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第58回

138〜140話

2021.06.15更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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4‐1 良い政治をしているところに人は集まる


【現代語訳】
(農業の開祖とされる伝説の王)神農氏の教えと称して説く許行という者がいた。楚の国から滕の国に行き、門までやってきて文公に、申し上げた。「私は遠方からきた者です。君が仁政を行っていると聞いてやってきました。ぜひ一ヵ所の住宅をいただいて、この国の民となりたいのです」。文公は、住居を与えた。許行の門弟数十人は、皆粗い布のそまつな服を着て、わらぐつをつくったり、むしろを織り、それを売って生活をしていた。ほかに(楚の儒者である)陳良の門人であった陳相という者も、弟の陳辛と一緒に、すき、くわなどの農具をかついで宋から滕にやってきた。そして、彼は言った。「君におかれては、聖人が行っていたという政治を実践されていると聞いています。君もまた聖人そのものです。どうか私たちもその聖人の下で、住民となりたいと思います」。(こうして住人となった陳相たちだが)、その後、許行に会った。その学説を聞いて大いに共鳴し、今まで学んだ儒学をすっかり捨てて、許行の教えを学んだ。

【読み下し文】
神農(しんのう)の言(げん)(※)を為(な)す者(もの)許行(きょこう)有(あ)り。楚(そ)より滕(とう)に之(ゆ)き、門(もん)に踵(いた)りて文公(ぶんこう)に告(つ)げて曰(いわ)く、遠方(えんぽう)の人(ひと)、君(きみ)仁政(じんせい)を行(おこな)うと聞(き)く。願(ねが)わくは一廛(いってん)(※)を受(う)けて氓(たみ)(※)と為(な)らん。文公(ぶんこう)之(これ)に処(ところ)を与(あた)う。其(そ)の徒(と)数十人(すうじゅうにん)、皆(みな)褐(かつ)(※)を衣(き)、屨(くつ)を捆(う)ち、席(むしろ)を織(お)りて、以(もっ)て食(しょく)を為(な)せり。陳良(ちんりょう)の徒(と)陳相(ちんしょう)、其(そ)の弟(おとうと)辛(しん)と、耒耜(らいし)(※)を負(お)いて宋(そう)より滕(とう)に之(ゆ)く。曰(いわ)く、君(きみ)聖人(せいじん)の政(まつりごと)を行(おこな)うと聞(き)く。是(こ)れ亦(また)聖人(せいじん)なり。願(ねが)わくは聖人(せいじん)の氓(たみ)と為(な)らん。陳相(ちんしょう)許行(きょこう)を見(み)て大(おお)いに悦(よろこ)び、尽(ことごと)く其(そ)の学(がく)を棄(す)てて学(まな)べり。

(※)神農の言……神農は、古代の伝説の王・神農氏のこと。神農氏は農業の開祖とされる。その神農氏の教えと称している学派があった。農家学派とも呼ばれる。
(※)一廛……一個の住宅。
(※)氓……他国から移住してきた民。
(※)褐……粗い布の粗末な服。
(※)耒耜……すき、くわなどの農具。

【原文】
有爲神農之言者許行、自楚之滕、踵門而吿文公曰、遠方之人、聞君行仁政、願受一廛而爲氓、文公與之處、其徒數十人、皆衣褐、捆屨、織席、以爲⻝、陳良之徒陳相、與其弟辛、負耒耜而自宋之徒滕、曰、聞君行垩人之政、是亦垩人也、願爲垩人氓、陳相見許行而大悅、盡棄其學而學焉。

 

4‐2 すぐに人の影響を受けてしまうのは感心しない


【現代語訳】
陳相が孟子に会って、許行の説を受け売りして言った。「滕の君は、まことに賢君ですね。しかし、本当の道(神農氏の教え)を、まだご存じありません。本当の賢者というのは、民と一緒に耕作して生活し、朝夕の炊事も自分でしながら政治を行うものです。今や滕の国では、倉庫は穀物やお金で満ちています。これは民を苦しませて納税させたものであって、自らをぜいたくに養っています。これでは、本当の賢者とは言えないのではないでしょうか」。

【読み下し文】
陳相(ちんしょう)孟子(もうし)を見(み)、許行(きょこう)の言(げん)を道(い)いて、曰(いわ)く、滕君(とうくん)は則(すなわ)ち誠(まこと)に賢君(けんくん)なり。然(しか)りと雖(いえど)も未(いま)だ道(みち)を聞(き)かざるなり。賢者(けんしゃ)は民(たみ)と並(なら)び耕(たがや)して食(しょく)し、饔飧(ようそん)(※)して治(おさ)む。今(いま)や滕(とう)には倉廩(そうりん)(※)府庫(ふこ)有(あ)り。則(すなわ)ち是(こ)れ民(たみ)を厲(や)ましめて(※)以(もっ)て自(みずか)ら養(やしな)うなり。悪(いずく)んぞ賢(けん)なるを得(え)ん。

(※)饔飧……朝夕の炊事。
(※)倉廩……穀物を入れておく倉。転じて、生活が安定していること。なお、孟子の「恒産有りて、恒心有り」と似た言葉で有名なのが管子の次の言葉である。「倉廩(そうりん)みちて礼節(れいせつ)を知(し)る」。意味は「人間は経済的に豊かになって、はじめて礼儀や節操を重んじる余裕が生じる」(『故事ことわざの辞典』 小学館)。
(※)厲ましめて……苦しめて。「厲」を「たよ」ると読む場合もある。

【原文】
陳相見孟子、道許行之言、曰、滕君則誠賢君也、雖然未聞道也、賢者與民竝耕而食、饔飧而治、今也滕有倉廩府庫、則是厲民而以自養也、惡得賢。

 

