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第59回

141〜143話

2021.06.16更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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4‐4 政治も役割分担である


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。(以上を陳相から前提の話としてうまく引き出しておいて孟子は言った)。「そうだとしたら、天下を治めるということのみが、ただ一つ、自分で耕作しながら、これをなさねばならないということになる。おかしなことだ。世の中には、政治をするという大人の仕事もあり、また民の諸々の仕事という小人の仕事もある。また、一人の身について考えてみてもわかるが、多くの職人たちでつくられたものがそなわっている。それらを、もしすべて、自分でつくってから用いるとしたら、天下中の人々を疲れ果ててしまわせることになる。だから昔から、『ある人は心を労し、ある人は力を労する』と言われているのだ。心を労する者は人を治める役割を果たし、力を労する者は、人から治められるという役割がある。人に治められる者は治める人を養い、人を治める者は人に養われるのが、天下どこにいっても通用している道理である」。

【読み下し文】
然(しか)らば則(すなわ)ち天下(てんか)を治(おさ)むることのみ、独(ひと)り耕(たがや)し且(か)つ為(な)すべけんや。大人(たいじん)(※)の事(こと)有(あ)り、小人(しょうじん)(※)の事(こと)有(あ)り。且つ(かつ)一人(いちにん)の身(み)にして、百工(ひゃltuこう)の為(な)す所(ところ)備(そな)わる。如(も)し必(かなら)ず自(みずか)ら為(な)して而(しか)る後(のち)之(これ)を用(もち)いば、是(こ)れ天下(てんか)を率(ひき)いて路(ろ)する(※)なり。故(ゆえ)に曰(いわ)く、或(ある)いは心(こころ)を労(ろう)し、或(ある)いは力(ちから)を労(ろう)す、と。心(こころ)を労(ろう)する者(もの)は人(ひと)を治(おさ)め、力(ちから)を労(ろう)する者(もの)は人(ひと)に治(おさ)めらる。人(ひと)に治(おさ)めらるる者(もの)は人(ひと)を養(やしな)い、人(ひと)を治(おさ)むる者(もの)は人(ひと)に養(やしな)わるるは、天下(てんか)の通義(つうぎ)なり。

(※)大人……ここでは上に立って政治をする人を意味する。
(※)小人……ここでは下にいて、諸々の仕事をする民で、治められる人を意味する。
(※)路する……疲れ果てること。なお、「路」は道路であり、道路を走り回って休むまいとする説(朱子など)もある。

【原文】
然則治天下、獨可耕且爲與、有大人之事、有小民之事、且一人之身、而百工之所爲備、如必自爲而後用之、是率天下而路也、故曰、或勞心、或勞力、勞心者治人、勞力者治於人、治於人者食人、治人者食於人、天下之通義也。

 

4‐5 耕作したくてもできない人もいる


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「堯の時代は、まだ天下は平穏となっていなかった。洪水がよく起き、天下に氾濫していた。草木は茂り放題であったし、禽獣もいっぱいに繁殖してしまい、穀物もあまり実らなかった。禽獣は人に迫って危害を加え、けものや鳥の足跡も、文化の中心地(中国)にまで入り込んでいた。これを一人心配していた堯帝は、臣下のなかから舜を抜てきし、この状況を良くする政治を行わせた。舜は益に命じて火に関することを担当させた。益は山や沢を燃やして草木を焼いたので、禽獣は逃げ隠れた。禹には、水に関することを担当させた。禹は、黄河過流の九つの川を良く通るようにし、済水・漯水の流れを良くしてその水を海に流し込んだ。また、汝水、漢水を切り開き淮水・泗水の水を流して、その水を揚子江に注ぎ込ませた。こうして中原の地(中国)は、穀物も良く実り、民も食うに困らなくなった。このときに際し、禹は治水に励んだので、その間三度ばかり、自分の家の門前を通ることがあったが、一度も家に寄る暇はなかった。このように民のために治水に忙しければ、いくら耕作したくてもできるわけがないと言うしかないだろう」。

【読み下し文】
堯(ぎょう)の時(とき)に当(あ)たりて、天下(てんか)猶(な)お未(いま)だ平(たい)らかならず。洪水(こうずい)横流(おうりゅう)し(※)、天下(てんか)に氾濫(はんらん)す。草木(そうもく)暢茂(ちょうも)し、禽獣(きんじゅう)繁殖(はんしょく)し、五穀(ごこく)登(みの)(※)らず。禽獣(きんじゅう)人(ひと)に偪(せま)り、獣蹄(じゅうてい)鳥跡(ちょうせき)の道(みち)、中国(ちゅうごく)(※)に交(まじ)わる。堯(ぎょう)、独(ひと)り之(これ)を憂(うれ)え、舜(しゅん)を挙(あ)げて治(ち)を敷(し)かしむ(※)。舜(しゅん)、益(えき)(※)をして火(ひ)を掌(つかさど)らしむ。益(えき)、山沢(さんたく)を烈(もや)して之(これ)を焚(や)き、禽獣(きんじゅう)逃(のが)れ匿(かく)る。禹(う)、九河(きゅうが)を疏(そ)し(※)、済(せい)・漯(とう)を瀹(やく)して(※)、諸(これ)を海(うみ)に注(そそ)ぎ、汝(じょ)・漢(かん)を決(けっ)し、淮(わい)・泗(し)を排(はい)して、之(これ)を江(こう)(※)に注(そそ)ぐ。然(しか)る後(のち)中国(ちゅうごく)得(え)て食(くら)うべきなり。是(こ)の時(とき)に当(あ)たりてや、禹(う)、外(そと)に八年(はちねん)、三(み)たび(※)其(そ)の門(もん)を過(す)ぎて而(しか)も入(い)らず。耕(たがや)さんと欲(ほっ)すと雖(いえど)も得(え)んや。

