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第51回

120〜122話

2021.06.04更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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10‐1 十年努力して変わらなければ次の決断をする


【現代語訳】
孟子は、(斉の王の客分の卿として王道を説いてきたが、長いあいだ王はなかなか変わらないので)、臣を辞して、自分の家に帰った。すると王は、わざわざ孟子の家にやってきて、次のことを言った。「私は以前、先生にお目にかかりたいと思っていたのに、その願いがなかなかかなわなかった。しかし、その後、お目にかかれ、一緒に同じ朝廷に立つことができ、喜んでいた。ところが、今また先生は私を捨てて、帰られてしまった。いかがでしょう。今後、再び斉の国にやってきて、今までに引き続いて、お目にかかることができようか」。孟子は答えて言った。「そのことは、私のほうからは、あえてお願いしませんでしたが、もとより私も願うところです」。その後、王は近臣の時子に言った。「私は斉の中心部に孟子の住居を与え、かつ弟子を養成させるために万鐘もの大金の禄を与え、朝廷の諸大夫や、その他一般国民にも、孟子を敬い、模範とするようにさせたいと思っている。お前は、どうして私に代わって、このことを孟子に言わないのだ。言ってほしいものだ」。時子は、孟子の弟子である陳子を通して、王の気持ちを孟子に告げさせた。

【読み下し文】
孟子(もうし)臣(しん)たることを致(いた)して(※)帰(かえ)る。王(おう)就(つ)いて孟(もう)子(し)を見(み)て(※)曰(いわ)く、前日(ぜんじつ)(※)は見(み)んことを願(ねが)いて得(う)べからざりき。侍(じ)して朝(ちょう)を同(おな)じうすることを得(え)て甚(はなは)だ喜(よろこ)べり。今(いま)又(また)寡人(かじん)を棄(す)てて帰(かえ)る。識(し)らず、以(もっ)て此(これ)に継(つ)いで見(み)ることを得(う)べきか。対(こた)えて曰(いわ)く、敢(あえ)て請(こ)わざるのみ。固(もと)より願(ねが)う所(ところ)なり。他日(たじつ)、王(おう)、時子(じし)に謂(い)いて曰(いわ)く、我(われ)中国(ちゅうごく)(※)にして孟子(もうし)に室(しつ)を授(さず)け、弟子(ていし)を養(やしな)うに万鐘(ばんしょう)(※)を以(もっ)てし、諸大夫(しょたいふ)・国人(こくじん)をして皆(みな)矜式(きょうしょく)(※)する所(ところ)有(あ)らしめんと欲(ほっ)す。子盍(しなん)ぞ我(わ)が為(ため)に之(これ)を言(い)わざる。時子(じし)、陳子(ちんし)に因(よ)って、以(もっ)て孟子(もうし)に告(つ)げしむ。

(※)致して……辞めて。致仕して。
(※)就いて孟子を見て……わざわざ孟子の家にやってきて(会って)。
(※)前日……ここでは、孟子がまだ斉に来ない以前のことを指す。
(※)中国……ここでは、斉の中心部、都会を指す。なお、梁恵王(上)第七章八参照。
(※)万鐘……現在に換算すると、弟子たちを扶養するのに十分すぎる禄ということだろう。なお、江戸時代の儒学者・安井息軒の説だと日本の約五千七百五十石に当たるらしい。江戸時代は、一万石から大名とされたので、かなり有力な旗本クラスとなろうか。
(※)矜式……敬い模範とする。「うやまう」と読む人もある。

【原文】
孟子致爲臣而歸、王就見孟子曰、前日願見而不可得、得侍同朝甚喜、今又棄寡人而歸、不識、可以繼此而得見乎、對曰、不敢請耳、固所願也、他日、王、謂時子曰、我欲中國而授孟子室、養弟子以萬鍾、使諸大夫・國人皆有所矜式、子盍爲我言之、時子、因陳子、而以告孟子。

 

10‐2 志をお金や財産では買えない


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。陳子が時子の言葉を孟子に告げた。それを聞いて孟子は言った。「そうかわかった。しかし、時子には私がどうして私を止めることができないかについてわかるわけないな。もし、私が富を欲しいと思っているのなら、前に十万鐘の禄を辞しているのに、今になって一万鐘の禄を受けることで心を動かそうか。本当に富を欲するならそんな申し出に左右はされない(そもそも自分の志をお金や財産で買って引き止めることはできない)。かつて季孫は次のように言った。『子叔疑はおかしな人だ。初めは君主から卿に用いられて、政治に携わった。後に用いられなくなったら、きっぱりと退けばいいのに、自分の子弟を卿に据えた。もちろん人は誰でもお金や財産を欲しがるものだ。しかし、子叔疑のような人は、すでに自分が富貴のなかにいながら、さらに利益を独り占めにしよう(龍断しよう)とするものである』と」。

