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ブックデザイナー 鈴木一誌の生活と意見

第6回

後悔しない生きかた

2017.08.17更新

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長年ブックデザイナーとして活動し映画やデザインの評論でも知られる著者が、グローバル化する政治経済や情報環境、災害や紛争などによって激しく揺さぶられる現代社会を、デザイナーならではの視点からするどく捉えます。
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 宮崎駿監督の長編アニメ『風立ちぬ』は、公開から1か月以上たったいまも多くの観客を呼んでいる。「零戦の設計主務者・堀越二郎を物語の中心に据えた作品」と書くとシンプルに聞こえるが、見たあとの感想は複雑だ。技術者の成功譚でもラブストーリーでもない。子どもが楽しめつつ、大人にも心の震えをもたらす。戦闘機づくりを描きながら反戦を訴えるといったぐあいにだ。

 『風立ちぬ』を見ながらわたしには、主人公・堀越の向こうに、もうひとりの人物が見え隠れしていた。映画監督・小津安二郎である。堀越二郎と小津安二郎には、いくつかの共通点がある。ともに1903年生まれであり、「二郎」からわかるように次男坊である。なによりも、堀越は航空機、小津は映画というちがいはあれ、両者ともが欧米が生みだした技術を、日本に根づかせ、この国ならではの達成にまで育てあげた点だ。

 世界の映画人へのアンケートで、映画史上のベストワンに選ばれたりもする『東京物語』(1953年)をはじめとした小津作品は、『麦秋』(51年)にせよ『秋刀魚の味』(62年)にしても、その底には、「死に際して後悔しない生きかたをする」との主題が脈々と流れている。それゆえ映画のなかで親は、結婚を決断した娘に「それでいいんだね、後悔しないね」と念を押さずにはいられない。「後悔しない生きかた」を言い替えれば、「死の地点から現在を見つめながら生きる」となろう。

 『風立ちぬ』における堀越の、表情の平坦さや抑揚の無い声調は、小津的だ。「退屈だ」との感想を抱く者もいるだろう。『風立ちぬ』の作者が堀越二郎に託したのは、小津につながる死者からの視線ではなかろうか。物語としての『風立ちぬ』は、零戦開発の前で終わる。なぜか。零戦には、飛び立ってたったの1機も戻ってこない運命が待ち受けている。設計者は、病死した妻ばかりではなく、未来の零戦からも見つめられている。宮崎監督の引退会見における発言、「子どもたちに「この世は生きるに値するんだ」ということを伝えるのが仕事の根幹」は、「後悔しない生きかた」に通じている。

 堀越はその著書で、自身の零戦設計が米国で「 I Designed the Zeke」(「Zeke」は零戦のあだ名)なる記事で紹介されたと書く。設計とはデザインである。デザインは、単に物のかたちばかりではなく、「後悔しない生きかた」の一部でなくてはならない。産業が巨大化し設計者の顔が見えなくなっている現在、デザイナーは、消費される商品にいかに「後悔しない生きかた」を込められるのだろうか。堀越や小津が生きたのは、まさにデザインという領域が成長していく時代だった。グラフィックデザインの先達である原弘の生年も1903年である。本田宗一郎は06年に生まれ、井深大が08年である。堀越のことばを引用しておこう。「私の武器は、自分で考えることだけであった」。

(初出『十勝毎日新聞』2013年9月29日付)

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著者

鈴木一誌

ブックデザイナー。1950年東京都生まれ。杉浦康平氏のアシスタントを12年間つとめ、1985年に独立。映画や写真の批評も手がけつつ、デザイン批評誌『d/SIGN』を戸田ツトムとともに責任編集(2001〜2011年)。神戸芸術工科大学客員教授。著書に『画面の誕生』(2002年)『ページと力』(2002年)『重力のデザイン』(2007年)『「三里塚の夏」を観る』(2012年)。共編著書に『知恵蔵裁判全記録』(2001年)『映画の呼吸 澤井信一郎の監督作法』(2006年)『全貌フレデリック・ワイズマン』(2011年)、『1969 新宿西口地下広場』(2014年)『デザインの種』(2015年)『絶対平面都市』(2016年)など。

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