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マンガでわかる「西洋絵画」の見かた 監修/池上英洋 イラスト/まつおかたかこ

第3回

バロックとロココ

2016.11.23更新

読了時間

絵画は意外とおしゃべり。描かれた当時の事件や流行、注文主の趣味、画家の秘密……。名画が発するメッセージをキャッチして楽しむちょっとしたコツをお教えします。
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 人工的に誇張・構成されたドラマチックな美がバロックの特徴。宗教改革や大航海時代を迎えていた当時、それぞれの権威を広めたい国王や教皇庁の要求にかなう絵画でした。その後は宮廷の好みを反映した、華やかで軽やかなロココの様式が生まれます。

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■ドラマチックでわかりやすいルネサンス後のムーブメント

 美術・文化の様式「バロック」は16世紀後半にイタリアで生まれました。語源は、ポルトガル語でいびつな真珠・宝石を指す「バロッコ」にあります。

 では何と比べてのいびつさや歪みかというと、調和と完全な美を目指した盛期ルネサンスの古典主義に対して。バロック芸術では完全な美よりも誇張した表現が、調和よりダイナミックで変化に富んだ表現が好まれました。

 これらは、ルネサンス期に始まった宗教改革に対する反動とも強く結びついています。巻き返しを図ったカトリック陣営は庶民に教えを浸透させようと、建築や絵画でその権威を強調したのです。現代人が見ても、ひと目で「すごい!」と思えるドラマチックな作品が多いのも、バロック芸術ならではといえるでしょう。

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■大航海時代を迎えて拡散。フランスではロココが生まれる

 日本の戦国時代のようなルネサンス期を経て、社会は絶対王政の時代へ移っていきます。大航海時代が到来し、経済の中心は地中海から大西洋へと変わり、繁栄の中心もイタリアではなく、国土を統一して新大陸へと進出したスペインへ、さらに貿易で栄えてスペインから独立したオランダや、スペインを破ったイギリスへと移っていきます。それぞれの社会で経済力が権力と結びつき、それを表現するものとしてバロックが花開いていくのです。

 17世紀後半、太陽王ルイ14世の下で強力な国家へと成長したフランスではアカデミーが改革され、芸術も絶対王政の行政組織に組み込まれていきます。18世紀、ルイ15世の時代には優美で繊細な宮廷文化が成熟し、ロココ芸術が誕生。他国にも広がっていきます。

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■「真の市民社会」が到来した17世紀オランダが生んだ名画

 大きな真珠のイヤリングをつけた少女が投げかける視線。かすかな微笑み、大きな瞳、今にも動き出しそうな唇。フェルメール作品の中でも、特に愛されている作品ですが、注文主の有無など不明な点が多い絵画でもあります。

 とりわけ不明なのがモデルの正体。眉が描かれていないこと、異国風の衣装をまとっていることなどから特定の誰かの肖像画ではないという説が一般的。貴族でも有名人でもない人物を描いたこと自体が新しく、商業で力をつけた市民が築いた、17世紀のオランダ社会だからこそ生まれた作品ともいえます。

 鮮明な光の描写や暗くシンプルな背景、黄色と青に絞った色彩のコントラスト、振り向きざまの一瞬を捉えたような構図も特徴的です。

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① モデルの少女

 今にいたるまで不明のまま。フェルメールの娘という説もありますが、実在する誰かの肖像というよりは、17世紀オランダ美術界で流行したトローニー(特定の人物ではない顔を描いた作品)に分類する説が一般的です。画家の理想を具現化した少女像なのかもしれません。


② ターバン

 本作が『青いターバンの少女』『ターバンを巻いた少女』とよばれていた時代もあったほど印象の強いアイテム。当時の一般的な装束ではなく、画家の趣味的な要素が感じられます。グイド・レーニの作品へのオマージュであるという説もありますが、テーマは異なっています。


③ 真珠

 現実にはこの向きで光が当たるとは考えにくいにもかかわらず、光沢の強さで画面中央から浮かび上がって見える真珠。当時、上流階級の間で流行すると同時に、非常に高価なものとして知られていました。フェルメールが画中に頻繁に描いたものは、ヴェネツィア産のフェイクパールを見本にしたと考えられています。


