と。私は、楊朱や墨翟の説がやむようにしなければ、孔子の説いた正しい道が現れないと思っている。楊朱や墨翟の説が人々を惑わしてしまっており、仁義の道をわからなくさせてしまっているからである。仁義の道をわからなくしてしまうと、獣を引き連れて人を食べさすなど平気となりかねない。そして、遂には、人と人とが食い合うようになってしまう。私は、このことを恐れるがために、(孔子などの)昔の聖人の教えた道を守り、楊朱や墨翟の説をしりぞけ、でたらめで間違った言辞を追放し、そうした邪説の者が出てこないようにとがんばるのである。もし、人の心に間違った考えがあると、そのやる仕事も必ず弊害がある。そのやる仕事に弊害が生ずると、そのやる政治にも害が生じることになる。聖人が再びこの世に出てこられても、私の言っていることに賛成してくれるに違いない」。

【読み下し文】
聖王(せいおう)作(おこ)らず、諸侯(しょこう)放恣(ほうし)なり。処士(しょし)(※)横議(おうぎ)し、楊朱(ようしゅ)(※)・墨翟(ぼくてき)(※)の言(げん)、天下(てんか)に盈(み)つ。天下(てんか)の言(げん)、楊(よう)に帰(き)せざれば則(すなわ)ち墨(ぼく)に帰(き)す。楊氏(ようし)は我(わ)が為(ため)にす、是(こ)れ君(きみ)を無(な)みするなり。墨氏(ぼくし)は兼愛(けんあい)す、是(こ)れ父(ちち)を無(み)みするなり。父(ちち)を無(な)みし君(きみ)を無(な)みするは、是(こ)れ禽獣(きんじゅう)なり。公明儀(こうめいぎ)(※)曰(いわ)く、庖(くりや)に肥肉(ひにく)有(あ)り。廏(うまや)に肥馬(ひば)有(あ)り。民(たみ)に飢食(きしょく)有(あ)り。野(の)に餓莩(がひょう)有(あ)り。此(こ)れ獣(けもの)を率(ひき)いて人(ひと)を食(は)ましむる(※)なり、と。楊(よう)・墨(ぼく)の道(みち)息(や)まざれば、孔子(こうし)の道(みち)著(あら)われず。是(こ)れ邪説(じゃせつ)民(たみ)を誣(し)い、仁義(じんぎ)を充塞(じゅうそく)すればなり。仁義(じんぎ)を充塞(じゅうそく)すれば、則(すなわ)ち獣(けもの)を率(ひき)いて人(ひと)を食(は)ましむ。人(ひと)将(まさ)に相(あい)食(は)まんとす。吾(わ)れ此(これ)が為(ため)に懼(おそ)れて、先聖(せんおう)の道(みち)を閑(まも)り、楊(よう)・墨(ぼく)を距(ふせ)ぎ、淫辞(いんじ)を放(はな)ち、邪説(じゃせつ)の者(もの)作(おこ)るを得(え)ざらしむ。其(そ)の心(こころ)に作(おこ)れば、其(そ)の事(こと)に害(がい)あり(※)。其(そ)の事(こと)に作(おこ)れば、其(そ)の政(まつりごと)に害(がい)あり。聖人(せいじん)復(ま)た起(お)こるも、吾(わ)が言(げん)を易(か)えじ。

(※)処士……ここでは、民間の学者。
(※)楊朱……孟子より先輩となる。老子の教えを受けたとされる。自分のことだけを考える為我主義を唱えた。『荘子』とか『列子』『准南子』にもその人となりのことが書かれているが、『孟子』でのここでの楊朱の説明は貴重な資料とされている。
(※)墨翟……『墨子』の著者で孔子の後、孟子の前の人。兼愛主義を唱えた。なお、滕文公(上)第五章一参照。
(※)公明儀……魯の賢人。滕文公(上)第一章一、滕文公(下)第三章一参照。
(※)此れ獣を率いて人を人を食ましむる……同じ表現が梁恵王(上)第四章二にある。
(※)其の心に作れば、其の事に害あり……人の心に間違った考えがあると、そのやる仕事に弊害が生じる。なお、吉田松陰によると、この詩に始まり「吾が言を易えじ」までは公孫丑(上)第二章七の「浩然の気」でも似た文章が出ているが、孟子の得意とする言葉であったとする(それだけに孟子の絶対の自信と自覚がうかがえることになる)。そして、「其の心に作れば」というのは、「初一念の事」であるとしている(『講孟箚記』)。

