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第67回

160話

2021.06.28更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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5‐1 王道とは何か


【現代語訳】
(弟子の)万章が孟子に問うた。「宋は小国です。ですが、まさに今、王道の政治をしようとしています。小国なこともあってこれを憎んで、大国の斉や楚が攻めてくることも考えられます。この場合、どうしたらよいでしょうか」。孟子は言った。「昔、湯王が小さな諸侯の一人として亳にいたとき、葛という国と隣り合わせであった。この葛の君はわがまま放題であり、先祖の祭りもしなかった。湯王は人をやって、『どうして先祖の祭りをしないのですか』と聞かせた。すると葛の君は、『お供えのいけにえがないから』と答えた。そこで湯王はいけにえに用いるために牛や羊を送らせた。ところが葛の君は、それを食べてしまって、やっぱり祭りをしなかった。湯王はまた人をやって、『なぜ、祭をしないのですか』と尋ねた。すると葛の君は、今度は、『お供えの穀物類がないから』とのことだった。そこで湯王はお供えのための穀物類をつくるために、亳の若い衆を葛にやって耕作させることにした。そして老人や子どもには耕作をしている人たちのために弁当を運ばせた。ところが、葛の君は、自国の民をひきつれて待ち伏せし、酒や飯、穀物などを奪い、与えない人は殺したのである。あるとき、独りの子どもが黍と肉を運んだ。葛の君は、その子どもまでを殺して奪ったのだ。『書経』に、『葛の君は、弁当を運ぶ者を殺してしまった』とあるのはこれである。こうした罪のまったくない子どもまで殺すに至って湯王もついに葛を征伐した。天下の人々は皆、『湯王が征伐したのは、天下の富を得ようとしてのものではない。罪なく殺された人たちの仇を討つためである』と言った」。

【読み下し文】
万章(ばんしょう)問(と)うて曰(いわ)く、宗(そう)は小国(しょうこく)なり。今(いま)将(まさ)に王政(おうせい)(※)を行(おこな)わんとす。斉(せい)・楚(そ)悪(にく)んで之(これ)を伐(う)たば、則(すなわ)ち之(これ)を如何(いかん)せん。孟子(もうし)曰(いわ)く、湯(とう)、亳(はく)に居(お)り、葛(かつ)と鄰(となり)を為(な)す。葛(かつ)伯(はく)放(ほしいまま)にして祀(まつ)らず。湯(とう)、人(ひと)をして之(これ)を問(と)わしめて曰(いわ)く、何(なん)為(す)れぞ祀(まつ)らざる、と。曰(いわ)く、以(もっ)て犠牲(ぎせい)(※)に供(きょう)する無(な)きなり、と。湯(とう)、人(ひと)をして之(これ)に牛羊(ぎゅうよう)を遺(おく)らしむ。葛伯(かつはく)之(これ)を食(くら)い、又(また)以(もっ)て祀(まつ)らず。湯(とう)、又(また)人(ひと)をして之(これ)を問(と)わしめて曰(いわ)く、何(なん)為(す)れぞ祀(まつ)らざる、と。曰(いわ)く、以(もっ)て粢盛(しせい)(※)に供(きょう)する無(な)きなり、と。湯(とう)、亳(はく)の衆(しゅう)(※)をして往(ゆ)きて之(これ)が為(ため)に耕(たがや)さしめ、老弱(ろうじゃく)食(し)を饋(おく)る(※)。葛伯(かつはく)其(そ)の民(たみ)を率(ひき)い、其(そ)の酒食(しゅし)黍(しょ)稲(とう)(※)有(あ)る者(もの)を要(よう)して之(これ)を奪(うば)い、授(さず)けざる(※)者(もの)は之(これ)を殺(ころ)す。童子(どうし)有(あ)り、黍(しょ)肉(にく)を以(もっ)て餉(おく)る(※)。殺(ころ)して之(これ)を奪(うば)う。書(しょ)に曰(いわ)く、葛伯(かつはく)餉(かれい)に仇(あだ)す、と。此(これ)の謂(いい)なり。其(そ)の是(こ)の童子(どうし)を殺(ころ)すが為(ため)にして、之(これ)を征(せい)す。四海(しかい)の内(うち)皆(みな)曰(いわ)く、天下(てんか)を富(と)めりとするに非(あら)ざるなり。匹夫(ひっぷ)匹婦(ひっぷ)(※)の為(ため)に讎(あだ)を復(ふく)するなり、と。

(※)王政……万章は、宋が王道の政治をしていると言うが、孟子が以下に述べていくように、「王政というものは、そういうものではなく、自分の国が、他国から利益を得ようとするものではない」ことを明らかにする。つまり、王道とは仁政すなわち民の幸せを実現するための政治であることであるとの考えを展開していく。
(※)犠牲……お供えのいけにえ。
(※)粢盛……お供えの穀物類。
(※)亳の衆……亳の若い衆。
(※)饋る……弁当を運ぶ。
(※)黍稲……穀物。きびや米。
(※)授けざる……与えない。
(※)餉る……食物を送る。右の「饋る」と同じ。
(※)匹夫匹婦……ここでは、罪なく殺された人たちと解される。

【原文】
萬章問曰、宋小國也、今將行王政、齊・楚惡而伐之、則如之何、孟子曰、湯、居亳、與葛爲鄰、葛伯放而不祀、湯、使人問之曰、何爲不祀、曰、無以供犧牲也、湯、使遣之牛羊、葛伯食之、又不以祀、湯、又使人問之曰、何爲不祀、曰、無以供粢盛也、湯、使亳衆往爲之耕、老弱饋食、葛伯率其民、要其有酒食黍稻者奪之、不授者殺之、有童子、以黍肉餉、殺而奪之、書曰、葛伯仇餉、此之謂也、爲其殺是童子、而征之、四海之内皆曰、非富天下也、爲匹夫匹婦復讎也。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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