Facebook
Twitter
RSS

第66回

158〜159話

2021.06.25更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
「目次」はこちら

4‐1 師に疑問をぶつける


【現代語訳】
(孟子の弟子の)彭更が問うた。「先生のように、その後には車が数十台と続き、そのうえ何百人という従者が徒歩で続くという大がかりさで、諸侯の国を次々と渡り歩き食禄を受けるのは、どうも分に過ぎたものではありませんか」。これに対して孟子は答えた。「正当な道でもらうのでなければ、一杯の飯でも人からもらってはいけない。しかし、それが正当な道からもらうのであったら舜が堯から天下を譲り受けても、過ぎたこととは言えない。お前は、それを過ぎたことだと言うのか」。彭更が答えた。「いいえ。堯や舜のことを申しているのではなく、私が言いたいのは、士たる者が何も仕事をしていないのに、人から食禄をもらうのはいけないのではないかということです」。そこで、孟子はさらに言った。「お前がもし政治を担当するとしたら、民にうまく製品を流通させて仕事を分担させなければ、農夫は穀物が余っても布がないなどとなってしまうことになろう。また、女工は余るほどの布があっても食べる穀物はないということになろう。政治担当者のお前が、うまくこれらの間をとりもって通じるようにさせれば、建具屋・大工・車輪をつくる人・車の台をつくる人など皆がうまい具合に回り、食べていけるようになるだろう。今ここに一人の士がおり、家にいては孝行で、外に出たら目上の人に良く仕え、先王の道を良く守り、それを後進の学徒に伝えていこうとするものがあったとしよう。しかし、この人はお前のために食べてはいけないということになったら、お前は先の建具屋・大工・車輪をつくる人・車の台をつくる人を尊重して、仁義をなすという大道を行く士を軽んずることになるのではないか」。

【読み下し文】
彭更(ほうこう)問(と)うて曰(いわ)く、後車(こうしゃ)(※)数十乗(すうじゅうじょう)、従者(じゅうしゃ)数百人(すうひゃくにん)、以(もっ)て諸侯(しょこう)に伝食(でんしょく)(※)す。以(はなは)だ泰(たい)(※)ならずや。孟子(もうし)曰(いわ)く、其(そ)の道(みち)に非(あら)ざれば、則(すなわ)ち一簞(いったん)の食(し)(※)も人(ひと)より受(う)く可(べ)からず。如(も)し其(そ)の道(みち)ならば、則(すなわ)ち舜(しゅん)、堯(ぎょう)の天下(てんか)を受(う)くるも、以(もっ)て泰(たい)なりと為(な)さず。子(し)は以(もっ)て泰(たい)なりと為(な)すか。曰(いわ)く、否(いな)。士(し)、事(こと)無(な)くして食(は)むは、不可(ふか)なり。曰(いわ)く、子(し)、功(こう)を通(つう)じ事(こと)を易(か)え、羨(あま)れるを以(もっ)て足(た)らざるを補(おぎな)わずんば、則(すなわ)ち農(のう)に余(よ)粟(ぞく)有(あ)り、女(じょ)(※)に余布(よふ)有(あ)らん。子(し)、如(も)し之(これ)を通(つう)ぜば、則(すなわ)ち梓(し)(※)・匠(しょう)(※)・輪(りん)(※)・輿(よ)(※)、皆(みな)食(しょく)を子(し)に得(え)ん。此(ここ)に人(ひと)有(あ)り、入(い)りては則(すなわ)ち孝(こう)(※)、出(い)でては則(すなわ)ち梯(てい)、先王(せんおう)の道(みち)を守(まも)り、以(もっ)て後(のち)の学者(がくしゃ)を待(ま)つ(※)。而(しか)るに食(しょく)を子(し)に得(え)ずとすれば、子(し)何(なん)ぞ梓(し)・匠(しょう)・輪(りん)・輿(よ)を尊(たっと)んで、仁義(じんぎ)を為(な)す者(もの)を軽(かろ)んずるや。

(※)後車……後に続く車。
(※)伝食……諸侯の国々を次々と渡り歩き、食禄を受けること。
(※)泰……ここでは、分に過ぎたもの、ぜいたくを指す。泰には「ゆったりとしている」、「泰然としている」などと良い意味もある。『論語』にも、「泰(たい)にして驕(おご)らず」などとある(堯曰第二十)。
(※)一簞の食……一杯の飯。なお、『論語』に次のような文がある。「子(し)曰(いわ)く、賢(けん)なるかな回(かい)や。一簞(いったん)の食(し)、一瓢(いっひょう)の飲(いん)、陋巷(ろうこう)に在(あ)り。人(ひと)は其(そ)の憂(うれ)えに堪(た)えず、回(かい)や其(そ)の楽(たの)しみを改(あらた)めず。賢(けん)なるかな回(かい)や」(雍也第六)。回とは顔回(淵)のことである。
(※)女……ここでは布をつくる女工のことをいう。
(※)梓……建具屋。さしものし。
(※)匠……大工。
(※)輪……車輪をつくる人。
(※)輿……車の台をつくる人。
(※)入りては則ち孝、出でては則ち梯……家にいては孝行で外に出たら目上の人に良く仕える。
(※)後の学者を待つ……後進の学徒に伝えていこうとする。「学者」とは、ここでは学ぶ者という意味である。