【原文】
垩王不作、諸侯放恣、處士橫議、楊朱・墨翟之言、盈天下、天下之言不歸楊、則歸墨、楊氏爲我、是無君也、墨氏兼愛、是無父也無父無君、是禽獸也、公明儀曰、庖有肥肉、廏有肥馬、民有飢色、野有餓莩、此卛獸而⻝人也、楊・墨之衜不息、孔子之衜不著、是邪說誣民、充塞仁義也、仁義充塞則卛獸⻝人、人將相⻝、吾爲此懼、閑先垩之衜、距楊・墨、放淫辭、邪說者不得作、作於其心、害於其事、作於其事、害於其政、垩人復起、不易吾言矣。

 

9‐5 自分の天命を強く宣言する


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「昔、禹が洪水を治めたので天下は平穏になった。周公は、夷狄を併合し、猛獣を駆遂したので民は安らかになった。孔子は、『春秋』をつくったので、乱臣・賊子が恐れて悪いことをしなくなった。『詩経』は言っている。『西戎、北狄はこれを撃って、南の荊や舒をこらしめた。そのため私たちに抵抗する者はなくなった』と。こうして父を無視し、君を無視するような者は(禽獣のような野蛮人は)、周公が討ちこらしめられたのである。私も、同じように人心を正しくし、邪説をやめさせ、偏った行いを防ぎ、でたらめで間違った言説を追放して、三人の聖人の志を継承したいとの思いが強い。だから、どうして自分が弁論をただ好むものか。私は、やらなければならないためにしかたなく大いにがんばるのである。私だけではない。誰でもその正しい言論で、楊朱・墨翟の言説を防ぐ者は、聖人の仲間なのである」。

【読み下し文】
昔者(むかし)、禹(う)、洪水(こうずい)を抑(おさ)めて天下(てんか)平(たいら)かなり。周公(しゅうこう)、夷狄(いてき)(※)を兼(か)ね、猛獣(もうじゅう)を駆(か)りて、百姓(ひゃくせい)寧(せいやす)し。孔子(こうし)、春秋(しゅんじゅう)を成(な)して、乱心(らんしん)・賊子(ぞくし)懼(おそ)る。詩(し)に云(い)う、戎狄(じゅうてき)(※)は是(こ)れ膺(う)ち、荊舒(けいじょ)(※)は是(こ)れ懲(こ)らす。則(すなわ)ち我(われ)に敢(あえ)て承(あた)る(※)こと莫(な)し、と。父(ちち)を無(な)みし君(きみ)を無(な)みするは、是(こ)れ周公(しゅうこう)の膺(う)つ所(ところ)なり。我(われ)も亦(また)人心(じんしん)を正(ただ)し、邪説(じゃせつ)を息(や)め、詖(ひ)行(こう)(※)を距(ふせ)ぎ淫辞(いんじ)を放(はな)ち、以(もっ)て三(さん)聖者せい(しゃ)に承(つ)がん(※)と欲(ほっ)す。豈(あに)弁(べん)を好(この)まんや。予(われ)已(や)むを得(え)ざればなり。能(よ)く言(い)いて楊(よう)・墨(ぼく)を距(ふせ)ぐ者(もの)は、聖人(せいじん)の徒(と)(※)なり。

(※)夷狄……東夷、北狄のことで野蛮人をいう。
(※)戎狄……西戎、北狄のことで野蛮人をいう。
(※)荊舒……南方の野蛮国。滕文公(上)第四章十参照。
(※)承る……ここでは抵抗するの意味。承るは当たると同じ。
(※)詖行……偏った行い。
(※)承がん……継承したい。ここの「承」は継承の意味。
(※)聖人の徒……聖人仲間。本章は孟子の高らかな志と使命、天命を唱えた大名文と評価する人が多い。

【原文】
昔者、禹、抑洪水而天下平、周公、兼夷狄、驅猛獸、而百姓寧、孔子、成春秋、而亂臣・賊子懼、詩云、戎狄是膺、荊舒是懲、則莫我敢承、無父無君、是周公所膺也、我亦欲正人心、息邪說、距詖行、放淫辭、以承三垩者、豈好辯哉、予不得已也、能言距楊・墨者、垩人之徒也。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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