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第105回

254〜255話

2021.08.23更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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5‐1 天命思想


【現代語訳】
万章が尋ねた。「堯は、天下を舜に与えたといわれます。これは、本当にあったことでしょうか」。孟子は答えた。「いや。天子といえども、天下を人に与えることなどできない」。さらに、万章は聞いた。「では、舜が天下を得て、保つようになったのは、誰が与えたのでしょうか」。孟子は答えた。「それは天が与えたのだ」。万章は聞いた。「天がそれを与えたというのは、天が丁寧に詳しく話をして聞かせ、天下を保つよう命じたのでしょうか」。孟子は答えた。「いや。天はものを言わない。ただ、その人の行為と、それに応じて起きる事柄で、天の意思を示すのである」。万章はさらに聞いた。「行為と、それに応じて起きる事柄で天の意思を示すとは、どういうことですか」。孟子は答えた。「天子は後継者として、ふさわしい人物を天に推薦することはできるが、天をしてこの者に天下を与えさせることはできない。諸侯は、しかるべき人物を天子に推薦することはできるが、天子をしてその者に諸侯の位を与えさせることはできない。また、大夫はしかるべき人物を、諸侯に推薦はできるけれども、諸侯をしてその者に大夫の位を与えさせることはできない。昔、堯が舜を天に推薦したところ、天はこれを受け入れた。そして舜を民の上に置いて仕事をやらせると、(舜の行いを喜んだ)民は舜が天子となることを受け入れた。このように天はものを言わないのである。天は、その人の行為と、それに応じて起きる事柄で、天の意思を示すだけ、と言うのみなのである」。

【読み下し文】
万章(ばんしょう)曰(いわ)く、堯(ぎょう)は天下(てんか)を以(もっ)て舜(しゅん)に与(あた)う、と。諸(これ)有(あ)りや。孟子(もうし)曰(いわ)く、否(いな)。天子(てんし)は天下(てんか)を以(もっ)て人(ひと)に与(あた)うること能(あた)わず。然(しか)らば則(すなわ)ち舜(しゅん)の天下(てんか)を有(たも)つや、孰(たれ)か之(これ)を与(あた)えし。曰(いわ)く、天(てん)之(これ)を与(あた)う。天(てん)の之(これ)を与(あた)うるは、諄諄然(じゅんじゅんぜん)(※)として之(これ)を命(めい)ずるか。曰(いわ)く、否(いな)。天(てん)言(ものい)わず。行(おこな)いと事(こと)とを以(もっ)て之(これ)を示(しめ)すのみ。曰(いわ)く、行(おこな)いと事(こと)とを以(もっ)て之(これ)を示(しめ)すとは、之(これ)を如何(いかん)。曰(いわ)く、天子(てんし)は能(よ)く人(ひと)を天(てん)に薦(すす)むれども、天(てん)をして之(これ)に天下(てんか)を与(あた)えしむること能(あた)わず。諸侯(しょこう)は能(よ)く人(ひと)を天子(てんし)に薦(すす)むれども、天子(てんし)をして之(これ)に諸侯(しょこう)を与(あた)えしむること能(あた)わず。大夫(たいふ)は能(よ)く人(ひと)を諸侯(しょこう)に薦(すす)むれども、諸侯(しょこう)をして之(これ)に大夫(たいふ)を与(あた)えしむること能(あた)わず。昔者(むかし)堯(ぎょう)、舜(しゅん)を天(てん)に薦(すす)めて、天(てん)之(これ)を受(う)く。之(これ)を民(たみ)に暴(あらわ)して(※)、民(たみ)之(これ)を受(う)く。故(ゆえ)に曰(いわ)く、天(てん)言(ものい)わず。行(おこな)いと事(こと)とを以(もっ)て之(これ)を示(しめ)すのみ。

(※)諄諄然……丁寧に詳しく話す様。
(※)暴して……民の上に置いて仕事をやらせた。

【原文】
萬章曰、堯以天下與舜、有諸、孟子曰、否、天子不能以天下與人、然則舜有天下也、孰與之、曰、天與之、天與之者、諄諄然命之乎、曰、否、天不言、以行與事示之而已矣、曰、以行與事示之者、如之何、曰、天子能薦人於天、不能使天與之天下、諸侯能薦人於天子、不能使天子與之諸侯、大夫能薦人於諸侯、不能使諸侯與之大夫、昔者堯、薦舜於天、而天受之、暴之於民、而民受之、故曰、天不言、以行與事示之而已矣。

 