【原文】
彭更問曰、後車數十乘、從者數百人、以傳食於諸侯、不以泰乎、孟子曰、非其道、則一箪食不可受於人、如其道、則舜、受堯之天下、不以爲泰、子以爲泰乎、曰、否、士無事而食、不可也、曰、子、不通功易事、以羨補不足、則農有餘粟、女有餘布、子、如通之、則・梓・匠・輪・輿、皆得食於子、於此有人焉、入則孝、出則悌、守先王之道、以待後之學者、而不得食於子、子何尊梓・匠・輪・輿、而輕爲仁義者哉。

 

4‐2 自分のやることへの絶対の自信と覚悟を持つ


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。(彭更が)さらに聞いた。「建具屋・大工・車輪をつくる人・車の台をつくる人などは、食べていこうという目的(志)で、その仕事をやっています。先生が先ほど述べた君子が正しい道を行っていこうとするのも、食べていこうという目的(志)があるのですか」。孟子は答えて言った。「どうしてお前は、目的(志)を問題にするのだ。それがお前にとって、役に立つ成果があり、報酬を与える価値があれば与えればよい。ところで、お前は目的(志)に報酬を与えるのか。それとも成果、その価値に報酬を与えるのか」。彭更は答えた。「目的(志)に対して報酬を与えます」。孟子は言った。「ここにへたな職人たちがいたとしよう。瓦をふこうとするが割ってしまう、壁を上塗りしようとすると傷ばかりをつけてしまう。しかし、彼らの目的(志)は、報酬を得て食べていくことだから、お前は、報酬をやるのだな」。彭更は答えた。「いいえ」。孟子は言った。「そうなるとやはりお前は、目的(志)に報酬を与えるのではなく、成果、その価値に報酬を与えるのだ(だから、諸侯たちに仁義の道、王道を目指すことをすすめている私のような君子が、伝食していたとしても、恥じることはなく、堂々と報酬を手にしていけばよいのである。もちろん、その使命を果たしていく覚悟はいつもあるのだ)」。

【読み下し文】
曰(いわ)く、梓(し)・匠(しょう)・輪(りん)・輿(よ)は、其(そ)の志(こころざし)将(まさ)に以(もつ)食(しょく)を求(もと)めんとするなり。君子(くんし)の道(みち)を為(な)すや、其(そ)の志(こころざし)亦(また)将(まさ)に以(もっ)て食(しょく)を求(もと)めんとするか。曰(いわ)く、子(し)、何(なん)ぞ其(そ)の志(こころざし)を以(もっ)て為(な)さんや。其(そ)の子(し)に功(こう)有(あ)らば、食(は)ましむべくして之(これ)に食(は)ましめんのみ。且(か)つ子(し)、志(こころざし)に食(は)ましむるか。功(こう)に食(は)ましむるか。曰(いわ)く、志(こころざし)に食(は)ましむ。曰(いわ)く、此(ここ)に人(ひと)有(あ)り。瓦(かわら)を毀(こぼ)ち(※)墁(まん)に画(かく)する(※)も、其(そ)の志(こころざし)将(まさ)に以(もっ)て食(しょく)を求(もと)めんとすれば、則(すなわ)ち子(し)之(これ)に食(は)ましむるか。曰(いわ)く、否(いな)。曰(いわ)く、然(しか)らば則(すなわ)ち子(し)は、志(こころざし)に食(は)ましむるに非(あら)ざるなり。功(こう)に食(は)ましむるなり(※)。

(※)瓦を毀ち……瓦を割り。
(※)墁に画する……壁に上塗りをしようとするが傷ばかりをつけてしまう。なお、「墁」の字は「ほろ」だとし、「車の修理をする人がほろを傷つけてばかり」と解する説もある。
(※)功に食ましむるなり……成果、その価値に報酬を与える。本項も孟子の強弁ぶりが面白いが、こうした孟子の自信家ぶりや少し強引な論を嫌がる人もいる。後車数十乗、従者数百人というのは、少し大げさ(中国式誇大表現)と見る人もいる。しかし、孔子の諸侯遊説も多くの弟子たちを率いていた。孔子を理想と崇めかつ、世の中を民のために良くするのだと、使命を帯びていると絶対の思い込みがある孟子の自信と覚悟がよく表されている箇所である。

【原文】
曰、梓・匠・輪・輿、其志將以求食也、君子之爲道也、其志亦將以求食與、曰、子、何以其志爲哉、其有功於子、可食而食之矣、且子、食志乎、食功乎、曰、食志、曰、有人於此、毀瓦晝墁、其志將以求食也、則子食之乎、曰、否、曰、然則子、非食志也、食功也。

「目次」はこちら

シェア

Share

感想を書く感想を書く

※コメントは承認制となっておりますので、反映されるまでに時間がかかります。

著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

矢印