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第134回

321話〜322話

2021.10.05更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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告子(下)

1‐1 議論のための議論に対処するのは難しい

【現代語訳】
任の人が(孟子の弟子の)屋蘆子に問うた。「礼と食とでは、どちらが重要ですか」。屋蘆子は答えた。「礼のほうが重いです」。任の人はまた尋ねた。「男女のことと礼とはどちらが重要ですか」。屋蘆子は答えた。「礼のほうが重いです」。任人は、追いつめたかのように問うてきた。「では、礼が重いとしてそれを守ると食を得ることができずに餓死してしまい、礼を守らないと食を得られ、死なないで済む場合も、礼は必ず守るべきなのですか。また、親迎の礼をしようと思えば、礼物を用意することができずに妻も得ることはできないが、その親迎の礼を行わないでやると、妻を得ることができる場合でも、礼を守り親迎の礼をすべきなのですか」。この質問に対して、屋蘆子は答えることができなかった。そして、翌日、鄒まで行って、孟子にこのことを話した。

【読み下し文】
任(じん)(※)人(ひと)、屋廬子(おくろし)に問(と)う有(あ)り。曰(いわ)く、礼(れい)と食(しょく)と孰(いず)れか重(おも)き。曰(いわ)く、礼(れい)重(おも)し。色(いろ)と礼(れい)と孰(いず)れか重(おも)き。曰(いわ)く、礼(れい)重(おも)し。曰(いわ)く、礼(れい)を以(もっ)て食(しょく)せんとすれば則(すなわ)ち飢(う)えて死(し)し、礼(れい)を以(もっ)てせずして食(しょく)せんとすれば則(すなわ)ち食(しょく)を得(う)。必(かなら)ず礼(れい)を以(もっ)てせんか。親迎(しんげい)(※)すれば則(すなわ)ち妻(つま)を得(え)ず、親迎(しんげい)せんとせざれば則(すなわ)ち妻(つま)を得(う)。必(かなら)ず親迎(しんげい)せんか。屋廬子(おくろし)対(こた)うること能(あた)わず。明日(めいじつ)鄒(すう)(※)に之(ゆ)き、以(もっ)て孟(もう)子(し)に告(つ)ぐ。

(※)任……孟子の郷里鄒の近くにある国。
(※)親迎……結婚の当日に新郎が新婦を迎えに行く儀式。日本でも、昭和四十年代ごろまでは、このような結婚についてのいろいろな儀式があった。
(※)鄒……現在の山東省。孟子の故郷。

【原文】
任人、有問屋廬子、曰、禮與食孰重、曰、禮重、色與禮孰重、曰、禮重、曰、以禮食則飢而死、不以禮食則得食、必以禮乎、親迎則不得妻、不親迎則得妻、必親迎乎、屋廬子不能對、明日之鄒以告孟子。

1‐2 極端なことで比較するのはおかしい

【現代語訳】
孟子は言った。「これに答えることなど、何も難しくはない。物事を比較するのに根本のほうを計る(基本のことから考える)のではなく、先のほう(一部を見て考える)を出して並べて考えるとおかしなことになる。一寸四方の小さな木であっても、山のように高くとがった高楼よりも高くすることができる。また、金属は羽根より重いとされるが、帯(おび)金(かね)一つと車一台に積んだ羽根を比べたらどうなるのか。このように食の重大なもの(生死にかかわる)と、礼の軽いもの(例えば、食事に関する細かな礼など)を比較すると、食のほうが重大ということになろう。さらに、色、つまり男女の重大な問題(結婚しないと子どもも絶えるなど)と、軽い礼(例えば、親迎の礼など)を比較すると、それはただ色のほうが重いということになろう。このようだから、お前は任人に次のように言ってみなさい。兄さんのひじをねじると(暴力を加えると)、食を得られるという場合、そうまでして食を得るのか。また、東隣の垣根を越えて、その家の娘さんを引っ張ってくれば(さらってくれば)妻を得られ、そうしないと妻を得られない場合、やはり引っ張ってくるのか」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、是(これ)に答(こた)うるに於(お)いてや何(なに)か有(あ)らん。其(そ)の本(もと)を揣(はか)らず(※)して其(そ)の末(すえ)を斉(ひと)しゅうせば、方寸(ほうすん)の木(き)も、岑楼(しんろう)(※)より高(たか)からしむべし。金(かね)は羽(はね)より重(おも)しとは、豈(あに)一鉤金(いつこうきん)と、一興羽(いちよう)の謂(いい)を謂(い)わんや。食(しょく)の重(おも)き者(もの)と、礼(れい)の軽(かる)き者(もの)とを取(と)りて、之(これ)を比(ひ)せば、奚(なん)ぞ翅(ただ)に食(しょく)重(おも)きのみならん。色(いろ)の重(おも)き者(もの)と、礼(れい)の軽(かる)き者(もの)とを取(と)りて、之(これ)を比(ひ)せば、奚(なん)ぞ翅(ただ)に色(いろ)重(おも)きのみならん。往(ゆ)きて之(これ)に応(こた)えて曰(い)え、兄(あに)の臂(ひじ)を紾(もと)らして(※)之(これ)が食(しょく)を奪(うば)えば則(すなわ)ち食(しょく)を得(う)るも、紾(もと)らさざれば則(すなわ)ち食(しょく)を得(え)ず。則(すなわ)ち将(まさ)に之(これ)を紾(もと)らさんとするか。東家(とうか)の牆(しょう)を踰(こ)えて其(そ)の処子(しょし)(※)を摟(ひ)けば則(すなわ)ち妻(つま)を得(う)るも、摟(ひ)かざれば則(すなわ)ち妻(つま)を得(え)ず。則(すなわ)ち将(まさ)に之(これ)を摟(ひ)かんとするか。

(※)揣らず……はからないで。考えないで。
(※)岑楼……ここでは、朱子説に従い、山のようにとがった高楼と解した。ほかにも、山の上の高楼とか、高い丘と解する説がある。
(※)紾らして……ひじをねじって(暴力を加えて)。
(※)処子……娘。生娘。処女。

【原文】
孟子曰、於答是也何有、不揣其本而齊其末、方寸之木、可使高於岑樓、金重於羽者、豈謂一鉤金、與一輿羽之謂哉、取食之重者、與禮之輕者、而比之、奚翅食重、取色之重者、與禮之輕者、而比之、奚翅色重、往應之曰、紾兄之臂而奪之食則得食、不紾則不得食、則將紾之乎、踰東家牆而摟其處子則得妻、不摟則不得妻、則將摟之乎。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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