4‐3 人は一人では何もできないことを知る


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。(陳相が許子の教えを自慢気にそう語ったので)孟子は次々と質問をぶつけて、陳相を追い詰めていく。
孟子 「許子は必ず自分で穀物をつくって、それを食べるのか」
陳相 「そうです」
孟子 「許子は必ず自分で布を織って、それを着るのか」
陳相 「いや、許子は、目のあらい布を着ています」
孟子 「許子は冠をかぶるか」
陳相 「かぶります」
孟子 「どんな冠をかぶるのか」
陳相 「何の飾りもない白い質素な冠をかぶります」
孟子 「その冠は自分で織った布を使うのか」
陳相 「いいえ。自分でつくった穀物と交換します」
孟子 「許子は、どうしてその布を自分で織らないのか」
陳相 「そんなことをすれば、穀物の耕作の時間がなくなります」
孟子 「許子は、釜やなべや蒸し器で煮炊きをし、鉄製の農具を使って耕すのか」
陳相 「はい」
孟子 「その釜や農具などは自分でつくるのか」
陳相 「いいえ。つくった穀物と、それらと交換して得るのです」
孟子 「自分でつくった穀物と、それらの道具類と交換しても、陶工やかじ屋を苦しめない。陶工やかじ屋も、つくった道具類で穀物と交換しても、農夫を苦しめることにはならない。しかし、どうして許子は何でも自分でつくらなければならないというのに、それらを自分でつくって使うことをしないで、ごたごたと多くの職人たちと交換をするのだ。許子の言っていることは一貫しておらず、面倒くさいことをする男だ」
陳相 「いろいろ多くの職人たちがすることを、全部自分でやるなど、耕作をしながらできることではありませんから」

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、許子(きょし)は必(かなら)ず粟(ぞく)を種(う)え、而(しか)して後(のち)食(しょく)するか。曰(いわ)く、然(しか)り。許子(きょし)は必(かなら)ず布(ぬの)を織(お)りて然(しか)る後(のち)衣(き)るか。曰(いわ)く、否(いな)。許子(きょし)は褐(かつ)を衣(き)る。許子(きょし)は冠(かん)するか。曰(いわ)く、冠(かん)す。曰(いわ)く奚(なに)をか冠(かん)する。曰(いわ)く、素(そ)を冠(かん)す。曰(いわ)く、自(みずか)ら之(これ)を織(お)るか。曰(いわ)く、否(いな)。粟(ぞく)を以(もっ)て之(これ)に易(か)う。曰(いわ)く、許子(きょし)は奚(なん)為(す)れぞ自(みずか)ら織(お)るらざる。曰(いわ)く、耕(たがや)すに害(がい)あり。曰(いわ)く、許子(きょし)は釜(ふ)甑(そう)(※)を以(もっ)て爨(かし)ぎ、鉄(てつ)(※)を以(もっ)て耕(たがや)すか。曰(いわ)く、然(しか)り。自(みずか)ら之(これ)を為(つく)るか。曰(いわ)く、否(いな)。粟(ぞく)を以(もっ)て之(これ)に易(か)う。粟(ぞく)を以(もっ)て械(かい)器(き)に易(か)うるは、陶冶(とうや)を厲(や)ますと為(な)さず。陶冶(とうや)も亦(また)其(そ)の械器(かいき)を以(もっ)て粟(ぞく)に易(か)うるは、豈(あに)農夫(のうふ)を厲(や)ますと為(な)さんや。且(か)つ許子(きょし)は何(なん)ぞ陶冶(とうや)を為(な)さず、皆(みな)諸(これ)を其(そ)の宮中(きゅうちゅう)(※)に取(と)りて之(これ)を用(もち)うることを舎(や)めて、何(なん)為(す)れぞ紛紛然(ふんぷんぜん)(※)として百工(ひゃくこう)と交易(こうえき)(※)する。何(なん)ぞ許子(きょし)の煩(はん)を憚(はばか)らざるや。曰(いわ)く、百工(ひゃっこう)の事(こと)は、固(もと)より耕(たがや)し且(か)つ為(な)すべからざればなり。

(※)釜甑……釜(かま)。甑はこしきで土でつくられ、食物を蒸すもの。
(※)鉄……ここでは、鉄製の農具のこと。
(※)宮中……自宅のなか。
(※)紛紛然……ごたごたとして。
(※)交易……物々交換。日本の地方でも昭和三十年代までは、農民、漁民の一部は耕作物と魚類などを物々交換していた。私もできるだけ自分で耕作したものを食べるようにしている。しかし、例えば玉ねぎをつくるとしても、肥料の貝殻石炭などや農具類は買うしかなく(ときには友人のトラクターで耕してもらう)、また、料理するときのガス、鍋類、塩、しょう油、砂糖、さらには食器や冷蔵庫なども、とても自分ではつくれない。玉ねぎを干すときのヒモさえ自分ではつくれない。こうしてすべてのものや仕事の一つ一つは、他人の存在と仕事で成り立つものであるのがわかる。孟子は、そのことを対話でうまく引き出していく。古代でこのことを明確に教えていくのは大したものだと思われる。

【原文】
孟子曰、許子必種粟、而後食乎、曰、然、許子必織布然後衣乎、曰、否、許子衣褐、許子冠乎、曰、冠、曰、奚冠、曰、冠素、曰、自織之與、曰、否、以粟易之、曰、許子奚爲不自織、曰、害於耕、曰、許子以釜甑爨、以鐡耕乎、曰、然、自爲之與、曰、否、以粟易之、以粟易械器者、不爲厲陶冶、陶冶亦以其械器易粟者、豈爲厲農夫哉、且許子何不爲陶冶、舍皆取諸其宮中而用之、何爲紛紛然與百工交易、何許子之不憚煩、曰、百工之事、固不可耕且爲也。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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