(※)横流し……洪水が起き。水が外にあふれ勝手に流れる。
(※)登る……成熟する。実る。
(※)中国……文化の中心地。中原。なお、梁恵王(上)第七章八参照。
(※)治を敷かしむ……この状況を良くする政治を行わせた。
(※)益……舜の臣。万章(上)第六章一参照。
(※)疎し……良く通るようにし。
(※)瀹して……流れを良くして。
(※)江……揚子江。
(※)三たび……三度ばかり。なお、何回もとする説もある。どちらとも言える。『論語』でも「吾(われ)は日(ひ)に三(み)たび吾(わ)が身(み)を省(かえり)みる」(学而第一)の文があるが、これも「一日に三度」とする説と、「一日に何回も」とする説の二つがあって、どちらも成り立つ。

【原文】
當堯之時、天下猶未平、洪水橫流、氾濫於天下、草木暢茂、禽獸繁殖、五穀不登、禽獣偪人、獸蹄鳥迹之衜。交於中國、堯、獨憂之、擧舜而敷治焉、舜、使益掌火、益、烈山澤而焚之、禽獣迯匿、禹、疏九河、瀹濟・漯、而註諸海、決汝・漢、排・淮泗、而註之江、然後中國可得而⻝也、當是時也、禹、八年於外、三過其門而不入、雖欲畊得乎。

 

4‐6 五倫(親、義、別、序、信)を確立する


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「(また、続いて舜は)后稷、つまり農業を担当する責任者に命じて、民に農事を指導させ、五穀をうまく耕作させるようにした。すると五穀も良く育つようになり、人々も十分に育ち、長生きできるようになった。しかし、人というものは、飽食し、着るものも十分にあり、安逸な暮らしをして、教育がなされないと、禽獣、つまり鳥、けものに近いものとなりやすい。そこで聖人(堯・舜)は、このことを心配し、契を教育を担当する責任者とし、人としてそのあり方(道を)を教えさせた。すなわち父子の間には親があり、君臣の間には義があり、夫婦の間には別があり、長幼の間には序があり、朋友の間には信があること(以上いわゆる五倫)を教えたのである。放勲(堯)は言った。『民をねぎらい、励まし、心の曲がった者は正しくさせて、力の足りない者は助けて、かばつてやり自分で自分の正しい道をわかるようにさせ、そのうえで民に恩恵を施し、大いににぎわえるようにせよ』と。聖人というのは、民を心配して、施策をあれこれとしなくてはならず、自ら耕作をしている暇はないのである」。

【読み下し文】
后稷(こうしょく)(※)は民(たみ)に稼穡(かしょく)(※)を教(おし)え、五穀(ごこく)を樹芸(じゅげい)す。五穀(ごこく)熟(じゅく)して民人(みんじん)育(いく)す。人(ひと)の道(みち)有(あ)るや、飽食煖衣(ほうしょくだんい)、逸居(いっきょ)して教(おし)えらるる無(な)ければ、則(すなわ)ち禽獣(きんじゅう)に近(ちか)し。聖人(せいじん)有(ま)た之(これ)を憂(うれ)え、契(せつ)(※)をして司徒(しと)(※)為(た)らしめ、教(おし)うるに人倫(じんりん)(※)を以(もっ)てす。父子(ふし)親(しん)有(あ)り、君臣(くんしん)義(ぎ)有(あ)り、夫婦(ふうふ)別(べつ)有(あ)り、長幼(ちょうよう)序(じょ)有(あ)り、朋友(ほうゆう)信(しん)有(あ)り。放勲(ほうくん)(※)曰(いわ)く、之(これ)を労(ねぎら)い之(これ)を来(きた)らし、之(これ)を匡(ただ)し之(これ)を直(なお)くし、之(これ)を輔(たす)け之(これ)を翼(たす)け、之(これ)を自得(じとく)せしめ、又(また)従(したが)って之(これ)を振徳(しんとく)(※)せよ、と。聖人(せいじん)の民(たみ)を憂(うれ)うること此(かく)のごとし。而(しか)るを耕(たがや)すに暇(いとま)あらんや。

(※)后稷……農業を担当する責任者。周の始祖である棄(き)がこの官に就いたとされている。
(※)稼穡……農事。
(※)契……舜の臣。
(※)司徒……教育を担当する責任者。
(※)人倫……人としてのあり方(道)。本項で孟子はいわゆる「五倫」の道を説く。この五倫は以後の中国でずっと(日本でも)重きを置かれた道となり、そういう意味では、とても重要な箇所である。なお、五常(仁、義、礼、智、信)については公孫五(上)第六章三参照。
(※)放勲……堯の名。
(※)振徳……恩恵を施し、大いににぎわえるようにする。「振」はにぎわすこと、「徳」はここでは、恩恵を施すこと。

【原文】
后稷教民稼穡、樹藝五穀、五穀熟而民人育、人之有道也、飽食煖衣、逸居而無敎、則近於禽獸、聖人有憂之、使契爲司徒、敎以人倫、父子有親、君臣有義、夫婦有別、長幼有敍、朋友有信、放勲日、勞之來之、匡之直之、輔之翼之、使自得之、又從而振徳之、聖人之憂民如此、而暇耕乎。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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