【読み下し文】
陳子(ちんし)、時子(じし)の言(げん)を以(もっ)て孟子(もうし)に告(つ)ぐ。孟子(もうし)曰(いわ)く、然(しか)り。夫(か)の時子(じし)悪(いずく)んぞ其(そ)の不可(ふか)なるを知(し)らんや。如(も)し予(よ)をして富(とみ)を欲(ほっ)せしめば、十万(じゅうまん)を辞(じ)して(※)万(まん)を受(う)く、是(こ)れ富(とみ)を欲(ほっ)すと為(な)さんや。季孫(きそん)(※)曰(いわ)く、異(い)なるかな子叔疑(ししゅくぎ)(※)、己(おのれ)をして政(まつりごと)を為(な)さしむ。用(もち)いられざれば則(すなわ)ち亦(また)已(や)まん。又(また)其(そ)の子弟(してい)をして卿(けい)たらしむ。人(ひと)亦(また)孰(たれ)か富貴(ふうき)を欲(ほっ)せざらんや(※)。而(しか)して独(ひと)り富貴(ふうき)の中(なか)に於(お)いて、龍断(ろうだん)(※)を私(わたくし)する有(あ)り、と。

(※)十万を辞して……前に十万鐘の禄を辞しているのに。なお、これに対しては孟子が斉にいた十年の合計が十万鐘であるという説もある。
(※)季孫……人物名だがよくわかっていない。魯の季孫氏(いわゆる三桓の一つ。公孫丑(下)第七章一注釈参照)という説もある。
(※)子叔疑……人物名だがよくわかっていない。前の季孫氏とともに孟子の弟子だとの説もある。
(※)人亦孰か富貴を欲せざらんや……「もちろん、人は誰でもお金や財産を欲しがるものだ。なお、この文章は『論語』の次の文からのものと思われる。「富(とみ)と貴(とうと)きは是(こ)れ人(ひと)の欲(ほっ)する所(ところ)なり。其(そ)の道(みち)を以(もっ)て之(これ)を得(え)ざれば処(お)らざるなり」(里仁第四)これはここで、孟子の言いたいことでもある。
(※)龍断……利益を独り占めする。現在も使われる「ろうだん」の語源。「龍」は壟と同じで、「壟断」は小高い岡の切り立った所を意味する。転じて、利益を独占することを言う。次項参照。

【原文】
陳子、以時子之言告孟子、孟子曰、然、夫時子惡知其不可也、如使予欲富、辭十萬而受萬、是爲欲富乎、季孫曰、異哉子叔疑、使己爲政、不用則亦已矣、又使其子弟爲卿、人亦孰不欲富貴、而獨於富貴之中、有私龍斷焉。

 

10‐3 利益を独り占めするのは許されない(龍断はいけない)


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。「昔の市場というものは、自分の持っている物と持っていない物を交換するところであった。市場を取り締まる役人は、市場に争いがないように監督するだけのものであった。ところが、ある欲の深い卑しい男がいた。その人間は、必ず小高い丘の切り立ったところを見つけて登り、左右を見渡して網を張り巡らせ、自分だけが利益を独占した。人は皆、この男を卑しい奴とした。そこで(役人も放っておけずに)、この人間に税金を課することにした。商人に課税することはこの男から始まったのである」。

【読み下し文】
古(いにしえ)の市(いち)を為(な)すや、其(そ)の有(あ)る所(ところ)を以(もっ)て、其(そ)の無(な)き所(ところ)に易(か)うる者(もの)なり。有司者(ゆうししゃ)(※)は之(これ)を治(おさ)むるのみ。賤丈夫(せんじょうふ)(※)有(あ)り。必(かなら)ず龍断(ろうだん)を求(もと)めて之(これ)に登(のぼ)り、以(もっ)て左右(さゆう)望(ぼう)して市利(しり)を罔(あみ)せり。人(ひと)皆(みな)以(もっ)て賤(いや)しと為(な)す。故(ゆえ)に従(したが)って之(これ)を征(せい)(※)せり。商(しょう)(※)に征(せい)すること、此(こ)の賤(せん)丈夫(じょうふ)より始(はじ)まる。

(※)有司者……ここでは、市場を取り締まる役人の意味。
(※)賤丈夫……欲の深い卑しい男。
(※)征……税金を課すること。
(※)商……商人。もともとは、「商」は「殷」の別名で、殷人を商人とも言った。

【原文】
古之爲市也、以其所有、易其所無者、有司者治之耳、有賤丈夫焉、必求龍斷而登之、以左右望而罔市利、人皆以爲賤、故從而征之、征商、自此賤丈夫始矣。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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