5‐2 民意は天意のあらわれである


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。万章が言った。「あえてお尋ねします。堯が天に天子となる人物を推薦し、天がこれを受け入れて、民の上に置いて仕事をやらせたら民がこれを受け入れたというのは、どういうことですか」。孟子は言った。「堯が舜に天地山川の祭りごとをやらせたら、神々はこれを受け入れた(天変地異は別段なかった)。また、舜に政治を統治させたら、事は良く治まり、広く庶民もこれに安心した。つまり、民たちもこれを受け入れ認めたということだ。このように天が舜に天下を与え、民が舜に天下を与えたのだ。ゆえに、『天子は天下を人に与えることはできない』と言われるのである。そもそも、舜は堯の宰相であること二十八年であった。これは人の力だけでできることではなく、まさに天意である。堯が崩御して三年の喪が終わると、舜は、堯の子に遠慮して、南河の南の方へ身を退けた。ところが天下の諸侯たちは、朝覲するのに、堯の子には行かずに、舜のところに行った。また、裁判を願う者は、やはり堯の子のところには行かずに、舜のところに行った。徳を讃えて歌う者も、堯の子のことを歌わずに、舜のことを歌った。だから、これは天意なのだ。ここまでに至って、舜はやっと中国、つまり中央の都に戻って天子の地位に就いた。これがもし、堯の宮殿に初めからいて、堯の子に迫り、天子の座を奪ったとしたら、天が与えたものとすることはできなくなる。『書経』の泰誓篇に、『天が見るのは、我が民が見ることに従い、天が聴くのは、民が聴くのに従う(天には耳目がないため人民全体の耳目を借りる)』とある。これは、以上のことを言っているのである」。

【読み下し文】
曰(いわ)く、敢(あえ)て問(と)う、之(これ)を天(てん)に薦(すす)めて、天(てん)之(これ)を受(う)け、之(これ)を民(たみ)に暴(あらわ)して、民(たみ)之(これ)を受(う)くとは、如何(いかん)。曰(いわ)く、之(これ)をして祭(まつ)りを主(つかさど)らしめて、百神(ひゃくしん)(※)之(これ)を享(う)く。是(こ)れ天(てん)之(これ)を受(う)くるなり。之(これ)をして事(こと)を主(つかさど)らしめて、事(こと)治(おさ)まり、百(ひゃく)姓(せい)之(これ)に安(やす)んず。是(こ)れ民之(たみこれ)を受(う)くるなり。天(てん)之(これ)を与(あた)え、人(ひと)之(これ)を与(あた)う。故(ゆえ)に曰(いわ)く、天子(てんし)は天下(てんか)を以(もっ)て人(ひと)に与(あた)うること能(あた)わず、と。舜(しゅん)は堯(ぎょう)に相(しょう)たること二十有八載(にじゅうゆうはちさい)。人(ひと)の能(よ)く為(な)す所(ところ)に非(あら)ざるなり。天(てん)なり。堯(ぎょう)崩(ほう)じ、三年(さんねん)の喪(も)畢(おわ)りて、舜(しゅん)、堯(ぎょう)の子(こ)を南河(なんか)の南(みなみ)に避(さ)く。天下(てんか)の諸侯(しょこう)、朝覲(ちょうきん)(※)する者(もの)、堯(ぎょう)の子(こ)に之(ゆ)かずして、舜(しゅん)に之(ゆ)く。訟獄(しょうごく)する者(もの)、堯(ぎょう)の子(こ)に之(ゆ)かずして、舜(しゅん)に之(ゆ)く。謳歌(おうか)する者(もの)、堯(ぎょう)の子(こ)を謳歌(おうか)せずして、舜(しゅん)を謳歌(おうか)す。故(ゆえ)に曰(いわ)く、天(てん)なり。夫(そ)れ然(しか)る後(のち)中国(ちゅうごく)に之(ゆ)き、天子(てんし)の位(くらい)を践(ふ)めり。而(しか)るを堯(ぎょう)の宮(きゅう)に居(お)り、堯(ぎょう)の子(こ)に逼(せま)らば、是(こ)れ簒(うば)うなり。天(てん)の与(あた)うるに非(あら)ざるなり。泰(たい)誓(せい)に曰(いわ)く、天(てん)の視(み)るは我(わ)が民(たみ)の視(み)るに自(したが)い、天(てん)の聴(き)くは我(わ)が民(たみ)の聴(き)くに自(したが)う、と。此(こ)れの謂(いい)なり。

(※)百神……天地山川の神々。
(※)朝覲……天子への挨拶。天子に会えること。

【原文】
曰、敢問、薦之於天、而天受之、暴之於民、而民受之、如何、曰、使之主祭、而百神享之、是天受之、使之主事、而事治、百姓安之、是民受之也、天與之、人與之、故曰、天子不能以天下與人、舜相堯二十有八載、非人之所能爲也、天也、堯崩、三年之喪畢、舜、避堯之子於南河之南、天下諸侯朝覲者、不之堯之子、而之舜、訟獄者、不之堯之子、而之舜、謳歌者、不謳歌堯之子、而謳歌舜、故曰、天也、夫然後之中國、踐天子位焉、而居堯之宮、逼堯之子、是簒也、非天與也、泰誓曰、天視自我民視、天聽自我民聽、此之謂也。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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