④ ポワンティエ技法

 19世紀印象派が多用した、白や明るい色の点で光を描く技法。本作では唇、真珠、瞳に効果的に使われていますが、この時代にはほぼ類例がありません。


⑤ フェルメール・ブルー

 ターバンに使われたウルトラマリンブルーは、当時は金と同じくらい高価な画材。フェルメールがよく使ったことから、この別名があります。

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■透視図法にポワンティエ…現代でも色あせない風俗画家

「○ ○ な女」。そんなタイトルの作品が多いのがフェルメール。彼は、約20年の画家人生の多くを女性が主役の室内風俗画に費やしました。それは国王も貴族もおらず、教会の権威とも距離をおいた新しい国オランダならでは。社会の主役である市民たちが、自分たちがモデルの風俗画を好んだのです。

 とはいえ、独自のこだわりは相当なもの。透視図法に操作を加えた高度な空間描写、ポワンティエとよばれる点描で描く光の表現。鮮やかな色彩と調和を重んじ、登場人物に曖昧さを残すことも特徴です。当時高い評価を得た静謐で洗練された画は、300年後の私たちの美的感覚にも通じる部分が多いことに驚かされます。生涯で五十数点、現存数三十点余という寡作の画家は、静かな革新者でもあったのです。

※1『デルフトの眺望』1660年頃/マウリッツハイス美術館(デン・ハーグ)

※2『牛乳を注ぐ女』1660年頃/アムステルダム国立美術館(アムステルダム)

※3『地理学者』1669年頃/シュテーデル美術館(フランクフルト)

※4『合奏』1664年頃/所在不明


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■陽光と陰影、三角形の構図。完成度の高さでも大人気に

 ブーシェとともにロココを代表する画家・フラゴナールの代表作。巧みな光と影の表現、3人の人物が織り成す安定的な三角形の構図、衣擦ずれの音が聞こえてきそうなドレスの質感と華やかな色彩、たわむぶらんこのロープと脱げたサンダルの躍動感。絵としての完成度が非常に高いのが本作です。

 もちろん、画面全体に漂う享楽的で背徳的な雰囲気も本作の特徴。軽薄な主題を優美かつ軽やかに描ききり、フランス貴族の世界観を体現。ゆえに本作は発表当時から大人気となりました。

 作者は南仏に生まれ、5年間のイタリア留学を経て帰国。自由な立場で貴族や有力者たちと交流しながら多彩な絵を描きます。生き方と画風、時代が符合したロココの寵児は、フランス革命後は没落し不遇のうちに没しました。

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① ブランコを押す男性

 当初、注文主は司教を描くように依頼したと伝わっています。画家が老いた男性へと変えて描いたようです。


② 下から見上げる男性

 絵の注文主であるサン・ジュリアン男爵で、舞台は男爵の別邸の庭。左手に脱いだ帽子を持つ姿は、道徳や宗教的価値観から逸脱した様を描いています。足元からまるでスカートを覗いているような位置に描いたのも男爵のリクエストだったとか。


③ 脱げたサンダル

 ブランコに乗る女性は男爵の愛人で、揺れに身を任せサンダルを高く放り上げています。これも社会道徳からの逸脱を示唆。性的な意味も感じさせます。


④ 口に指をあてるクピト

 愛の神クピドが「静かに!」という仕草をするのは公にできない恋愛を意味します。彫刻家ファルコネが好んで造ったクピドを登場させて、登場人物の男女の秘密の関係を示唆しています。


⑤ 当時の貴族の恋愛事情

 結婚したら恋愛解禁といえるほど、18世紀のフランス貴族社会では自由奔放な大人の恋がはびこっていました。タブーを超え、恋愛を謳歌する当時の男女の世界観こそ、フラゴナールが得意としたところ。ほかにも『恋の成り行き』『閂』など、貴族たちの恋愛をテーマに多数の作品を描いています。

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著者

監修:池上英洋 イラスト:まつおかたかこ

監修:池上 英洋(いけがみ・ひでひろ) 美術史家。東京造形大学教授。東京藝術大学修士課程修了後、イタリア・ボローニャ大学などでの在外研究、恵泉女学園大学準教授、國學院大學準教授を経て現職。著書に、『ダ・ヴィンチの遺言』(河出書房新社)、『西洋美術史入門』(筑摩書房)、『ルネサンス 歴史と芸術の物語』(光文社)、『「失われた名画」の展覧会』(大和書房)、編著に『西洋美術史入門 絵画の見かた』(新星出版社あ9など。 イラスト:まつおかたかこ  イラストレーター。雑誌、広告、書籍をはじめ展覧会などでも幅広く活動中。活躍中。

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