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第86回

206〜207話

2021.07.26更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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離婁(下)

1‐1 昔から正しい道を行うことは変わってない


【現代語訳】
孟子は言った。「舜は諸馮に生まれ、負夏に移り、鳴条で死んだ。すなわち東夷(東の田舎人)である。文王は岐周に生まれ、畢郢で死んだ。すなわち西夷(西の田舎人)である。舜と文王の二人の聖人は、生まれたところは、千里以上も離れている。また、二人の時代は千年以上も違う。しかし、志を得て、中国(世界の中心)で、道を行ったという点は、割符を合わせたように一致している。舜(先の聖人)も文王(後の聖人)も、その考えや行いはまったく同じだったのである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、舜(しゅん)は諸馮(しょひょう)に生(う)まれ、負夏(ふか)に遷(うつ)り、鳴条(めいじょう)に卒(おわ)る。東夷(とうい)の人(ひと)なり。文王(ぶんおう)は岐周(きしゅう)に生(う)まれ、畢郢(ひつえい)に卒(おわ)る。西夷(せいい)の人(ひと)なり。地(ち)の相(あい)去(さ)るや、千有(せんゆう)余(よ)里(り)。世(よ)の相(あい)後(おく)るるや、千有(せんゆう)余(よ)歳(さい)。志(こころざし)を得(え)て中国(ちゅうごく)に行(おこな)うは、符節(ふせつ)(※)を合(がっ)するが若(ごと)し。先(せん)聖(せい)後(こう)聖(せい)、其(そ)の揆(き)(※)一(いつ)なり。

(※)符節……割符。
(※)揆……考えや行い。「揆」を「はかる」と解するのが通説。これに対し、「揆」は「軌」であり、道とする説もある。後者の立場からはこの字を「みち」と読んでいる。なお、孟子が本章で言いたいことは、このように大昔から聖人の道は私たちの主張し、学んでいる孔子の道、儒教の教えと同じものであるということであろう。

【原文】
孟子曰、舜生於諸馮、迁於負夏、卒於鳴條、東夷之人也、文王生於岐周、卒於畢郢、西夷之人也、地之相去也、千有餘里、世之相後也、千有餘歲、得志行乎中國、若合符節、先垩後垩、其揆一也。

 

2‐1 大局的に考え実践することも忘れたくない


【現代語訳】
昔、鄭の宰相の子産がその政治を執り行っていたとき、たまたま寒い冬に川のなかを歩いて渡ろうとしている者を見かねて、自分の乗り物を使って、溱水や洧水という二つの川を渡してやったという話がある。孟子は、このことについて批判をした。「この話は、子産が恵み深い人であったことを示しているが、政治ということを考えると問題が多い。子産が政治を本当にどうやるべきものかを知らなかったように言われてもしかたあるまい。もしも川の渡しの工事を民にさせるようにして、(農閑期になる)十一月には人が歩いて渡れる小橋をつくり、そして十二月には乗り物が通れる大橋をつくるようにしたならば、民は川のなかを歩いて渡る苦労から解放されよう。君子が、政治をひたすら公平に考えて実行すれば、たとえ通行の際に上の者が優先的に通り、下の者を人払いさせたとしても、許されるというものだろう。子産のように人をそれぞれ渡してやるような恩恵を施しても、すべての人を渡してやることなどできるものではない。このように政治を行う者は、大局的に考え、どう実践していくかを忘れないことが肝心で、一人一人を喜ばせようとしても、とても(日数は足りないのであるから)追いつくものでないことを知るべきである」。

【読み下し文】
子産(しさん)(※)、鄭国(ていこく)の政(まつりごと)を聴(き)き、其(そ)の乗輿(じょうよ)を以(もっ)て人(ひと)を溱(しん)・洧(い)に済(わた)せり。孟子(もうし)曰(いわ)く、恵(けい)なれども政(まつりごと)を為(な)すを知(し)らず。歳(とし)の十一月(じゅういちがつ)には徒杠(とこう)(※)成(な)り、十二月(じゅうにがつ)には輿梁(よりょう)(※)成(な)らば、民(たみ)未(いま)だ渉(わた)るを病(や)まざるなり。君子(くんし)其(そ)の政(まつりごと)を平(たい)らかにせば、行(ゆ)きて人(ひと)を辟(さ)けしむるも可(か)なり。焉(いずく)んぞ人人(ひとびと)にして之(これ)を済(わた)すを得(え)ん。故(ゆえ)に政(まつりごと)を為(な)す者(もの)は、人(ひと)毎(ごと)にして之(これ)を悦(よろこ)ばさんとせば、日(ひ)も亦(また)足(た)らず。

(※)子産……鄭の大夫公孫僑。春秋時代において名宰相とされた。『論語』のなかでも、孔子が高い評価をしているところが二ヵ所ある。「子(し)、子産(しさん)を謂(い)う。君子(くんし)の道(みち)、四(し)有(あ)り、其(そ)の己(おのれ)を行(おこな)うや恭(きょう)、其(そ)の上(かみ)に事(つか)うるや敬(けい)、其(そ)の民(たみ)を養(やしな)うや恵(けい)、其(そ)の民(たみ)を使(つか)うや義(ぎ)」(公冶長五)。「或(あ)るひと子産(しさん)を問(と)う。子(し)曰(いわ)く、恵人(けいじん)なり」(憲問第十四)。本章を読むと、孟子は子産に対してかなりきつく批判をしているようだ。このため孟子の言いすぎだと非難する人もいる。良いように取れば、子産その人を批判したというより、よくいわれている逸話をもって、本当の政治はどうあるべきかを説いている箇所であると見ることもできる。なお、万章(上)第二章三でも子産のことを論じているが、そこを見ると孟子も子産のことを肯定的に見ているのがわかる。
(※)徒杠……徒歩で通行する小橋。
(※)輿梁……乗り物などの通行する大橋。

【原文】
子產、聽鄭國之政、以其乘輿濟人於溱・洧、孟子曰、惠而不知爲政、歲十一月徒杠成、十二月輿梁成、民未病涉也、君子平其政、行辟人可也、焉得人人而濟之、故爲政者、每人而悅之、日亦不足矣。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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